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介入が先か、利上げが先か―高市政権の円安是正の先手は

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「半値戻しは全値戻し」の黄信号、約1年ぶりに再点灯

「Trend is your friend」というのは、英語の投資格言であり、トレンドに逆らうなという意味だ。
ドル円は足元、上昇基調をたどる。
自民党の総裁に高市氏が選出される直前の10月3日の終値147.49円を起点とすると、11月20日に一時157.90円まで上昇した動きを踏まえれば、10.41円上昇(7.1%高)。
1985年9月に結ばれた「プラザ合意」直前の高値240円付近と、2011年10月31日につけた過去最安値75.32円の半値押しにあたる157.70円を突破した。
ここを上抜けたのは、近年では2024年以来となる。
「トレンドに逆らうな」という格言に続き、日本の投資家に馴染み深い「半値戻しは全値戻し」という言葉が自然と脳裏に浮かぶ。

チャート:ドル円の月足チャート
チャート:ドル円の月足チャート

2024年7月3日に一時161.95円と1986年以来の高値を更新した後、ドル円の上昇に歯止めがかかった理由は、主に①米の利下げ期待、②政府・日銀による介入――の2つだ。
②については、神田財務官(当時)の下、2022年秋に続く介入を行い、ドル円の上昇トレンドを、米利下げ期待を活用しながらねじ伏せた。

チャート:神田財務官(当時)時代の介入
チャート:神田財務官(当時)時代の介入

介入は「当然考えられる」ものの、立ちはだかる日米共同声明の壁

円安進行が加速するなか、高市政権下で片山財務相は口先介入の警戒度を強めている。
11月21日、片山氏は閣議後の会見で「非常に一方的で急激であると憂慮している」と言及。
為替介入は、選択肢として「当然考えられる」と発言し、日米財務相共同声明に従って適切に対応すると述べた。
円安けん制を引き上げた格好だ。
敢えて「介入」との言葉を使い、アルゴリズムに基づくドル売り・円買いを誘ったとすれば、新たな手法とも捉えられよう。

ただし、11月19日に開かれた片山氏を始め城内経財相、植田日銀総裁と行った三者会談後、片山氏自身が「為替について具体的な話は出ていない」と発言。
「市場動向は高い緊張感もって注視、丁寧に対話することを確認」と言及する程度だっただけに、円安トレンドを転換させられるかというと、口先介入の限界を感じさせる。

とはいえ、今回の片山発言に基づけば、対ドルでの円安是正の「先手」が、日銀の利上げよりも介入である可能性をちらつかせたと言える。

日米関税合意の下で公表された日米財務相共同声明に基づけば、介入は「為替レートの過度の変動や無秩序な動きに対処するために留保されるべき」との方針で一致した。
介入は外貨準備で保有する米財務省短期証券や米国債などを売却し、ドル売り・円買い介入を実施する場合があり、米債利回りの上昇につながるため米国側を無視しての実施は想定しづらい。

もう1つ、注意すべきは、日米関税合意に盛り込まれた「対米投資5,500億ドル(約80兆円)」だ。
赤沢経産相は11月21日、5,500億ドル(約80兆円)の対米投資について、あらためて「為替に影響しないよう、うまくやっていく」と明言した。
対米投資については、9月にも国際協力銀行(JBIC)と日本貿易保険による出資・融資・融資保証の枠を活用すると言及。
JBICからの融資について「半分は外国為替資金特別会計(外為特会)の運用収入」を活用するとして、米国債を売却する必要なしと説明しており、今回も同様の見解を寄せた。

以上を踏まえれば、対米投資と外貨準備高に絡み2つの事実が浮かび上がる。
1つは、日米財務相共同声明に盛り込まれた、財政・金融政策や資本フローによる円安誘導をしないとの合意を順守する姿勢だ。
もう1つは、日本が対米投資への割り当てのため、外貨準備高の運用収入を確保する必要性である。

チャート:10月末時点での外貨準備高は、日本円で約210兆円
チャート:10月末時点での外貨準備高は、日本円で約210兆円

米国はというと、トランプ政権が発足しベッセント氏が財務長官に就任してから、重ねて日銀の利上げと対ドルでの円安是正を求めてきた。
10月29日の離日時に、ベッセント氏は「アベノミクスが単なるリフレーション政策から、国民の成長とインフレへの懸念のバランスを取るプログラムへと進化したことに対する彼女の深い理解に勇気づけられている」と言及。
アベノミクスの継承を掲げる高市政権が、「責任ある積極財政」を推進する流れを汲み取ったものと捉えられよう。
その上で、「政府が日銀に政策の裁量を与える姿勢は、インフレ期待を安定させ、過度な為替変動を回避する鍵となるだろう」と発言し、改めて日銀の利上げ、インフレ抑制、それに伴う円安の是正を強調した。
米国が介入を容認するならば、日銀の利上げが先のように映る。

植田総裁、円安による物価への影響「大きくなる可能性」と言及し2024年4月から修正

通貨安・インフレ抑制の定石としても、中央銀行の利上げが挙げられる。
植田総裁は11月21日、衆院財務金融委員会で、円安を経路として国内物価に転嫁され消費者物価指数(CPI)の押し上げにつながりかねないとして、為替変動の物価への影響が「大きくなる可能性がある点に留意が必要」と述べた。
160円が視野に入るなかで、政府と歩調を合わせ、円安への警戒感をにじませた。

植田氏と言えば、2024年4月26日の日銀金融政策決定会合後の会見で、「円安による基調的な物価に対する影響は無視できる範囲か」との質問に、「はい」と回答。
当時は160円突破への道を拓き介入につながったが、直近では対応を修正した格好だ。

小枝審議委員は11月20日、「基調的インフレ率は2%ぐらい」と発言した。
植田氏による、「一時的な要因を除いた基調的な物価上昇率は2%に向けて緩やかに上昇している」との見解から一歩進んだ、タカ派的姿勢と言えよう。
さらに、Q3実質GDP成長率・速報値が前期比年率1.8%減と6四半期ぶりにマイナスだったが、「需給ギャップは0%近傍」と指摘。
マイナス成長が構造的な需給不足によるものではなく、12月利上げの選択肢を確保した。
確かに、Q3の実質GDP成長率のマイナス寄与は、関税の影響に伴う純輸出と、省エネ基準厳格化の駆け込み需要の反動とされ、個人消費は底堅さを見せていた。

仮に12月利上げに踏み切ったとしても、高市政権の日本成長戦略本部のメンバーは0.75%での打ち止めの必要性に言及しており、ドル円の上昇トレンドを阻止できるかは未知数だ。
その意味では、介入との合わせ技の方が、より奏功するように見える。
一方で、米国が容認するのか、不透明感もぬぐえない。
ドル円が長期トレンドの岐路に立つなかで、高市政権の為替への対応力が試される。

チャート:Q3実質GDP成長率のマイナス成長、一時的下振れか
チャート:Q3実質GDP成長率のマイナス成長、一時的下振れか

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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