米9月雇用統計など、政府機関再開後の米指標は12月利下げを正当化
ニューヨークでは、パーティーなどで注目を集めるために、あえて遅れて姿を現し、場の雰囲気そのものを引き寄せる「fashionably late」という戦術が用いられることがある。
ウィリアムズNY連銀総裁が、ジェファーソン米連邦準備制度理事会(FRB)副議長の他、今年の投票メンバーであるカンザスシティ連銀総裁などが10月FOMC後に追加利下げに慎重な姿勢を打ち出した後、12月利下げ示唆を与えたのは、まさにNY流と言えよう。
米指標も、12月利下げを正当化し始めている。
米9月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比11.9万人増と、5カ月ぶりの強い伸びだったが、失業率は4.4%と2021年10月以来の水準へ上昇した。
失業者の内訳をみると、米労働市場の軟化が確認できる。
失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比13.9万人増の262.9万人と、3カ月連続で増加した結果、2021年9月以来の高水準に。
失職者のうち、完全解雇者(会社都合や非自発的な事情で雇用が終了し、求職活動を開始した失業者)が労働人口に占める割合は1.18%と、2021年10月以来の水準へ上昇した。

チャート:米9月雇用統計・NFPは4カ月ぶりの強い伸び、失業率は4.4%に上昇

チャート:完全解雇者の労働力人口の割合、2021年9月以来の高水準
その他、ADP全国雇用者数の週次ベースも、11月8日までの週の4週平均で1万3,500人の減少と、3週連続で弱い結果に。
米9月小売売上高は前月比0.2%増だったが、リテールコントロール(GDPの個人消費算出に使用、自動車、ガソリン、建築材、外食除く)は同0.1%減、5カ月ぶりに減少した。
米9月生産者物価指数(PPI)も前月比0.3%上昇し、8月の同0.1%低下からプラスに転じたが、エネルギーや食品など財が同0.9%と押し上げたためで、サービスは同0%と軟調なままだ。
CPIはサービスが約65%を占めるが、PPIの財の影響は限定的とみられる。

チャート:米9月小売売上高、リテールコントロールは5カ月ぶりに減少

チャート:米9月PPI、前月比の伸びは財の押し上げをサービスが低減
12月FOMC前に、政府が発表する雇用や物価の重要指標を予定しないことも、利下げをサポートする見通しだ。
10月分の雇用統計とCPIの発表は見送られ、それぞれ12月16日と18日に発表の11月分に盛り込まれることとなった(雇用統計の場合家計調査は実施されていないため、失業率など発表中止)。
米9月PCE価格指数は12月5日にリリースされるが、米9月CPIと比較してインフレ加速を示すとは想定しづらい。
加えて、米経済分析局が米Q3実質GDP成長率・速報値の発表を12月FOMC後の12月23日に延期したのは、トランプ政権側が12月利下げをアシストしたように見える。
米経済指標予定も12月利下げを後押し、地区連銀総裁の再任も影響か
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の著名なFed番記者であるニック・ティミラオス記者は、11月25日付の記事で、NY連銀総裁やSF連銀総裁が12月利下げに地ならしを行った結果、パウエルFRB議長には2つの選択肢を余儀なくされたと報じた。
2つの選択肢とは、①12月利下げを決定し、会合後の声明で「追加利下げにはより高いハードルがある」と示すこと、②利下げを見送り、2026年1月に再評価すること――であり、どちらもFOMC内で反発を招きかねない。
もっとも、2026年1月FOMCは1月26~27日に予定するが、1月30日はつなぎ予算の期限切れを迎える。
再び政府機関が閉鎖されるリスクを踏まえれば、米指標の弱さも重なり、保険的に利下げの余地があると言えるのではないか。
パウエルFRB議長の後任人事について、ベッセント財務長官が11月25日のCNBCインタビューで「クリスマス前に指名する可能性」に言及した結果、12月の利下げをめぐる動きにも影響を与え得る。
加えて、ベッセント氏は常設レポファシリティを含む「十分な準備預金方式」の複雑さを批判し、FRBにおける改革の必要性も強調。
さらに地区連銀総裁の発言機会の多さや、地区外出身者を問題視した。
地区連銀総裁は任期5年で、地元理事会が候補を選び、FRB理事会が承認する仕組みとなっており、次回の一斉再承認は2026年2月に行われる予定だ。
FRB理事会メンバーのうち、3人はトランプ大統領による指名であり、地区連銀総裁の再任を阻むことは難しそうだ。
とはいえ、12地区連銀総裁のうち4人は1年毎に輪番でFOMCでの投票権を得る。
また、NY連銀総裁はFOMCの副議長として常任の投票メンバーとなるため、トランプ政権があらゆる影響力や手段を尽くして、人事に関与するリスクもはらむ。

チャート:FRB理事会メンバー一覧
パウエル氏の右腕とも言えるNY連銀総裁の12月利下げ示唆を行った背景として、トランプ政権によるFRBと地区連銀総裁人事における改革を見据えた一手だったとしてもおかしくない。
12月利下げをめぐる思惑は、経済指標の弱さと人事の不透明感が重なり、FRBの政策運営に新たな緊張をもたらしている。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
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