米中、関税115%引き下げの陰で続く米国の「再調整」

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「Fedに逆らうな」、改め「トランプに逆らうな」相場に

「今こそ、株を買うべきだ」――トランプ大統領は5月8日、米英の貿易協定締結を発表する会見で、こう断言した。
その発言から2営業日後の5月12日、ダウを始め米株相場は大きく窓を開けて寄り付き、トランプ氏が相互関税を発表した4月2日以前の水準を回復。
劇的なリスクオン相場を迎えた。
ダウは1,160ドル高で引けたほか、S&P500は200日移動平均を上回り、終値として3月3日以来の高値をつけ、ナスダックは2月28日以来の高値でクローズ。
ナスダック100指数は4%高で、強気相場に入った。

振り返れば、トランプ政権が相互関税につき、報復措置を講じた中国以外に対し、90日間の一時停止を決定する以前の4月9日も、トランプ氏は米株と指定しなかったものの、トゥルース・ソーシャルで「絶好の買い時だ!」と投稿。
同日、前日比7.9%高、上げ幅は2,962ドルと過去最大を記録した。

さらに2018年12月15日のクリスマスには、米国に素晴らしい企業が数多くあると指摘した上で「押し目買いの機会」と言及。
当時は弱気相場入りしていたS&P500などがそろって底打ちし、サンタ・ラリーに寄与した。
投資格言で「Fedに逆らうな」とはあまりにも有名だが、特に関税政策でボラティリティが吹き荒れる現状、「トランプに逆らうな」が妥当だろう。

チャート:トランプ大統領の発言と、発言後の政策アクション、市場動向
チャート:トランプ大統領の発言と、発言後の政策アクション、市場動向

ドル円も5月12日、リスクオンにつれ急伸し一時148.65円と相互関税が発表された直後の4月3日以来の149円乗せに迫った。
トランプ関税への不確実性が晴れ、米中貿易戦争激化への懸念も後退し、相互関税後の下げ幅を打ち消し、再び150円へ戻す勢いだ。

米中、双方が115%の関税引き下げで合意―次回の協議は数週間後

5月8日にトランプ氏が株買いを推奨した背景には、10-11日に開催された米中高官協議が脳裏にあったに違いない。
ベッセント財務長官とグリア米通商代表部(USTR)代表と、何立峰副首相率いる中国代表団が初めて通商協議を行った後、12日に米国側がスイスで記者会見を開き、米中が115%もの大幅な関税引き下げで合意したことを明らかにした。
併せて、ホワイトハウスと中国陣営からも、共同声明が公表され、緊張関係の緩和が演出された。

今回の合意の柱として、米国は、4月2日以降に課した対中関税を145%→30%へ引き下げる。
相互関税発表時、中国への関税率は34%だったが、これを一律関税10%に引き下げつつ、フェンタニル流入阻止へ向けた関税20%を合わせ、30%とする。

中国は4月2日以降に課した米国への関税を10%へ引き下げる。
加えて、報復措置として講じた輸出規制や一部企業のブラックリスト入りなどを一時停止あるいは撤廃させる。
ただし、自動車や鉄鋼・アルミなど、個別の関税は他国と同様に25%を維持する。

その他、米中は経済・貿易関係に関し協議を継続するメカニズムの構築で合意した。
これは、ブッシュ(子)、オバマ両政権での「戦略経済対話」のように、定期的に貿易や経済についての対話を図る枠組みだろう。
ベッセント氏は、12日にCNBCに出演し「数週間以内に再び中国側と協議する」と説明していた。

チャート:米中の関税引き下げ合意など、主なポイント
チャート:米中の関税引き下げ合意など、主なポイント

米国は必需品の中国依存を狙った「再調整」を堅持

今回の米中合意が、貿易戦争をめぐる緊張関係の緩和の一助となったことは間違いない。
ベッセント氏は、スイスで行った会見で「今回の交渉を通じて確認された両国の共通認識として、どちらの側もデカップリングを望んでいないとの点が明確になった」と説明した。

一方で、米国は鉄鋼・アルミ、自動車などを対象に発動した25%関税や、今後の導入が目される半導体、医薬品などは、相互関税とは別物として切り離した。
ベッセント氏は、会見で「今週末の重要なポイントのひとつは、米国がコロナ禍の局面で露呈したサプライチェーンの脆弱性に関する戦略的な再調整を今後も進めていくということ」と強調。
鉄鋼・アルミや自動車の他、半導体、医薬品など、様々な分野において、米国の自立、または同盟国からの安定供給の確保を目指すと主張した。
敢えてベッセント氏は「同盟国」と言及しており、米国は引き続き中国に依存しない供給網の確立を目指していることに変わりはない。
相互関税の引き下げという呼び水で、中国を交渉のテーブルに招く意図もあったのだろう。

その他、トランプ政権はデミニミス・ルールの適用(800ドル以下の小口貨物に対する関税免除)の撤廃も維持した。
格安オンライン大手の米国への流通阻止を試みる動きに変化はない。

中国にしてみても、4月2日以降の報復措置として講じた非関税措置について一時停止・撤廃で合意したが、その詳細は不明だ。
特に、レアアースの輸出規制については、米国だけでなく全世界を対象とするだけに、撤廃の対象外となる場合も考えられる。

中国と為替について協議せず?次回の為替報告書が試金石

もうひとつ興味深い点として、今回の共同声明やベッセント氏の会見内容で、為替について協議したとの文言が含まれなかった。
トランプ氏は米大統領選の間に少なくとも2回、大統領就任後も2回、ドル高・人民元安・円安に不満を唱え、ベッセント氏自身、日米通商協議1回目と、加藤財務相との会談で、為替について協議したと明かしていた。

それにもかかわらず、ベッセント氏はCNBCのインタビューで為替の協議について質問された際、「トランプ政権1期目に沿って、非関税障壁への対策を練る」と述べるにとどめ、返答を避けている。
理由としては、①米国のインフレ再燃あるいはトリプル安を警戒し人民元安を容認、②財務相会談ではなかったため、為替を議論せず、③関税115%引き下げを狙い、中国景気減速に配慮し人民元安の攻撃を回避、④まもなく公表となる為替報告書をレバレッジとする意味でカードを温存――の4つが考えられよう。

確かに、第1回目の日米通商協議では、赤沢経済再生相が訪米した事情もあり、ベッセント氏のXや米財務省の声明から、為替について協議したとの文言は出てこなかった。
加藤財務相と会談した後の4月26日のX並びに米財務省声明で確認できた程度だ。

画像:日米財務相会談で、ベッセント氏は「為替(exchange rates)について協議」と言及
画像:日米財務相会談で、ベッセント氏は「為替(exchange rates)について協議」と言及
(出所:Treasury Secretary Scott Bessent/X)

そのうち、④については「為替操作国」認定の3つの基準となる貿易黒字、経常黒字、為替介入をめぐり、変更する場合も視野に入れておきたい。
バイデン前政権は2021年12月に修正したため、前任者否定の傾向があるトランプ氏が手を加える余地もありそうだ、特に為替介入については、「12カ月間のうち8カ月間」の介入実績から、以前の「12カ月間のうち6カ月」に修正されてもおかしくない。
為替報告書の記述を含め、今後を見据える上での試金石となりうる。

チャート:為替報告書、2021年12月の基準変更
チャート:為替報告書、2021年12月の基準変更

次の米中通商協議は数週間後か、トランプ氏は習主席との会談に言及

トランプ氏は5月12日、薬価引き下げに関する大統領令に署名する際の会見で、習近平主席と「多分週末に」会談する可能性に言及した。
トランプ氏は5月13日から16日まで中東を歴訪するため、習氏と電撃的に会談するとは想定しづらい。
しかし、米中の関税大幅引き下げを受け、6月14日のトランプ氏の誕生日、6月15日の習氏の誕生日に因んだ「バースデー・サミット」を含め、6月末までに対面で会談する確率は、限りなくゼロに近い水準から上昇。
分散型予測プラットフォーム、ポリマーケットでは5月13日に一時12%をつけた。
ポリマーケットは、5月末までに米中が合意に到達するとの予想が5月9日頃から60%超えへ急上昇し的中させただけに、米中間の交渉を含め、目を光らせておくべきだろう。

ただし、6月15-17日はG7首脳会議がカナダのカナナキスで開催されるため、両首脳の誕生日に合わせて首脳会議を実現できそうもない。
仮にバースデー・サミットを開くならば、両首脳の誕生日以前か、G7サミット後になりそうだが、ハードルは高いと言えそうだ。

米中通商協議は、幸先の良いスタートを切った。
とはいえ、このまま、貿易協定あるいはトランプ1期目の第1段階に続き第2段階の合意に向けスピード決着するかは未知数だ。
トランプ1期目を振り返ると、2018年7月に対中追加関税が発動してから、暫定合意した2019年12月まで約1年半を要した。
早ければ年内の合意が視野に入るが、今後の米中協議の進展と米中首脳会談の行方がカギを握る。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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