EUに轟いたトランプ砲、50%関税は7月9日に先送りも課題山積

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トランプ砲、EU通商委員が米商務長官などとの電話会談前に直撃

トランプ大統領が、再び市場に衝撃を与えた。
欧州連合(EU)との通商協議が難航しているとして、6月1日から50%の関税を発動する意思をトゥルース・ソーシャルにて表明。
シェフチョビッチEU通商担当委員がラトニック米商務長官とジェミソン・グリア米通商代表部代表との電話会談を行う数時間前に、警告した格好だ。

米国の対EU貿易赤字(財)は2024年に2,356億ドルと、中国の2,954億ドルに次ぐ規模で、トランプ政権が貿易赤字を是正する上では重要な相手である。
加えて、EUはトランプ政権が4月2日に相互関税を発表してから、報復関税を発表してきた数少ない国・地域のひとつ。
トランプ政権にしてみれば、ベッセント財務長官が言うところの「真摯な姿勢(good faith)」でない例外の地域として、圧力を掛ける必要があったと考えられる。

シェフチョビッチ欧州委員はトランプ大統領の投稿を受け、ラトニック商務長官などとの電話会談の後「脅しではなく、相互尊重」の必要を求めた。
また、Xの投稿でEUは「真摯に交渉する準備ができている」との見解を表明、ベッセント財務長官が使った表現を踏襲し対応した。

チャート:2024年、財の米貿易赤字相手国・地域
チャート:2024年、財の米貿易赤字相手国・地域

トランプ政権、非関税障壁を含め遅々として進まぬ交渉に不満か

トランプ政権がEUとの交渉に不満を持っているのは明白だ。
EUは①非重要農産物や工業製品で関税を段階的にゼロ、②エネルギーやAIなどにおける相互投資や戦略的調達――などを提案する一方で、非関税障壁にあたる付加価値税(VAT)の引き下げなどは盛り込まれている様子はない。
ここも、トランプ政権が「真摯」に交渉していないと判断する理由だ。

実際、トランプ大統領は対EU50%関税を提示した投稿で、巨額の貿易赤字の背景について「EUは強力な貿易障壁、VAT、馬鹿げた法人税の罰則、制度上の貿易制約、不当かつ理不尽な米国企業への訴訟、為替操作」を挙げていた。
なお、トランプ氏は海外制作の映画に100%の関税を掛ける可能性に言及したが、これも欧州へのけん制と受け止められる。
欧州は、米企業のネットフリックスやアマゾンなど映画のストリーミングプラットフォームに「視聴覚メディアサービス指令(AVMSD)」を通じ、映画製作への投資を強制しているためだ。

米国がEUとの交渉に苛立ちを隠せないのには、別の理由もある。
そもそも、EUは国ではなく共同体であるだけに、交渉する上で非常に厄介な相手だ。
EUは27カ国が加盟し、関税や通商政策はEUの行政機関である欧州委員会を相手に交渉しなければならない。
また、EUの27の加盟国のなかで、20カ国はユーロ圏に加盟しており、為替など非関税障壁をめぐっても、協議をする相手は欧州委員会だ。

一方で、エネルギーや安全保障などの分野での交渉相手は、各国ごとに個別で行う必要がある。
従って、EUは日本のように大豆やトウモロコシ、エネルギーの輸入拡大、さらに防衛費拡大などの交渉カードを切ることができない。

チャート:EUと加盟国の権限分担
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チャート:EUの通商協定を結ぶ際の手続きと流れ
チャート:EUの通商協定を結ぶ際の手続きと流れ

EUとの通商協議には、時間が掛かること必至だ。
例えば、日本とEUが経済連携協定(EPA)を結ぶ際には、2013年3月に正式に交渉が開始してから、2019年2月の発効までに約6年を要した。
トランプ政権は相互関税を90日間、7月8日まで停止するなかで、早急に貿易協定を締結したいところだが、EUの仕組みが複雑であるため、なかなか前進しない状況に痺れを切らし、50%の関税発動に言及したと言える。

進退維谷に直面するEU、VATは加盟国政府税収全体の15.7%

トランプ大統領の対EU50%関税発言は、4月にEU向けに発表した相互関税20%を上回るだけに、米欧や金融市場関係者に大きな波紋を投げかけている。
INGのユーロ圏チーフエコノミストであるカーステン・ブレゼスキ氏は、米国の関税引き上げによって、米国内でのインフレの加速と経済成長の鈍化が同時に発生するスタグフレーションを、欧州については景気後退入りを警告する。
キール世界経済研究所のジュリアン・ヒンツ氏は、この関税政策によって米成長率が1.5%低下すると試算した。

欧州当局者は、前述のシェフチョビッチ欧州委員(通商担当)を含め、事態を深刻に受け止めている。
独のクリングバイル副首相兼財務相は、トランプ大統領の対EU50%関税発言を受け、独ビルト紙のインタビューで、「さらなる挑発ではなく、真剣な交渉が必要だ」と発言。
また、同相はG7財務相会合・中央銀行総裁会議でベッセント米財務長官と会談したことを受け「貿易摩擦は全ての国に打撃を与えており、迅速に解決する必要がある」と強調した。

トランプ大統領が落とした雷は、EUを震撼させたことは間違いない。
フォンデアライエン欧州委員長は5月25日、早速トランプ大統領との電話会談に応じた結果、EU50%関税発動の時期は6月1日から7月9日に延期された。
今回の対EUへの措置は、相互関税発表後に中国が報復措置を発表した当時、中国に対し相互関税を125%(フェンタニル流入を受けて発動した関税20%と合わせ145%)へ引き上げた流れを彷彿とさせる。
トランプ政権にしてみれば、わざと高い球=ビーンボールを投げ、交渉の円滑化を狙った「圧力」を掛ける常套手段を講じたと言えよう。

EUが50%関税を回避する上では、関税障壁や経済安全保障上の取り組みだけではなく、VATや米大手IT企業への圧力、法人税制などが対象となりうる。
EUによれば、VATの税収は2023年に加盟国全体の税収の15.7%を占め、VATだけを取ってみても国防費の上乗せを検討中の加盟国にとって、進退維谷の状況に立たされつつある。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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