トランプ大統領、7月12日までに25カ国・地域に新たな関税を通知
トランプ大統領が貿易相手国に、揺さぶりをかけている。
7月7日から、トゥルース・ソーシャルにて続々と相互関税に代わる新たな関税率を記した書簡を公表。
筆頭は日本で、韓国を始め14カ国が続き、7月9日にフィリピンやブラジルなどを含め8カ国、7月10日にカナダ、7月12日には欧州連合(EU)とメキシコに対し、新関税率を通知した。
7月12日までに発表された25カ国・地域のうち、4月2日に発表された相互関税を上回ったのは7カ国・地域で、横ばいは5カ国、11カ国は引き下げられた(カナダとメキシコは、相互関税の対象外)。
25カ国・地域に対する新たな関税率が8月1日に発動されれば、これらの国・地域における平均の関税率は31%となる。
書簡の内容は、概ね変わらず。
貿易赤字をめぐり「米国の経済だけでなく、国家安全保障にとっても重大な脅威」と訴える。
ただし「閉ざされた市場を米国に開放し、関税や非関税措置、その他の貿易障壁につき撤廃する意思をもつならば、本書簡に記載した関税について再検討の可能性がある」と明記。
その上で、新たな関税率は「貴国との関係性に応じ、引き上げ、または、引き下げなど調整される可能性がある」と結ぶ。
従って、7月末までに合意に漕ぎつければ、8月1日から発動される新関税の適用は見送られる公算が大きい。
画像:トランプ大統領から日本へ宛てた書簡
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)
なお、カナダとメキシコは、不法移民とフェンタニルの流入問題を受け25%の関税(カナダのエネルギー関連資源は10%)を課されてきたが、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に基づく原産地規則を満たす製品は対象外で、新関税でも同様となる。
チャート:7月12日に発表された25カ国・地域向けの新たな関税率
トランプ政権、いの一番に日本に通知した「苛立ち」
7月7日に発表された当時、日本が「いの一番」に通知され、かつ主要7カ国(G7)で唯一だったため、様々な憶測が流れた。
振り返れば4月16日、第1回目の日米交渉に向け訪米した赤沢経済再生相は、トランプ氏から「日本の協議が最優先」との発言を受けたが、あれから3カ月が過ぎ、情勢は一変。
進展乏しい交渉に苛立ちを隠せず、トランプ氏は7月1日、「日本は甘やかされている」と批判するなど、恨み節を連ねた。
参議院選を7月20日に控え、ベッセント財務長官が「合意に制約がある」と発言していたものの、日本に対し交渉進展を狙い攻勢をかけたと言えよう。
カナダ(35%)やEU(30%)などG7諸国に対して後日、日本より高い関税が割り当てられた結果、トランプ政権が日本に配慮したのではとの思惑も広がりつつある。
しかし、政治ニュースサイトのポリティコは、EUとメキシコへの新関税率の通知が7月12日に後ずれした理由について、むしろ「トランプ政権との良好な立場にあることを示唆している」と指摘。
最初に書簡を送付された日韓は「交渉が停滞する状況で、槍玉に挙げられた」と分析した。
少なくとも、独仏伊などG7諸国を含むEUに関しては、そうした分析は間違っていないようだ。
EU向けの新関税率の30%は、確かに相互関税の20%より引き上げられた。
とはいえ、そもそも5月23日にトランプ氏がEU向け関税を6月1日から50%へ引き上げる意思を表明し、5月27日にフォンデアライエン欧州委員長との電話会談で7月9日まで延期することで合意した経緯がある。
何より、米国とEUは貿易協定の合意に近づいており、ラトニック商務長官は7月8日に「EUとの合意は大統領の机上に送付され、最終決定を待っている状態」と述べていた。
G7諸国でいえば、カナダへの新関税35%も、額面通り受け止めるべきではない。
ホワイトハウス関係者は、引き続きUSMCAの原産地規則を満たす製品について対象外となる可能性に言及していた。
カナダは6月29日にデジタル・サービス税を撤回しただけに、引き続きカナダの輸出品の約86%が免税となる恩恵を勝ち取ったのだろう。
加藤財務相、為替に関する具体的協議について否定も…
日米交渉をめぐり、EUやカナダと違って日本が抱える課題がある。
それが為替だ。
為替については赤沢氏ではなく、加藤財務相が所管する。
その加藤氏は、7月8日に「当面は為替に関して具体的な協議を行うことは想定していない」と述べた。
もっとも、6月に発表されたトランプ第2次政権下で初の為替報告書では、日本を引き続き「監視対象国」としただけでなく、懸念すべき記述も含まれていた。
報告書では、日本に対し「日銀は国内の経済基盤に対応し、金融引き締めを継続すべきで、対ドルでの円安の正常化と二国間貿易の必要な構造的リバランスにつながる」と明記。
現在、日銀はトランプ政権の通商政策をめぐる不確実性を背景に、利上げに慎重な姿勢を示している。
とはいえ、トランプ政権側から見れば、日本政府が合意に通じる交渉材料を提示していない状況が、日銀による追加利上げの障壁になっていると受け取られても不思議ではない。
チャート:実質金利、深いマイナスが続く
ベッセント氏は7月19日、ラトニック商務長官と共に米国のナショナル・デーに合わせ大阪万博を訪問する予定だ。
赤沢氏が接遇する方向で調整中と報じられているが、交渉進展への糸口をつかむ大きな機会となることは間違いない。
通商協議で「最優先」から「後回し」の印象を強めた日本だが、逆転劇につながる兆しがみえてきた。
トランプ氏は7月13日、「日本が急速に方針を転換」と発言。
7月1日に自動車や農産品での購入拡大に消極的と批判していた態度から、一変させた。
トランプ氏の心は秋の空のように移ろいやすい。
とはいえ、トランプ氏自身も、自身の功績とインフレ再燃回避のため、日本との貿易協定に向けた大枠合意が必要な証左と言えよう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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