トランプ大統領、「Too Late」はパウエルFRB議長の「辞任を望む」サイン
33回――これは、トランプ大統領が就任してから7月14日までにパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長を批判した回数だ。
そのうち、6月以降が21回を占め、いかに足元で圧力が強まっているかが伺えよう。
7月8日には、記者団に対しパウエル氏を「T, O, O, late, too late(過、ぎ、る、遅過ぎ)」 と批判した上で、2024年9月に0.5%で利下げを開始し、同年11月、12月に0.25%ずつ追加利下げを行った当時と比較し、対照的だと不満を漏らした。
米連邦最高裁判所は5月22日に、FRBを「独自の構造を持つ準民間組織」とし、大統領の権限拡大とFRB議長の解任にブレーキを掛ける判断を下した。
独立行政機関の全米労働関係委員会(NLRB)とメリットシステム保護委員会(MSPB)の幹部2人がトランプ氏による解任を違法だとして提訴した際、FRB幹部も同様に大統領による解任の危険にさらされると主張したが、これを退けた格好だ。
最高裁は、NLRBとMSPBの幹部2人こそ「憲法が大統領に行政権を付与しており、大統領はその権限を代行する行政官を理由なく解任できる」と容認したが、FRBの独立性をめぐりパンドラの箱を開けることはなかった。
最高裁の判断に加え、トランプ氏自身も4月22日パウエル氏を解任しないと前言撤回したため、FRBの独立性は維持されたかにみえた。
しかし、ここにきて風向きが変わりつつある。
トランプ政権、ベルサイユ宮殿並みの改修費を問題視
事の発端は、7月2日にパルト米連邦住宅金融庁(FHFA)局長がX上で公開した書簡だ。
パルト氏は「パウエル議長の政治的偏向と、上院での虚偽の証言について調査するよう要請する。これは『(FRB議長の解任根拠となる)正当な理由』に値する」と明記。
パウエル氏がFRBの改修費用25億ドル(約3,700億円)について証言した内容を問題視し、米議会にパウエルFRB議長の調査を求めた。
同日、トランプ氏自身もトゥルース・ソーシャルで「“遅過ぎ”(注:パウエル氏を指す)は直ちに辞任すべきだ!!」と投稿するとともに、同様に米議会による調査に賛同した。
画像:パルトFHFA局長の書簡
(出所:Pulte/X)
7月10日には、ボート米行政管理予算局(OMB)局長がパウエル氏に書簡を送付。
改修により屋上庭園やVIP専用エレベーター、高級大理石など過度に豪華な仕様が施され、その費用はベルサイユ宮殿並みと非難した。
ハセット国家経済会議(NEC)委員長も7月13日、米放送局ABCニュースの「ジス・ウィーク」に出演し、トランプ氏がパウエル氏を解任するかは、ボート氏からの質問への回答次第と答えた。
なお、ハセット氏は、ケビン・ウォーシュ元FRB理事と並び、足元で次期FRB議長の最右翼とされ、6月にはトランプ氏と少なくとも2度、会談したという。
画像:ボートOMB局長の書簡
(出所:Russ Vought/X)
米最高裁の判断により、パウエル氏が座るFRB議長の椅子はある程度、保護されたも同然だ。
しかし、米連邦準備法の10節2項に基づけば、大統領が「正当な理由(for cause)」を示せば、FRB議長や理事を罷免できる。
「正当な理由」について、明確な定義はないが、一般的な法解釈に基づけば①非能率、②怠慢、③不正行為――などが挙げられる。
なお、コロンビア・ロー・レビューによれば、「政治的意見の不一致は含まれない」。
トランプ政権は一丸となって、「ベルサイユ宮殿並み」の改修を口実にパウエル氏を解任に追い込もうとするが、ハードルは高い。
FRB、改修にホワイトハウスと米議会の介入は受け入れない立場を強調
パウエル氏はボート氏の書簡を受け、FRBの監察官であるマイケル・ホロウィッツ氏に再調査を要請した。
一方で、FRBはホワイトハウスの攻撃に備え、米連邦準備法を盾に、守りを固めつつある。
米連邦準備制度法10項3節は、FRB理事会にFRBが取得・建設した建物について「維持、拡張、または改修することができ、当該建物およびその空間を単独で管理する」権限を付与しているためだ。
同法に基づき、FRBは公式サイト上に公開した質疑応答で「理事会は建築計画に原則、国家首都計画委員会(NCPC)の指示を受ける立場にはない」と明記。
バイデン前政権下、2021年に承認された計画書について、「あらためて審査される必要はない」として、ホワイトハウスや米議会の介入を受け入れない立場を強調した。
NCPCは、首都ワシントンD.C.にある連邦政府の施設や地域の開発について提案を審査するほか、米連邦建築物の設計に関し、権限を有する。
トランプ氏は7月、NCPCの幹部にホワイトハウスに在籍していた側近3人を任命、FRBとの戦いに備え、刺客を送り込んだ。
ホワイトハウスとFRBの間で激しく火花を散らす未来予想図が待っていそうだが、ドルも巻き込まれ乱高下してもおかしくない。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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