参院選後の円買い戻しは本物か、最後の頼みは日銀に

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参院選後、石破首相続投を受けて円買い戻し

自由民主党が中心の政権で、衆参両院の過半数割れは1955年の結党以来で初めて――参議院選挙が7月20日に行われた後、英BBCを含め各メディアが伝えた内容だ。
自民党と公明党の与党の議席数が、過半数の125議席を割り込む122議席にとどまったためだ。
石破首相は翌21日、2024年10月の衆院選、2025年6月の都議会選、そして今回の参院選で3連敗を受けながら、記者会見で「国政に停滞を招かない」ことが最も重要と述べ、続投の意向を正式に表明。
関税措置を始め物価高、明日起こるかもしれない首都直下地震や南海トラフなど自然災害、戦後最も複雑な安全保障を挙げ、国難と言える状況に直面しており、「いま最も必要なのは国政に停滞をもたらさないこと」と説明した。

自民党内での求心力低下に伴い退陣を求める声があるのではとの質問には、「まだ何も承っていないうちから、ああだのこうだのいうことを申し上げるべきだとは思っていない」と強調し、米国の関税交渉についても、交渉担当者や自身の責任や進退についても、「たらればの話はしない」と一蹴した。
連立拡大や政権人事について「現時点で考えを持っているわけではない」「考えていない」と、明言を避けた。

チャート:石破首相の会見、続投表明の主なポイント
チャート:石破首相の会見、続投表明の主なポイント

海外勢はこれまで、日本の政治の安定性を評価してきた向きがある。
欧州系のチーフエコノミストからは「今回の参院選で、与党大敗北による政権交代のリスクが警戒されていた」との指摘も聞かれていた。
結果、ドル円は参院選後に与党が政権を維持する観測から、円の買い戻し(ドル円の下落)で反応した。
商品先物取引委員会(CFTC)が発表した投機筋による円先物のネット・ポジション動向のうち、レバレッジ系(主にヘッジファンドなど)は、7月15日週時点で3,359枚のネット・ショートだった。
3月18日週以来のネット・ショートに反転。
参院選前の円先物ポジションの調整が、円買い戻しにつながったとも考えられよう。

チャート:レバレッジ系の円先物のポジション、3月18日週以来のネット・ショートに
チャート:レバレッジ系の円先物のポジション、3月18日週以来のネット・ショートに

3連敗で自民党内からも反発の声、両院議員総会なら「石破おろし」の狼煙

今後、政治が流動化するリスクは払拭できない。
自民党内が分裂する恐れもある。
各メディアの報道によれば、麻生最高顧問は、石破氏の続投を認めないと話しているという。
7月21日付けの日経新聞は、福田幹事長代行が石破氏に対し「若手は不平・不満が溜まっている。お含みおき下さい」と伝えたと報道。
河野選挙対策委員長代理は7月21日、辞表を木原選対委員長に提出、さらに森山幹事長に辞任を迫った。
幹事長などの党役員が辞任し、後任が見つからなければ、政局と化すリスクがくすぶる。
小泉農水相も7月22日、閣議後の会見で石破氏が比較第一党を強調し続投を表明した会見内容を受け、反省を求めたと発言。
加えて、高知県連が石破首相の早期退陣を申し入れたのを皮切りに、自民党山口県連の友田有幹事長、続いて山口県連の幹事長のほか栃木県や愛媛県など、相次いで石破氏や森山氏への退陣を要求している。

チャート:石破首相の続投などに対するそれぞれの立場
チャート:石破首相の続投などに対するそれぞれの立場

日経新聞によれば、参院選の大敗を受け7月末にも両院議員懇談会(議決権なし、党内所属議員の意見聴取・交換の場)を開催する予定だ。
ここで、両院議員総会の開催や総裁選の要求が高まってもおかしくない。
両院議員総会では、自民党則第6条第2項ただし書きにより、総裁が任期途中で辞任した場合など、「緊急性が高い」と判断された際に、党執行部あるいは党所属国会議員の3分の1により招集が可能とされる。
自民党則第4条4項に従えば、総裁任期満了前は「党所属国会議員及び都道府県支部連合会代表各1名の総数の過半数の要求があったときは、総裁が任期中に欠けた場合の総裁を公選する選挙の例により、総裁の選挙を行う」。
つまり、事実上の総裁解任が可能となり、石破氏以外の総裁を選出するシナリオも想定しておくべきだろう。

チャート:過去、両院議員総会で選出された自民党総裁
チャート:過去、両院議員総会で選出された自民党総裁

石破氏は、2007年の参議院選で自民党が大敗した局面で、当時の安倍首相に両院議員総会で「総理は替わるべきだと、言うことは言いますよ」と公然と退陣を要求した経緯がある。
会見で石破氏は「一字一句克明に覚えていない」として、自身が辞任すべきか明確な回答を避けた。
両院議員総会が開催されれば、18年を経て、安倍氏への言葉が自身にブーメランのように跳ね返ってくるシナリオがあり得よう。

格付け会社ムーディーズは、参院選後にロイターの取材に対し政策見通しに変更なしとの判断を寄せた。
石破氏が主張するように、米国との通商協議の最中とあって、繊細な状況だ。
加えて、①自民党内に明確な後継者がいない、②無所属議員や一部野党と取引し政権運営可能、③野党側の主張はばらばら――などの要因を踏まえ、不安定な状況が続くも、日本は乗り切ることが可能というわけだ。

石破氏が会見で続投を表明した後、ドル円が下落で反応した。
この事実だけを踏まえれば、政局入りする場合、不確実性が警戒されドル円が上昇で反応するケースが考えられる。
一方で、参議院選後のドル円の動きは、米金利低下によるドル安要因主導の点も留意すべきだろう。

チャート:21日、石破氏の会見を受けたドル円の推移、10分足
チャート:21日、石破氏の会見を受けたドル円の推移、10分足
(出所:TradingView)

40日抗争再燃のリスクなど、日本独自の円買い材料乏しく

石破氏に退陣を迫る流れで、候補を一本化できず、自民党内で分裂するリスクもある。
思い出されるのが1979年の衆院選後に起こった「40日抗争」だ。
1979年10月の衆院選敗北を受け、責任問題をめぐり、主流派で一般消費税導入を掲げ敗北した大平首相率いる大平派並びに田中派と、非主流派の福田派・三木派・中曾根派が対立。
首相指名投票で大平首相と福田前首相が立候補する事態を招き、結局は大平氏が再選されるまで、政治空白が約40日続いた。

石破氏の後任としては、前回総裁選の決選投票で敗北し、直近でも立候補の意思を示す高市前経済安全保障担当相の他、同じく前回の総裁選で名乗りを挙げた岸田派の林官房長官や、茂木元幹事長、さらには小泉農水相が考えられる。

もうひとつ、野党が内閣不信任決議案を提出する場合も留意しておきたい。
8月1日から5日まで臨時国会が召集されるが、衆院選直後の特別国会と違い首班指名選挙はなく、あくまで参議院正副議長などの選出にとどまる見通しだ。
ただ、野党からの内閣不信任決議案提出については、立憲民主党の野田代表が7月20日、「当然視野に入ってくる」と発言した。
内閣不信任決議案は、衆議院議員51人以上の賛同が必要で、現時点の議席数を踏まえれば、単独で提出できるのは、立民のみ。
国民民主党など他の野党が一致団結すれば、51人以下の党でも提出は可能だ。

内閣不信任決議案の可決には、出席議員の過半数(50%以上)が必要。
可決されれば、①内閣は10日以内に衆議院を解散、②総辞職――のいずれかを選ぶ必要がある。
もっとも、衆議院での審議・採決のための時間確保を踏まえれば、わずか5日間では難しいと言わざるを得ない。
仮に提出されるにしても、8月1~5日の臨時国会の次が視野に入る。

参院選後、政治の流動化は止められそうもない。
足元はドル円の買い戻しで反応する一方で、今後の連立政権・政策協力を踏まえれば、財政悪化のシナリオも見過ごせない。
8月1日に期限が迫る米国との通商協議も、レームダック化が否めない石破政権では、日本に利するよう合意に結び付けるのは一段と困難を極めるのではないか。
日本独自の要因で円買いとなる材料は乏しいと言わざるを得ない。
強いていうならば、2024年7月や2025年1月のような、ドル高・円安局面での追加利上げシナリオが現実となれば、円買いで反応しうる。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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