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米雇用統計の下方修正、トランプ政権の利下げ圧力を正当化

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ベッセント財務長官、雇用統計の年次基準改定受けFRBに物申す

「米連邦準備制度理事会(FRB)がデータに依存していると仮定して、そのデータが不正確であれば、補正的な利下げが必要だ」――ベッセント財務長官は、米労働統計局(BLS)が米雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)の年次基準改定の速報値を発表した9月9日、このように述べた。

BLSによるNFPの年次基準改定は毎年夏に速報値が発表され、今年は2024年4月から2025年3月までの1年間に及ぶNFPの増加幅が、91.1万人下方修正された。
リーマン・ショックの衝撃が冷めやらぬ2010年以来で、最大の下方修正幅となる。
年次基準改定前の雇用の増加幅は179万人増だったところ、91.1万人の下方修正を経て、87.1万人増に引き下げられた。

チャート:年次基準改定・速報値結果
チャート:年次基準改定・速報値結果

チャート:1年間のNFP増加幅
チャート:1年間のNFP増加幅

結果、2025年3月までの1年間のNFPの月平均の増加ペースも概ね半減し、従来の14.9万人増から7.3万人増に下方修正された。
なお、BLSは、毎年3月時点の季節調整前の雇用水準を基準に、正確性が高く州の失業保険税の記録に基づく “四半期雇用・賃金調査(QCEW)”と照合して基準(ベンチマーク)改定を行う。
今回は速報値で、翌年2月に確報値が発表される。

チャート:月平均の増加幅、改定前より概ね半減
チャート:月平均の増加幅、改定前より概ね半減

14業種別のうち12業種が下方修正され、前年の速報値発表時点の10業種を上回った。
下方修正された10業種のうち、娯楽・宿泊が最も大きく17.6万人となったほか、小売が12.6万人、卸売が11万人と続いた。
FRBが2024年9月から3回連続で1%利下げを決定したものの、高金利のダメージが米経済にボディブローのように効き、消費を押し下げ雇用に響いた様子が伺える。

チャート:業種別の修正
チャート:業種別の修正

その他、専門サービスが15.8万人と目立ったが、これはマイクロソフトやアマゾン、アルファベットなどテクノロジー大手企業を中心に、労働者に代わって人工知能(AI)を採用した余波と考えられよう。
実際、NY連銀の調査によれば、2月時点で73の学部別での失業率は「コンピューター・エンジニアリング」が7.5%で3位、「コンピューター・サイエンス」も6.1%と7位で、「英語」の4.9%や「環境学」の2.6%を上回った。

米労働市場、パウエルFRB議長が警戒した「下振れリスク」が鮮明に

トランプ氏も年次基準改定を受け、パウエルFRB議長を「遅過ぎ」と呼びながら大幅利下げを要求した。
これで、トランプ氏によるパウエル批判と利下げ圧力は、1月の就任以来で少なくとも58回に及ぶ。

パウエル氏は8月25日付けの本コラムで指摘したように、8月22日のジャクソン・ホール講演で「奇妙な種類の均衡」にあり、下振れリスクが高まっているとした上で、リスク・バランスのシフトが「政策スタンスの変更を保証する可能性がある」と明言した。
奇妙な種類の均衡とは、移民の減少に伴い、失業率を押し上げも押し下げもしない雇用の増加幅が、2022~24年当時と比較して下がったため、失業率が当時より上昇しづらい状況などを指していた。

今回の結果に加え、米7月雇用動態調査(JOLTS)で、失業者1人当たりの求人件数(日本の有効求人倍率に相当)が0.99件と、2021年4月以来の1件を割り込み、失業者数が求人件数を上回ってしまった。
パウエル氏がいう、労働市場の「下振れリスク」が鮮明化した格好だ。
同時に、ベッセント氏が指摘したように、トランプ氏の利下げ要請が正しかったと言わざるを得ない。
FF先物市場では、年末までに3回の利下げ織り込み度が0.5%を含め、一時73.2%へ上昇し前日の69.3%を上回った。

チャート:米7月JOLTSで、失業者1人当たりの求人件数は1件割れ
チャート:米7月JOLTSで、失業者1人当たりの求人件数は1件割れ

米労働省の監査総監室、BLSのデータ収集・報告などについて調査開始

ベッセント氏は9月9日、BLSが正確にデータ提供する必要性にも言及した。
その上で、トランプ氏が解任したマッケンターファー前BLS局長に代わって次期局長に指名されたアントニ氏について「誠実でデータ重視の姿勢を持つ人物で、BLSにふさわしいリーダーである」と強調した。

新たなBLS局長の就任を意識したのか、 米労働省の監査総監室(OIG)は9月10日、BLSが主要経済データの収集及び報告で直面する課題について、調査を行う方針を打ち出した。
今回の調査では、①消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)のデータ収集、②雇用統計の収集・報告・修正――などが対象になるという。

米雇用統計は世界で最も金融市場に影響を与える経済指標といっても過言ではないだけに、データの正確性を担保する上で、今後の調査内容の公表が待たれる。
2024年8月の年次基準改定の発表の遅れを始め、数々の失態の原因が究明されるのか、市場関係者は関心を寄せているに違いない。

チャート:過去のBLSの失態など
チャート:過去のBLSの失態など

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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