対米投資の80兆円、赤沢経財相「円売り取引発生せず」
対米投資の5,500億ドル=約80兆円がドル円を押し上げる、との観測が根強い。
赤沢亮正経済財政・再生相は9月12日にインターネット番組「ReHacQ(リハック)」に出演し、こうした観測を一刀両断するかのように、対米投資について、「円を売ってドルを直接買うような取引は基本的に発生しない」と明言した。
石破首相は7月23日、日米合意直後に会見し「国際協力銀行(JBIC)による出資、融資、日本貿易保険(NEXI)による保証を活用する」と説明済みだ。
対米投資、約80兆円をめぐる「日本国政府及びアメリカ合衆国政府の戦略的投資に関する了解覚書」に従えば、「ベース金利」とは、6 カ月物の SOFR(担保付き翌日物調達金利、ここでは米国債を担保とした借入コスト)タームレート(6 カ月 SOFR)を意味する」と明記。
JBIC資料の外貨の貸出金利と整合的だ。
一方で、赤沢氏はこのJBICによる融資について「半分は外国為替資金特別会計(外為特会、日本の外貨準備の約9割を保有、残りは日銀)の運用収入などで対応可能だと思う。米国債等を売却する必要はない。あとは政府保証付きのドル建ての債券の発行や通貨スワップで考えている」と述べた。
その上で、対米投資が為替に影響を及ぼさないとの考えを示した格好だ。
チャート:外貨準備高の推移
チャート:8月末時点の外貨準備高の内訳、単位は100万ドル
政府保証付きのドル建て債の発行は、日本の債務拡大につながり、間接的に円売りとなりうる。
しかし、円売りフローを直接生み出すわけではない。
足元で、ドル円の下値が堅い理由は対米投資約80兆円をめぐるフローとの指摘が一部聞かれるが、現実はそうではないことが判明した。
日米財務相の共同声明、日銀の利上げの「伏線」となるか
もうひとつ、ドル円の影響力を踏まえる上で重要な日米財務相の共同声明が、日本時間の9月12日に公表された。
主なポイントは、以下の通り。
・両者は、財政・金融政策は、国内の手段を用いてそれぞれの国内目的を達成することに向けられ、競争上の目的のために為替レートを目標とはしない、との G7のコミットメントについての認識を再確認した。
・両者は、いかなるマクロプルーデンス措置又は資本フロー措置も、競争上の目的のために為替レートを目標とはしないことに合意した。
・両者は、年金基金等その他の政府の投資主体による海外への投資は、引き続きリスク調整後のリターンや分散化の目的で行われ、競争上の目的のために為替レートを目標とはしないことに合意した。
・両者は、為替市場における介入が検討されるような場合、介入は、過度な変動を伴う、又は無秩序な減価・増価への対応として等しく適切と考えられるとの想定の下、為替レートの過度の変動や無秩序な動きに対処するためのものに留保されるべきことで一致した。
以上、為替レートを目標しないことを確認した。
財政・金融政策はG7のコミットメントと同様ながら、今回、「資本フロー措置」が加えられたことは、特筆に値する。
これは、対米投資5,500億ドルを口実とした円安を容認しないとする、米国の強い意志を反映したのではないか。
だからこそ、介入も「過度な変動や無秩序な動きに対処するためのものに留保されるべき」との文言が加わったのだろう。
対米投資の結果、円安を招いたので介入するとあっては、トランプ政権にとって本末転倒に違いない。
過去の本レポートで指摘してきたように、トランプ政権初の為替報告書では、「日銀は国内の経済基盤に対応し、金融引き締めを継続すべきで、対ドルでの円安の正常化と二国間貿易の必要な構造的リバランスにつながる」と明記された。
ベッセント氏が8月13日にブルームバーグでのインタビューで発言した通り、米国は日銀がインフレを利上げで制御すべきとの認識であると考えられ、今回の日米財務相の共同声明に、その方向性を示したと言えよう。
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チャート:ベッセント財務長官、8月13日付ブルームバーグインタビュー内容
その他、共同声明では「透明性のある為替政策と慣行の重要性に合意した。両者は以下の事項の 公表にコミット」すべく、以下を公表することが盛り込まれた。
・少なくとも月次で、あらゆる為替介入の実施状況。
・IMFの「外貨準備と外貨流動性に関するデータ・テンプレート」に沿って、月次で外貨準備のデータとフォワード・ポジション、年次で外貨準備の通貨構成。
特に「年次の外準の通貨構成」のデータ公表は、ドルを基軸通貨たる存在であり続けることを望むトランプ政権の意向の表れだろう。
足元で中国を始めドル離れを画策するなか、同盟国として日本に中国が主導する脱ドルの流れに追随しないよう、けん制球を放ったかのようだ。
日米貿易合意文書に「日米両政府は、強固で協力的な2国間関係の重要性を確認」と記されたように、今回の合意は両者の関係を深化させるものと位置づけられよう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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