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高市新体制で、「ドル円150円」は通過点となるのか否か

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自民党総裁選で高市氏が勝利、ドル円は上昇予想が優勢も…

自民党は11月で、結党70周年を迎える。
その節目の直前である10月4日に行われた自民党総裁選にて投開票が行われ、高市早苗前経済安全保障相が選出された。
自民党で初の総裁を務めるだけでなく、近く開かれる国会での首相指名選挙にて、日本で初の女性首相として歴史に名を刻む公算が大きい。

高市氏勝利のカギは、麻生太郎最高顧問とされる。
自民党総裁選直前の10月3日、麻生氏は、自身が派閥会長を務める麻生派(43人)の議員に対し、「党員・党友票が多い候補に投票せよ」と指令を送ったという。
党員・党友票でリードが目された高市氏への実質的な援護射撃だったことは、言うまでもない。
加えて、第1回の投票で、茂木敏充元幹事長や小林鷹之元経済安保相に麻生派の議員票を振り分け「恩を売り」、決戦投票での高市氏への票に繋げた作戦を展開したと報道された。

2024年9月の総裁選で高市を推した麻生氏が、キングメーカーとしての面目躍如を果たした。
党内における麻生氏の影響力を再確認するとともに、同氏自身や派閥陣営の要職への返り咲きが考えられよう。
同時に、保守派再編の流れに拍車がかかる公算が大きい。

チャート:第1回投票結果と、決戦投票結果
チャート:第1回投票結果と、決戦投票結果

高市氏は同日、新総裁として初の記者会見を開き、「多くの国民が直面する課題に取り組まなければならない。何としても物価高対策に力を注ぎたい」と強調した。
一方、日銀の利上げには慎重な姿勢を崩していない。

日銀の2%物価安定目標や政府との政策協調について問われると、「日銀法第4条に基づき、政府と日銀が足並みをそろえて協力すべきだ」と述べ、日銀会合に財務副大臣らが出席していることを挙げて「緊密に連携している」と説明した。
さらに「財政・金融政策の責任は政府にある」としつつ、「日銀は金融政策の最適な手段を考える場だ」との認識を示した。

物価安定目標をめぐっては、IMFの基準では日本がインフレ局面に入ったとされる可能性に触れ、「日本経済はぎりぎりのところにある」と危機感を表明した。
「トランプ関税の影響を受ける企業も出てくる」とも指摘。
加えて、現状のコスト・プッシュ型インフレを放置し、デフレ脱却と見なすのは時期尚早とし、賃金上昇による需要拡大に伴う「ディマンド・プル型インフレこそが望ましい」との考えを示した。

物価高対策と言えば、総裁候補者の共同会見にて、高市氏が物価高対策に向け減税や交付金の財源をめぐり「税収の余剰分を当然使うが、どうしてもというときは国債の発行もやむを得ない」と発言。
赤字国債発行の道筋を示唆したことが思い出される。
何より、「責任ある積極財政」を掲げ、歳出拡大を志向し、ガソリン税の旧暫定税率廃止にも賛成する。

以上を踏まえ、高市氏が新総裁に就任し、国会の首相指名選挙で首相に選出されれば、日銀の利上げ見送り・財政拡張を受けて「高市トレード」とされる円安・株高・債券安(長期金利上昇)の3点セットへ傾くとの予想が優勢だった。
10月6日の寄り付きに、ドル円が約2円もの窓を開けて急伸した動きは、その証左のひとつと言えよう。
なお、日経平均は前週末比2175円26銭(4.8%)高の4万7944円76銭と最高値を更新して引け。
新発10年物国債の利回りも一時1.675%と2008年7月以来の高水準をつけた。

チャート:ドル円、10分足チャート
チャート:ドル円、10分足チャート
(出所:TradingView)

本田元内閣参与「ドル円150円は行き過ぎ」、12月なら利上げ可能とも示唆

しかし、高市氏の経済ブレーンである本田元内閣参与が、円一段安にブレーキを掛けた。
ブルームバーグのインタビューにて、10月利上げは首相就任すぐで難しいと表明しつつ、「今のような環境であれば0.25%への利上げは問題ない」と言及。
「12月にやるにしても、米国は心配だが、そんなに混乱しなければ大丈夫だろう」と述べ、利上げに前向きな見解を寄せた。
また、円安が「150円を超えたら、やや行き過ぎだろう」との認識も表明。
一連の発言を受け、ドル円は150.30円台から上げ幅を縮小、一時149.70円台へゆるんだ。
この発言を受け、ドル円150円が「サナエ・シーリング」となった可能性がある。

筆者は、ドル円が150円で定着する方向へ本格的に転じるかについては、3つの観点から疑問を抱いていた。
第1のポイントとして、高市氏は会見で日本銀行法第4条に言及したが、利上げそのものを否定しているわけではない。
日銀のウェブサイトでは、第4条について「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、政府と常に緊密に連絡を取り、十分な意思疎通を図る必要がある」と説明されている。
さらに、同サイトには高市氏の発言通り、「政府代表者が必要に応じて会合に出席し、意見を述べたり議案を提出したり、議決の延期を求めることができる」と明記されている。

つまり、高市氏が総裁に選ばれる前から日銀と接触し、説明を受けていたとしても不自然ではない。
仮に日銀との連携がすでに築かれているのであれば、植田総裁が10月3日の挨拶で述べたように、物価と賃金が緩やかに上昇し、その傾向が今後も続く見通しであれば、利上げの可能性は十分にある。
本田氏の発言は、こうした筆者の見方に合致する内容だった。

第2に、今後の人事次第で財政拡張型との認識が変わる可能性に着目している。
高市氏は麻生氏を副総裁に、さらに岸田第2次政権で財務相を務めた麻生氏の義弟である鈴木俊一総務会長を幹事長に充てる方向で調整中だという。
高市氏の勝利の立役者となった麻生氏といえば、9月に消費税減税に否定的な立場を表明。
鈴木氏も2024年9月に補正予算につき財政規律を守る必要性を主張、麻生氏と考え方が近い。
今後、税制会長や財務相などの人事を確認する必要があるが、竜頭蛇尾に終わるシナリオにも留意すべきだろう。

トランプ政権、日銀の利上げ見送りによる円一段安なら「けん制」も?

第3に、トランプ政権による対ドルでの円安是正圧力が予想される。
トランプ大統領は3月3日に対ドルでの円安に不満を表明してから、為替の発言を封印している。
しかし、代わってベッセント財務長官率いる財務省が物申す状況だ。
6月にトランプ政権として初めて公表された為替報告書では、「日銀は国内の経済基盤に対応し、金融引き締めを継続すべきで、対ドルでの円安の正常化と二国間貿易の必要な構造的リバランスにつながる」と明記。
具体的に日銀の金融政策を批判した。
さらに8月13日には、ベッセント氏がブルームバーグTVのインタビューで植田総裁と話をしたと明かした上で、日銀は「ビハインド・ザ・カーブ」にあり、インフレを制御すべく利上げすべきとの手厳しい意見を述べた。

なお、トランプ政権から円安けん制が飛び出した水準を振り返ると、トランプ氏が円安を批判した3月3日にドル円は151円前後で推移していた。
ベッセント発言が取り沙汰された8月13日の約1週間半前にあたる8月1日に、ドル円は150.92円と3月下旬以来の水準へ上昇。
2024年4月23日、麻生氏と会談する直前に放たれたトランプ砲は、ドル円が155円水準にある局面で鳴り響いた。

チャート:2024年4月、トランプ氏は「円安は大惨事」と投稿
チャート:2024年4月、トランプ氏は「円安は大惨事」と投稿
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)

日銀が利上げを見送り続けるならば、米財務省からけん制球が放たれる公算が大きい。
加えて、為替報告書は半期に一度公表され、次回分は政府機関閉鎖が早々に解除されれば、早ければ10月、あるいは11月に公表されてもおかしくない。

もうひとつ、日米関税合意で、米財務長官が日本の「履行状況を精査する」と盛り込まれた点は留意しておくべきだろう。
ベッセント氏も7月23日、FOXニュースでのインタビューで四半期に一度精査する方針を明かし、「トランプ大統領が(履行状況に)不満を持つ場合、自動車など他日本製品全般への関税率は25%に逆戻りする」と警告していた。
日米間の関税合意に合わせ、9月12日に公表された日米財務相が共同声明でも、「財政・金融政策は…競争上の目的のために為替レートを目標としない」との文言が盛り込まれた。
日銀の金融政策が対ドルで一段の円安をもたらすならば、米財務省が再び槍玉に挙げるリスクがないとは言い切れない。

何より、トランプ氏が10月27日から3日間の日程で訪日する予定だ。
その直後に、10月29~30日に日銀金融政策決定会合を控える。
対ドルで一段の円安が進行するならば、この先、トランプ氏自身から口先介入が飛び出すリスクもゼロとは言い切れない。

トランプ氏は10月6日、高市氏の総裁選出を受けてトゥルース・ソーシャルにて祝意を表明した。
首相就任と勘違いしたようだが、安倍元首相の路線継承を掲げる高市氏への期待を示すかのようだ。
麻生氏とのパイプが生きたとも、捉えられよう。
しかし、高市氏の名前には言及しなかった。
トランプ氏と言えば、日米関税協議合意に関する投稿を含め、石破首相の名前を明記しなかったことで知られる。
同じく関税協議で合意したフォンデアライエン欧州委員長やスターマー英首相などとは、一線を画す。

画像:トランプ氏、高市氏の新総裁就任に祝意を表明
画像:トランプ氏、高市氏の新総裁就任に祝意を表明
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)

ただし、ベッセント財務長官がトランプ氏に続き、高市氏の総裁選出に祝意を投稿した際は「@takaichi_sanae(高市早苗氏)」と表記しただけでなく、「自民党総裁に選出され、次期日本の首相となられることに心からお祝い申し上げる」として、完璧に対応していた。

画像:ベッセント氏、高市氏の名前をユーザー名で表記し新総裁就任に祝意を表明
画像:ベッセント氏、高市氏の名前をユーザー名で表記し新総裁就任に祝意を表明
(出所:Treasury Secretary Scott Bessent)

トランプ氏とベッセント氏の投稿を受けて対ドルでの円安是正への圧力が後退したとの判断か、ドル円は10月7日の午前10時10分時点で前日の高値を抜け、一時150.62円まで上値を拡大した。

しかし、ドル円が150円を通過点として、このまま160円へ向かうのかは、疑問が残る。
ブルームバーグ・インタビューで利上げが可能と発言した本田氏は、ベッセント氏との交遊関係は確認できないものの、高市氏を勝利に導いたとされる麻生氏と安倍政権でつながっているのは明らかだ。
麻生氏と言えば、2024年4月にトランプ氏と会談しただけに、トランプ陣営と独自のホットラインが構築されていたとしてもおかしくない。

一方で、日米関税協議を踏まえれば、トランプ政権が一筋縄でいかないことも事実。
トランプ政権側はフレンドリーな関係スタートを演出した一方、ベッセント氏は祝意表明の投稿で「経済や安全保障などの共通の関心事について協力することを楽しみにしている」とも記述していた。
高市氏が首相に就任する前から、①対ドルでの円安是正、②防衛費GDP比3%への引き上げ――を含め、ディールを念頭に入れていてもおかしくない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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