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高市氏「責任ある積極財政」、ディベースメント・トレードを招くリスク

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高市氏「責任ある積極財政」を掲げ、税調の改革にも着手

自民党の高市早苗新総裁誕生を受けて、ドル円は10月6日に2円も窓を開けて急伸し、その後も右肩上がりを続け9日には一時153.28円と2月中旬以来の高値をつけた。
背景には、①「責任ある積極財政」を掲げる高市氏の財政拡張路線、②日銀の10月利上げ観測後退――が挙げられる。

「責任ある積極財政」について、高市氏は総裁選前の9月19日、今や世界の潮流は行き過ぎた緊縮財政ではなく責任ある積極財政が必要と言及。
「大胆な危機管理投資と成長投資で、暮らしの安全、安心の確保、そして強い経済、この両方を実現する」と唱えた。
10月4日、総裁就任直後の会見では、「まずは物価高対策に力を注ぎたい」と強調。
財源は基金や税収上振れを活用するとして、政府の純債務残高対GDP比の引き下げに、「心を砕く」と述べた。

高市氏の物価高対策は、主に3つの柱で構成され、①中小企業の賃上げ支援として自治体向け交付金拡充、②ガソリン税・軽油引取税の暫定税率廃止、③病院や介護施設の支援――などが挙げられる。
その他、経済・財政政策としては、給付付き税額控除や物価上昇率に応じた所得税の基礎控除引き上げなどが視野に入る。

画像:高市氏の発言と掲げる政策
画像:高市氏の発言と掲げる政策

高市氏を支える自民党幹部の顔ぶれをみると、「積極財政」推進派が多数派とは言い難い。
自民党は10月7日に総務会を開き、新たな党役員人事を決定。
麻生太郎副総裁と鈴木俊一幹事長は、共に財務相経験者であり、消費税減税に反対の立場を表明済みだ。

ただし、小野寺五典税制調査会長は5月、消費税減税に反対の立場に言及していたが、税調会長就任後の10月10日は消費税の減税について、「当初から否定していたわけではない。財源を含めて議論するなかで検討していきたい」と、姿勢に変化がみられる。
小林鷹之政調会長は財務省出身で、石破政権では党の経済安全保障推進本部長を務め、税制調査会では「インナー」と呼ばれる中枢メンバーとして参加し政策形成に深く関与していた。
総裁選では若者や現役世代向けに期限を区切った定率減税の実行を掲げており、同じ千葉から選出された松本ひさし衆議員は、小林氏に対し「財務省出身ではあるが、緊縮財政を唱えていない」と強調していたことが思い出される。

実際に財政拡張型になるか否か、税制調査会の人事構成とその運営体制が注目されるだろう。
高市氏は10月12日、X(旧Twitter)にて「税制調査会は政務調査会の内部機関である」と説明した上で、税制調査会長の人事について総裁主導から政務会長主導へと位置づけを変更したと発表した。
これにより、政調会長である小林氏が主導し、総裁が相談に応じて了承する仕組みへと移行したことが明らかになった。
高市氏は小林氏に対し、「税制調査会のスタイルそのものを抜本的に改革してほしい」と要望。
財務省出身の税務専門家のみで構成する従来の体制ではなく、憲法上「全国民の代表者」として選ばれた国会議員が、税制の方向性について自由闊達に議論できる場を目指すべきだとした。
さらに高市氏は、国会議員が「物価高の中で手取りを増やす税制が必要」といった、税制を通じて達成すべき政策目標を積極的に提示する役割を果たすべきだと強調した。

自民党の税制調査会は毎年、秋から年末にかけて、連立を組んでいた公明党との協議を経て、与党としての税制改正方針を策定してきた。
これが「税制改正大綱」としてまとめられ、政府による閣議決定を経て、翌年の通常国会に関連法案が提出される。
大綱には、課税対象の見直しや税率の変更などが盛り込まれ、実際の税制改正へとつながっていく。
つまり、税調は税制改正の基本方針を策定する中核的な機関であり、税制に関する政策立案の起点となるため、その人事案は非常に重要だ。

その税調が、総裁・財務省出身の議員主導のシステムから一変することになる。
画期的と言える反面、大衆迎合型・財政出動寄りに傾きやすくなってもおかしくない。

高市氏「行き過ぎた円安を誘発するつもりない」と発言も、利上げには慎重か

日銀の金融政策について、高市氏は10月4日の会見で「日銀法第4条に基づき、政府と日銀が足並みをそろえて協力すべきだ」と発言。
「財政・金融政策の責任は政府にある」としつつ、「日銀は金融政策の最適な手段を考える場だ」との認識を表明した。
ただし、物価安定目標をめぐっては、現状のコスト・プッシュ型インフレを放置し、デフレ脱却と見なすのは時期尚早とし、賃金上昇による需要拡大に伴う「ディマンド・プル型インフレこそが望ましい」との考えを示す。

高市氏が2024年8月に上梓した『国力研究 日本列島を、強く豊かに。』では、第4章の「経済力」で、アベノミクスを支えた本田悦郎元内閣官房参与と、渡壁昌澄元日銀総裁が執筆を担当した。
両氏はそれぞれ、インタビューに応じ、10月利上げに否定的な見方で足並みをそろえた。
本田氏は10月9日に利上げについて、12月の「可能性がある」と述べつつ、需要を冷やす恐れがあるとして「よほど慎重にやってほしい」と訴えた。
若田部氏は10月9日に年内利上げは「相当強い理由がないといけない」と強調。
12月の利上げについても、11月17日のQ3実質GDP成長率が悪ければ、「難しいのではないか」との見解を寄せた。

ただし、円の一段安を容認しない姿勢をにじませた。
特に本田氏は、「150円を超えたら行き過ぎ」「155円を超えての円安は考えにくい」と、具体的な水準に言及した。

こうした高市氏の姿勢を踏まえ、今週16日に9月会合で利上げを主張した田村審議員の講演、17日の内田副総裁の利上げへの姿勢が試されよう。

画像:高市氏と同氏の経済ブレーン、日銀の利上げなどの見方
画像:高市氏と同氏の経済ブレーン、日銀の利上げなどの見方

日銀の10月利上げ観測後退で円安が加速するなか、高市氏は10月9日にテレビ東京に出演し「行き過ぎた円安ということを誘発するつもりはない」と発言、瞬間的なドル円の下落を誘った。
もっとも「円安にはいい面も悪い面もある」とも言及。
鈴木幹事長は財務相時代に同様の見解を表明したが、2022年4月には「悪い円安」、2024年5月には「マイナス面が懸念される」へギアチェンジしていた。
高市氏と鈴木氏の間で、円安をめぐる認識に齟齬が生じている可能性をにじませた。

高市氏が財政健全性を図る指標として、純政府債務を挙げる。
高市氏は、「純政府債務はQ2に86.7%で、G7諸国のなかで見ると米国とかイタリアの方が上だ」と説き、財政拡大余地があると主張する。
資金循環統計に基づけば、純政府債務のGDP比は83.0%。
背景に①インフレ上昇による債務縮小、②成長回復――などが挙げられるが、リーマン・ショック直後の2008年Q3の74.8%以来の低水準で、財政拡張の余地がありそうだ。

チャート:資金循環統計に基づく純政府債務残高
チャート:資金循環統計に基づく純政府債務残高

もっとも、IMFの推計に基づけば、純債務のGDP比は2024年に134.6%と、先進国では最も大きい。
これは、「純政府債務=総政府債務-金融資産」の計算式で算出できるが、金融資産の定義が異なる場合が考えられよう。
なお、財務省は国際比較の観点から、IMFが算出した数字を使う傾向が確認できる。

チャート:IMF算出の純政府債務残高
チャート:IMF算出の純政府債務残高

円安についての観点で言えば、物価高を招きインフレを起こす結果、歳入増を促し、結果的に純政府債務の縮小につながると考えられよう。
高市氏の「いい円安と悪い円安」発言を踏まえれば、「いい円安」は歳入拡大と政府債務の減少を指しているのではないだろうか。
そうした考えに基づけば、高市氏はある程度の円安を許容してもおかしくない。

円を狙った「ディベースメント・トレード」、BofAは豪ドル円の上昇を予想

高市氏の首相就任を狙い、「ディベースメント・トレード(通貨価値下落に備えた売買)」が広まりつつあるのは、注意すべき点だ。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、「不安定な政局の影響が市場に波及している他の先進国」でも、政府の借り入れ拡大やインフレ加速に伴う通貨の価値毀損が警戒され、結果的に金(ゴールド)に資産が選好されていると伝えた。
日本も例外ではなく、「高市氏が、根強いインフレの中にあっても低金利や日本銀行(中央銀行)に対する影響力強化」を求める結果、円安につながっていると説く。
バンク・オブ・アメリカは、豪ドル円はディベースメント・トレードを背景に年末までに6%上昇の余地を見込む。

前回のレポートで指摘したように、円安はトランプ政権が問題視しかねない。
ただ、防衛費GDP3.5%への引き上げへ向け、高市氏がある程度譲歩するならば、円安是正の圧力が緩和するなど、交渉の余地が生まれるシナリオにも留意すべきだろう。
足元、首相指名で高市氏が選出されるか不透明感を残すが、日米首脳会談で、トランプ氏が仕掛ける「ディール」を確認することとなりそうだ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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