日米財務相会談、片山氏は「責任ある積極財政」を説明
「Nice to see you」――10月27日、片山さつき財務相は財務省でスコット・ベッセント米財務長官を出迎えた際、こう声をかけた。
ベッセント氏との対面は今回が初めてであり、「Nice to meet you(初めまして)」ではなく「Nice to see you」と挨拶したのは、過去にどこかで顔を合わせたことがあるのか、あるいは24日に行われたオンライン会談を踏まえてのことかは定かではない。
ドナルド・トランプ大統領の訪日に合わせた日米財務相会談の幕開けに、片山氏は日経平均株価が5万円台に乗せたことにも触れ、「日本株もベッセント氏を歓迎している」と言及。
これを受けて、ベッセント氏は「日経平均が5万円台に乗せた日に訪日できて光栄だ」と応じた。
一部報道によれば、この日の会談は、当初予定されていた30分を大幅に超え、約1時間にわたって行われたという。
片山氏は会談後、会見にて「新内閣の責任ある積極財政についてしっかりご説明した」と言及。
日本の金融政策については「直接話題にならなかった」としたほか、為替についても「機微にわたる話は出なかった」と説明した。
日経新聞によれば、ベッセント氏は責任ある積極財政について「アベノミクス的な考えを引き継いだ責任ある積極財政も、いいシグナルを送っているのではないか」と評価したという。
会談後、片山氏はX(旧ツイッター)に「共通の知人も多く、フランクに率直な話し合いができた」と投稿。
和やかな雰囲気のなかで、良好なスタートを切ったかのようにみえた。

画像:片山氏のXより、ベッセント氏との対談の様子
(出所:片山さつき/X)
アベノミクスを導入した12年前とは違う、ベッセント氏が線を引く「経済環境」
ところが翌28日、米財務省が公表した片山氏との会談に関する声明が為替市場に衝撃を与えた。
米財務省によれば、ベッセント氏は片山氏との会談で「アベノミクス導入から12年が経過し、経済環境が大きく変化していることを踏まえ、インフレ期待を安定させ、過度な為替変動を防ぐ上で、健全な金融政策の立案とその発信が果たす重要な役割を強調した」という。
今回、文末に「強調した(highlighted)」との言葉を敢えて用いた背景に、円安是正に向けた政府・日銀への苛立ちが込められているかのようだ。
ただし、片山氏は米財務省の声明を受けて「財務相会談は、直接的に金融調節をどうすべきかの話はなかった」と火消ししている。

画像:米財務省が公表した、日米財務相会談の内容
(出所:米財務省)
ベッセント氏が言う「12年前」と比較すると、最大の違いは「インフレ」と「円安水準」だ。
まず、インフレでいえば、9月全国消費者物価指数(CPI)は前年同月比2.9%と、2022年4月以降、物価安定の目標である2%を上回り続けている。

チャート:全国CPI、9月は総合やコアなど4カ月ぶりに加速
円安水準に至っては、安倍第2次政権発足とともに事実上アベノミクスが始動した2012年12 月26日の85円台から、2024年7月3日に一時161.95円と、当時から90%超も円安が進んだ。
その後、4月22日に140円を割り込んだものの一時的で、10月10日には一時153.28円まで切り返す状況だ。
日銀が2024年3月に大規模緩和を解除して以降も円安が継続する一因が、日本の実質金利(ここでは政策金利とCPIの前年比の差)の深いマイナスであることは間違いない。

チャート:主要国別の実質金利
ベッセント氏は財務長官に就任後、石破前政権時代から日銀の利上げによる円安是正を繰り返してきた。
2月5日、財務相にもかかわらず、カウンターパートではない植田日銀総裁と電話会談を行った。
翌2月6日には、ブルームバーグとのインタビューで「われわれはドルが強いことを望んでいる。われわれが望まないのは他の国が自国の通貨を弱くすることや、貿易を操作することだ」と明言。
その際、「大規模な黒字を蓄積しており、自由な形の貿易システムは存在しない」と述べた上で、為替レートがその一因との見方を寄せただけでなく、「金利抑制」が影響している可能性を指摘した。
この発言に該当する国こそ、日本ではないかと市場関係者の間で話題になったものだ。
8月13日のブルームバーグ・インタビューでは長期金利の上昇を受けて、明確に日銀を名指しし「ビハインド・ザ・カーブに陥っている」と述べ、日本からの影響を指摘。
だからこそ、日銀はインフレを制御すべく、利上げするだろうと語った。
高市早苗氏が自民党総裁に就任した後の10月15日には、日本のメディア向けインタビューにて「日銀の適切な金融政策運営継続で、円相場は適正な水準に落ち着く」と述べ、8月よりトーンをゆるめつつも、日銀の利上げの必要性に触れた。
植田総裁は「非常に有能な人物」とも付言し、日銀が公式サイトで明示する「物価の番人」としての役割を念頭に発言したかのようだ。
同時に、2月、8月、10月のドル円の水準に留意しておきたい。
2月6日はドル円が151~152円台、10月15日は150~151円台で推移していた。
8月15日のみ146~147円台だったものの、米7月雇用統計発表前の8月1日には、一時150.95円を付けており、150円超えを容認しない「ベッセント・シーリング」の存在を確認したとも言える。
日米関税合意後の9月12日には、日米財務相共同声明が公表された。
声明には、円安けん制が盛り込まれたことは、過去のコラム
で紹介した通りだ。
今回、片山氏はベッセント氏との会談で、この内容について確認したと説明しており、流れを引き継いだと言える。

チャート:過去のベッセント氏の発言や米財務省からの発信など一覧
ベッセント発言を受け、日銀が10月会合で利上げを行う可能性は?
ベッセント氏の発言を受けて、日銀が10月29~30日に予定する金融政策決定会合で利上げを行えるかというと、外圧による政策決定との印象が強まりかねない。
植田氏は10月16日、G20財務相・中央銀行総裁会議後の会見で「10月末にかけて出てくるデータあるいは情報を加味したい」と発言しており、利上げ余地を残したとも言える。
しかし、前回1月会合の前に、氷見野副総裁が「利上げについて協議する」と発言したような、明確なメッセージを市場に与えてこなかった。
ブルームバーグやロイター、朝日新聞などは利上げ見送りとの観測報道を流してしまっており、これが日銀による「市場との対話」の一環ならば、10月利上げは難しいだろう。
何より、片山氏が米財務省の声明を受け火消しに動いたほか「ベッセント財務長官は、中央銀行の独立性を理解している」と述べた。
政府・日銀の間で利上げの道筋が固まっていないと解釈できる。
一方で、ドル円が10月10日に続き、27日に153円に乗せ一時153.26円と上値をうかがうなか、円安抑制を狙った利上げを見込む声もある。
もっとも、ドル円の一段高の抑制を狙うならば、利上げ票で「調整」する余地もあるだろう。
前回の2人に加え、9月29日に利上げの必要性が「高まりつつある」と述べた野口審議員など利上げ派が3人以上へ増えれば、12月利上げへ道をつなげそうだ。
その他、25年度のGDPの上方修正が報じられたように、四半期ごとに公表される展望レポートで利上げへの前傾姿勢を打ち出すことも可能だ。
もっとも、植田氏が就任してから、日銀金融政策決定会合はドル円の上昇イベントだっただけに、仮にベッセント氏の発言に配慮し円安の抑制を狙うならば、植田氏自身の会見でタカ派姿勢を強調する必要があるだろう。
2023年4月の就任以降、20回のうち、ドル円は15回上昇し、終値ベースで平均1.54円上昇してきた。
植田氏が総裁に就任して以来、日銀は今最も「物価の番人」としての役割が問われつつある。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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