トランプ2.0、就任日の関税発動見送りも燻るリスク

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トランプ氏、42本の米大統領令に署名

「42本の大統領令、覚書、布告に署名」――1月20日第47代大統領に就任したトランプ氏の行動として、ホワイトハウスがX(旧ツイッター)に投稿した。
大統領令は①行政令、②覚書、③布告――の3つに分類され、①は法的根拠を示す必要があり、②は法的根拠を示す必要がないものの「合衆国憲法と制定法による」命令を指し、③は儀礼的なものを指す。
今回、①の行政令は26本、②の覚書は12本、③の布告は4本となる。

大統領令のうち10本と最多は「連邦政府・行政」に関連し、連邦政府職員の週5日出勤義務や、バイデン前政権下で成立した審査待ち規制の凍結、マイノリティに配慮した政策など多様性・公平性・包摂性(DEI)の撤廃などが含まれる。

次に多かったのが、「移民・国境警備」関連で8本。
国境警備の他、米国南部の国境での国家緊急事態宣言を通じた米軍を動員しての不法移民流入や麻薬密輸の阻止、出生主義の廃止などが並ぶ。

チャート:トランプ氏、就任初日に署名した大統領令の主な内訳
チャート:トランプ氏、就任初日に署名した大統領令の主な内訳

一連の大統領令とは別に、トランプ氏はホワイトハウスのwebサイトで「優先事項」を4つ掲げた。
その4つとは、以下の通り。

  • ・米国を再び安全に
  • ・米国をエネルギー支配国とし、生活費を引き下げ
  • ・既得権益を一掃
  • ・米国の価値観を回復

日本を始め、世界が戦々恐々として備えていた関税に絡むものは「米国第一の貿易政策」に関する覚書の1本のみ。
3つの柱で構成され、①財務長官、商務長官、米通商代表部(USTR)代表による貿易赤字の経済的及び国家安全保障上のリスクの調査、並びに関税その他適切な対策提案、②外国歳入庁(ERS)の設立、③不公平な貿易慣行の調査、④2026年6月に向けた米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直し――など。
④については、2020年7月1日に発効、6年後に見直しの協議を行うことで合意していた。

トランプ氏は2024年11月25日、カナダやメキシコに対し、不法移民とフェンタニルなど違法薬物の流入阻止で対応しなければ関税25%、フェンタニルの原料生産地とされる中国にも追加で10%課す方針を表明した。
覚書では、カナダとメキシコ、中国の対応について調査を行うよう指示するほか、中国には2020年1月に締結した第1弾の合意の履行状況も確認し、いずれも4月1日までの報告書の提出と大統領への適切な措置の勧告を求めた。
余談ながら、就任式に出席した中国の韓副主席は、トランプ氏と懇意のメローニ伊首相とアルゼンチンのミレイ大統領と同じく、大口献金者が並ぶ特等席であり、トランプ2.0での中国の存在感を示した。

カナダとメキシコ対しては当初、1月20日の就任日での発動へ向けた措置には至らず。
もっとも、トランプ氏はカナダとメキシコの対応に不満を示し、2月1日にも発動する意思をちらつかせた。
なお、カナダは段階的に報復関税を課すとし、状況次第で1,500億加ドル(約16兆円)の方針を表明済みだ。
中国にも、2月1日からの関税賦課の可能性に言及することも忘れない。

チャート:関税をめぐるトランプ氏の発言と関連報道
チャート:関税をめぐるトランプ氏の発言と関連報道

一方、「国際緊急経済権限法(IEEPA)」に基づき、国家経済緊急事態宣言を発令し広範囲にわたる一律関税を即時発動する事態は回避された。
ただし、米国が巨額な貿易赤字の是正の一環として、「世界的な追加関税」、あるいはその他の対策を提案するとも明記、発動の余地を残した。

米国人、トランプ2.0の4年間を楽観視

「米国の黄金時代が、いま幕開けした」と高らかに宣言したトランプ氏の就任演説は29分と、前回の16分を上回った。
その間に56回の拍手を受け、そのうち2回は「我々の最優先事項は、誇り高く、繁栄し、自由な国家を築くことだ…米国はまもなく、これまで以上に偉大で、強く、そして比類ない国となるだろう」と、聞く耳に希望を抱かせるフレーズの後だった。

トランプ氏の就任演説は、ワシントン・ポスト紙が有権者26人に行った調査によれば、一定の評価を得たと言えそうだ。
就任演説を一言で表すなら、との問いに「期待を寄せる」との回答は5人で最多。
トランプ氏が導く米国の未来に「信頼を寄せる」と「幾分信頼する」との回答は18人に及んだ。
ロイター/イプソスが1月20-21日に実施した世論調査でも、トランプ氏の支持率は47%と1期目の開始まもない2017年1月24日時点の43%を上回った。

トランプ氏が大統領に就任する直前に、米放送局CBSがユーガブの協力で実施した世論調査結果も、「今後の4年間に楽観的」との回答は60%と、1期目の直前の56%を超えた。
バイデン氏の就任前の58%を上回る。
世代別では、ジェネレーションZなど若いほどその傾向が顕著で、一因にインフレ抑制を始め経済政策への期待感が挙げられよう。

チャート:トランプ大統領就任直前、米国人は今後4年に楽観視
チャート:トランプ大統領就任直前、米国人は今後4年に楽観視

米国人が楽観的なのは、関税への質問の回答で読み取れる。
トランプ氏が提案する関税強化について「支持する」との回答は52%だった。
特に、トランプ支持者の間で83%と突出するが、CBSによれば大半は関税がインフレを押し上げないと判断しているためだという。
こうした米国人のインフレに対する楽観は、前回のレポートで示したようにNY連銀の12月消費者調査にも表れている。

関税強化でもインフレに楽観的な理由の1つは、トランプ1期目での米消費者物価指数がコアを含め前年比平均2%だった実績が考えられる。
もう1つは、インフレ再燃を予想しないベッセント次期財務長官やナバロ貿易・製造業担当の上級顧問などへの信頼感が挙げられよう。

チャート:トランプ1期目のCPIの前年比平均上昇率、バイデン前政権との比較
チャート:トランプ1期目のCPIの前年比平均上昇率、バイデン前政権との比較

トランプ氏は就任演説で、「直ちに貿易システムの全面的な見直しに着手し、米国の労働者と家族を守る。他国を豊かにするために米国市民に課税するのではなく、外国に関税や税金を課し、我々の市民を豊かにする」とアピールした。
米国人は拍手で迎えたが、1期目にあった「互恵的」との言葉が見当たらないなか、貿易相手国とディールに至らなければ、楽観が悲観に代わるリスクをはらむ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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