民間セクターは景気後退入り?米1月雇用統計は労働市場の変調示唆
「民間セクターは景気後退入りした」――ベッセント財務長官は2月25日、ワシントンD.C.にあるオーストラリア大使館でのイベントで、このように発言し金融市場に衝撃を与えた。
実際に景気後退入りしているかは別として、米景気変調の兆しはあちこちで見て取れる。
米1月雇用統計そのものは一見すると堅調だったが、蓋を開けてみると弱い内容が入り混じっていた。
非農業部門就労者数(NFP)は市場予想以下とはいえ前月比14.3万人増と堅調で、失業率は4.0%と8カ月ぶりの低水準だった。
注目された年次基準改定による下方修正も58.9万人にとどまり、速報値の81.8万人から下げ幅を縮小した。
しかし、人種・男女別でみると、黒人男性の失業率が6.9%と、2022年1月以来の水準へ急伸。
労働参加率が前月の68.2%→69.0%へ上昇したように、労働市場に復帰し職探しをした黒人男性の多くが、仕事に就けなかったことを意味する。
また、ヒスパニック系男性の失業率は4.0%と前月比横ばい、女性は前月の5.3%→4.5%へ急低下したが、これはそれぞれの労働参加率が急低下したためだ。
つまり、ヒスパニック系の男女の間で職探しをしていた失業者が減少し、結果的に失業率が低下したと考えられ、堅調な労働市場を表すとは言い難い。
チャート:米1月雇用統計、人種・男女別の動向
チャート:人種・男女別の失業率の推移
労働市場といえば、米2月消費者信頼感指数でも変調の兆しが読み取れる。
米2月消費者信頼感指数は98.3と、前月の104.1を下回り8カ月ぶりの低水準だった上、前月からの下げ幅は2021年8月以来の大きさとなった。
同時に、米大統領選直後の24年11月に112.8と1年4カ月ぶりの高水準をつけてから、ピークアウトを確認している。
加えて、消費者信頼感指数に含まれる「雇用が豊富」との回答が全体に占める比率は、2月に33.4%へ低下。
「職探しが困難」との回答比率も16.3%と、4カ月ぶりの水準へ上昇した。
チャート:米消費者信頼感、「職探しが困難」との回答は2023年以降で3番目の高水準
米1月小売売上高やウォルマート決算で、個人消費減速の懸念渦巻く
米労働市場のほか、米GDPの約7割を占める個人消費も変調をきたしている。
米1月小売売上高は前月比0.9%減と、23年3月以来の低い伸びだった。
カリフォルニア州の山火事や豪雪が影響したと説明されるが、説得力に欠ける。
通常、小売売上高はハリケーンなど天災の直撃を受けた後は、買い替え需要などに押し上げられ、大幅に増加してきた。
例えば、2024年7月にハリケーン「へリーン」に襲われた当時、米7月小売売上高は同1.2%増、2017年8月下旬にハリケーン「ハービー」に見舞われ当時は同2.0%もの大幅増だった。
しかし、今回は同0.9%もの落ち込みを見せた。
チャート:米1月小売売上高はマイナスだが、ハリケーン「へリーン」の直撃後は大幅増
米1月小売売上高でいえば、もうひとつ気がかりな点がある。
米1月CPIは前月比0.5%上昇したが、一因に中古車が同2.2%も急伸していた事情がある。
米国では概して、ハリケーンなど天災が発生すると、車社会とあって中古車の需要が高まる傾向にあるが、米1月小売売上高では自動車が逆に同2.8%減と、ハリケーン「へリーン」が直撃した24年7月の4.4%増に反しマイナスに沈んでいた。
これは、消費者が値上げに耐え切れなかった実態を表したと捉えられよう。
年末商戦後の反動との見方もあるだろう。
確かに、24年の1月は同0.7%減とマイナスだったが、2017年以降の平均では同1.1%増とプラスなだけに、季節要因とも言い難い。
個人消費の変調は、米小売の王者ウォルマートでも確認できる。
2026年1月終了の通期見通しでは、調整済みの1株利益が2.5-2.6ドルと、市場予想の2.76ドル以下に。
通期の売上高見通しも前年比3-4%増と、前年度の同5.1%増を下回り、上限が市場予想の4%増に並ぶ程度にとどまった。
市場の失望を誘った見通しを示しながら、ウォルマートのジョン・デビッド・レイニー最高財務責任者(CFO)は、個人消費のパターンは「安定している」と説明した。
しかし「消費者や世界経済、地政学の動向に不確実性が存在する」と認めつつ、通期見通しがトランプ政権下の関税の影響を「加味しなかった」という。
レイニー氏いわく、同社は「慎重ながら楽観」の姿勢だというが、関税による下押し効果を反映していないならば、市場予想に届かなかった通期見通しでも、楽観寄りと言わざるを得ない。
今後の個人消費を占う上で、貯蓄率に注意
2月28日は米1月個人消費支出、個人所得、PCE価格指数の発表を予定する。
物価に目が行きがちだが、今後の個人消費を占う上では、貯蓄率にも注視すべきだ。
米1月小売売上高が弱い結果となった一因は、貯蓄率が24年12月に可処分所得比で3.8%と22年12月以来の低水準だったことと、無縁ではないはずだ。
チャート:米個人消費支出と個人所得、貯蓄率の推移
貯蓄率の低下に加え、クレジットカードの延滞率も上昇中だ。
90日以上も支払いが遅れている割合は11.4%と2011年Q4以来の高水準だった。
チャート:クレジットカードの90日以上の延滞割合は2011年Q4以来の高水準
米国は格差社会と言われるが、個人消費に占める所得の上位30%の割合は50.6%で、下位70%の割合は49.4%と概ね均衡している。
加えて、足元の米株安を受け逆資産効果が確認できるなか、米個人消費の失速を受けて米景気が減速するシナリオを想定すべきだろう。
ただし、景気後退に陥るか否かは、トランプ政権下で税制改正法の延長、チップや残業手当の課税廃止などの行方がカギを握りそうだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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