トランプ大統領の「口撃」、パウエルFRB議長解任否定も止まらず
トランプ大統領によるパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長への「口撃」が止まらない。
4月22日、トランプ氏はベッセント財務長官やラトニック商務長官の助言を受け入れ、パウエル氏を解任しないと述べたものの、利下げ圧力は和らぐどころか強まる一方だ。
米連邦公開市場委員会(FOMC)が5月7日に据え置きを決定した後には、トゥルース・ソーシャルで「遅過ぎパウエルは、愚か者だ!何もわかっていない…インフレは低下している」と糾弾する始末。
米英が貿易協定を締結した会見の場でも、パウエル氏と会談する気があるかとの質問に「壁に話しかけるようなもの」と言及し、パウエル氏との会談は無駄との見方を強調した。
画像:5月8日のトランプ氏によるパウエル議長批判(日付などは日本時間)
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)
トランプ氏が憤懣やるかたなしといった様相だったのは、理由がある。
5月FOMCでは、市場予想通りFF金利誘導目標を4.25-4.5%で据え置いた。
FOMC声明文の変更点は、主に3つ。
1つ目は、景況判断で米1-3月期実質GDP成長率・速報値が前期比年率0.3%のマイナスになったものの、トランプ関税の駆け込み需要で輸入が急増したためとの説明を追加した。
2つ目に、経済見通しの不確実性が「一段と」高まったとの文言を差し込んだ。
3つ目に、トランプ関税を踏まえ「失業率とインフレの上昇リスクが高まった」との一文を加えた。
日銀は、5月1日に展望レポートで、トランプ関税により経済と物価に「下振れリスクの方が大きい」とし、経済見通しの「概ね上下バランス」、物価見通しの「上振れリスクの方が大きい」から下方修正したが、どちらが利上げサイクルにあるのかと見まごうばかりだ。
パウエルFRB議長、労働市場の「下振れリスクは軽減」と判断
トランプ氏の怒りを買ったのは、FOMC声明文よりパウエル氏のFOMC後の会見に違いない。
同氏は、会見冒頭の経済状況の説明部分にて、4月2日発表の相互関税を始め、これまでの関税措置について「予想をはるかに大きく上回った」と指摘。
消費者や企業、専門家のインフレ見通しを「押し上げた」と説明し、「今回発表された大幅な関税引き上げが継続されれば、インフレ率の加速、経済成長の鈍化、失業率の上昇を引き起こす可能性が高い」との見通しを示した。
さらに「Fedの政策は適切な位置にある」、「様子を見るコストはかなり低い」、「政策決定に急ぐ必要はない」、「データを注視していく」、「忍耐強くあるのが適切だ」と、動かざること山のごとし。
早期に利下げを行う地ならしへの示唆を全く与えなかった。
失業率とインフレの上昇リスクの高まりを指摘した一方で、労働市場への警戒はそれほどでもない。
パウエル氏は「労働市場は安定的」、「レイオフは高水準で推移しておらず、新規失業保険申請件数は増加していない」と言及。
2024年8月にジャクソンホール会合で「労働市場の一段の冷え込みを歓迎しない」と述べた件について質問された際には、「当時は過去1年間で失業率が約1ポイントも上昇し、誰もが経済の下方リスクを懸念し、労働市場に明らかな下振れリスクがあった」とし、現状とは異なると明言した。
その上で、2019年7月から3回行った予防的利下げとは違うとの見解を寄せ、2024年9月に0.5%で利下げを開始し、同年11月と12月に0.25%ずつの追加利下げを行ったが、これについても「むしろ少し遅過ぎたくらいだ」と言及した。
チャート:米雇用統計・NFPと失業率の推移(過去分は修正値)
確かに、米大統領選を迎えた24年8月に公表された米7月雇用統計は、非農業部門就労者数(NFP)が前月比11.4万人増(後に下方修正)と3カ月ぶりの低い伸びにとどまり、失業率は4.3%と2021年10月以来の水準へ上昇した。
失業率自体、2022年4月の3.4%から0.9ポイント急伸したことは間違いない。
しかし、当時は2022年3月からの24年7月までの利上げサイクルの最中にあっただけに、単純に比較するのは難しい。
何より、振り返ってみれば当時の米7月雇用統計の弱含みはハリケーン「ベリル」の影響が大きい。
米新規失業保険申請件数でいえば、7月平均は23.7万件だったが、11月には21万件台まで減少していた。
むしろ、継続受給者数は直近で190万人を超え、2021年11月以来の水準へ増加し、関税による経済下押しが懸念されるなかで、2024年8月と比べ、パウエル氏がFOMC後の会見で言うほど、労働市場の「下振れリスクが大きく軽減」しているかは疑問が残る。
チャート:米新規失業保険申請件数の推移
パウエル氏と言えば、ブッシュ政権(父)で財務次官を務め、トランプ氏の政敵だったオバマ大統領(当時)に指名され2012年5月にFRB理事に就任した。
根っからの共和党系エスタブリッシュメントであり、トランプ陣営と親和性が高いとは言い難い。
トランプ氏がパウエル氏を「ミスター遅過ぎ(Mr. Too late)」と目の敵にするのは、単に利下げに消極的な姿勢だけでなく、米大統領選直前にあたる24年下半期の3回利下げと、パウエル氏の立ち位置を踏まえたものだろう。
加えて、2022年3月の利上げ開始、サマーズ元財務長官などから政策対応が「遅過ぎる」との批判を浴びた過去もある。
米4月雇用統計、ヘッドラインは底堅さを示すも完全解雇者は増加
米4月雇用統計が、パウエル氏がいう「労働市場の安定」を示すのかも、疑問が残る。
確かに、NFPは前月比17.7万人増と市場予想の13.0万人増を上回った。
もっとも、前月に22.8万人増→18.5万人増と4.3万人分が下方修正されており、概ね市場予想通りの鈍化を示したとも言える。
失業率は前月と変わらず4.2%で、労働参加率は62.6%と3カ月ぶりの水準を回復したことを踏まえれば、職探しをする者の増加を労働市場がある程度吸収したと言える。
しかし、失業率の四捨五入前の水準はゆるやかに、かつ着実に上昇中で、4月は4.19%と、3月の4.15%、2月の4.14%、1月の4.01%を上回る。
男女別の失業率では、労働市場の暗い影が読み取れる。
男性の労働参加率は前月の67.8%→68.0%と3カ月ぶりの水準を回復するなか、失業率は前月の4.2%→4.4%と21年10月以来の水準へ上昇していた。
男性の労働参加率はコロナ禍前の2019年平均値69.2%以下(失業率は平均3.7%)であることを踏まえれば、労働参加率には改善余地があると考えられよう。
そうなれば、現時点で男性の失業率がここまで上振れしているだけに、今後さらに上昇してもおかしくない。
なお、女性は労働参加率が前月の57.5%と前月と一致したところ、失業率は前月の4.1%→4.0%へ低下していた。
チャート:男女別の失業率、男性は2021年10月以来の水準へ上昇
単純に失業率の内訳をみても、労働市場の減速は明白だ。
失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比3.4%増の258.7万人だった。
失職者のうち、完全解雇者(企業都合での解雇者のみ)は191.5万人、完全解雇者が労働人口に占める割合も前月の1.06%→1.12%と21年秋以来の高水準となる。
加えて、レイオフ(一時解雇)は86.5万人と4カ月ぶりに増加した。
チャート:完全解雇者の労働人口に占める割合、2021年11月以来の高水準
FF先物市場では、5月FOMC後の5月8日時点でも、年3回の利下げ予想に傾く。
マーケット参加者がパウエル会見を経ても年3回の予想に傾くのは、トランプ氏の指摘通り「ミスター遅過ぎ」との見方に同調しているかのようだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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