トランプ関税政策の転換で、よみがえる日銀の年内利上げ観測

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日銀の「主な意見」で、米国の政策転換で利上げの必要性の声

「Wait and See~リスク~」と言えば、宇多田ヒカルが2000年にリリースしたヒット曲だ。
言い得て妙なタイトルで、「Wait and See=様子見」は行動しない間に、別のリスクをもたらしかねない。

5月10-11日の米中閣僚協議を経て、両国は双方、90日間に及ぶ115%の関税引き下げで合意。
予想外の歩み寄りを受け、マーケットにはリスクオンの嵐が吹き荒れ、ドル円は相互関税発表直後の148円台へ急伸した。
4月30日ー5月1日の日銀金融政策決定会合のタイミングで、少なくともこのような結果を予想した政策メンバーは極めて少数だったに違いない。

過去のレポートで指摘したように、当時、日銀は無担保コール翌日物金利の誘導目標を0.5%程度で据え置きを決定すると共に公表した展望レポートで、2025年度と26年度の成長と物価(生鮮食品を除くコア)の見通しを引き下げた。
経済と物価の見通しも、併せて「下振れリスクの方が大きい」へ下方修正。
植田総裁が会合後の会見で関税リスクをにらみ、物価伸び悩みで無理に利上げをすることは考えていない」との発言も確認し、年内利上げの観測は10月の11%が最高になる程度へ大幅に巻き戻され、ハト派へ急旋回したと判断された。

チャート:5月会合の展望レポート
チャート:5月会合の展望レポート

5月会合における日銀の主な意見では、トランプ政権の関税政策が日本の「経済・物価のいずれにも下押し方向に働く」と明記。
貿易面・コンフィデンス面が下押し要因となるなか、物価面では「経済の減速とサプライチェーンの混乱という上下双方向の要因があるが、いずれも賃金面ではマイナス要因となりうるため、基調的な物価には下押し要因となる可能性が高い」と指摘した。

金融政策運営に関する意見では、経済・物価の見通しが実現していけば利上げとの姿勢を維持したほか、実質金利は大幅なマイナスであるので、利上げしていく方針は「不変」と強調した。
こうした姿勢の通り、ある委員はトランプ関税を受け、不確実性がきわめて高く見通し自体が上下に変化しうるとして、「見通し実現の確度、リスクを見極めていく必要」を主張するも、全体的にハト派に傾斜したとは言い難い。
他のある委員は、「米国の政策の転換次第で追加利上げを行うなど…自由度を高めた柔軟かつ機動的な政策運営」を主張した。
別の委員は、「米国の関税政策の展開によって、良い方にも悪い方にも覆る可能性があり、「日銀の政策経路が今後いつでも変わり得る」と指摘。
後者は、様子見姿勢とも言えるが、いずれも関税政策の早急な転換への対応が必要との見解に変わりない。

別のある委員は、展望レポートで物価見通しに下振れリスクが大きいと判断された一方で、企業の賃金・価格設定行動、並びに企業と家計の予想インフレ率を踏まえ、「基調的な物価上昇率が下方に屈折してしまう可能性は小さい」と主張。
また、別の委員は足元の経済・物価情勢を踏まえ、金融政策が「とても緩和的な状況」と捉え、利上げの必要性をにじませた。

つまり、米国の関税政策の転換を意識した委員を始め、少なくとも4人はトランプ関税の政策転換次第でタカ派寄りである様子が伺える。
総合すると、5月会合の日銀は、展望レポートや植田総裁会見が与えた印象ほど、ハト派的ではないと考えられるのではないか。
なお、今回から早稲田大学で教授を務めた小枝淳子氏が審議委員として加わった。

チャート:日銀5月会合の主な意見を踏まえた、政策姿勢
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再浮上する日銀の年内追加利上げ観測、市場では9月を有力視

2名のタカ派寄りの日銀政策メンバーが指摘したトランプ関税の「転換」は、予想以上に早く到来したと言えそうだ。
次回6月会合では、米中の115%関税引き下げに対する日銀の評価に見直しが入ってもおかしくない。
しかも、主な意見では4月22日の140円割れを受け、「円高」が輸出に与える影響が懸念されたが、ドル円は米中による90日間の関税引き下げ合意を追い風に、再び150円に接近しつつある。

内田副総裁は5月13日、参院財政金融委員会に出席し、経済・物価見通し通りなら利上げの姿勢を維持すると共に「各国の通商政策等の今後の展開、あるいはその影響を巡って不確実性が極めて高い状況にある」との見解を繰り返した。
為替についても、急変動は「企業の事業計画の策定等を困難にするなど先行きの不確実性を高める」と述べるにとどめ、新たな手掛かりを示さなかった。

2024年3月の大規模緩和解除から利上げのタイミングを振り返ると、共通点は日本国内のインフレ率や経済・物価見通しに加え①安定的な米経済、②為替(ドル高・円安地合い)――が挙げられよう。

日銀の今後を占う上で、①について言えば、クーグラー米連邦準備制度理事会(FRB)理事が5月12日に「経済への影響は軽減される」と発言したように、下方リスクは後退したとみられる。
ゴールドマン・サックス(GS)も、米中の90日間の関税引き下げ合意を受け、12カ月以内の米景気後退確率を従来の45%→35%へ引き下げると共に、2025年の成長見通しも従来の0.5%→1.0%へ上方修正。
さらにGSは、Fedの利下げ開始予想を従来の7月→12月に後ろ倒しさせた。

次に、②の為替で言えば、足元は150円乗せが迫る。
加藤財務相は5月13日、5月20-22日予定のG7財務相・中銀総裁会議を控え、「ベッセント長官が参加できる環境が整えば、その機会を活用し…引き続き為替についての協議を進めることを追求したい」と発言した。
参議院選挙を控え、さらなる食料品の物価高を警戒したのか、このタイミングでわざわざ言及した意味を考えてしまう。
なお、ベッセント氏がドル高・円安に言及と読売新聞が4月25日にオンライン版で報じた後、早々に「全くもって事実と反している」と完全否定していた。

加藤氏と言えば、赤沢経済再生相が2回目の日米通商協議で訪米中の5月2日、テレビ東京の『Newsモーニング・サテライト』に出演し、「米国債売却は(交渉の)カード」と発言。
その後、イタリアで開催されたアジア開発銀行年次総会で、記者団の質問に対し「米国債の売却を日米(関税)交渉の手段とすることは考えていない」と、修正に動いたことも思い出される。

チャート:米国債保有高1位と2位の日本と中国
チャート:米国債保有高1位と2位の日本と中国

加藤氏の「G7で引き続き為替について協議を進める」との発言がドル円の上昇に配慮した発言ならば、日銀の金融政策についてベッセント氏と会話を交わすシナリオも浮上する。
ベッセント氏は日銀のカウンターパートではないものの、既に2月5日に植田総裁とオンライン会談済みだ。

オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)市場での日銀の利上げ織り込み度は、9月18ー19日の会合につき一時24%へ上昇し、年内の会合で最高をつけた。
年内利上げ観測が再び浮上しつつあるなか、政策を占う上で5月16日にハト派寄りの中村審議委員の講演や5月22日の野口審議委員の挨拶の他、6月3日に控える植田総裁の講演がヒントとなりそうだ。
日銀のコミュニケーション次第では、9月ではなく7月の追加利上げの選択肢も視野に入る。

チャート:日銀の主な予定
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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