トランプ政権、貿易協定合意への条件とは

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勢いに乗るトランプ政権、関税で攻勢

「8月1日から、延長する予定はない」――トランプ氏は7月10日、米放送局NBCとの電話インタビューで断言した。
前回のコラムで紹介した通り、7月7日から、日本を始め相互関税に代わる新たな関税を相次ぎ発表する過程で、一律15~20%の関税を発動する構えも打ち出した。
7月9日の相互関税の交渉期限切れに際し、あらためて各国に合意への圧力を強めた格好だ。

トランプ氏が各国・地域に攻勢をかける理由は、2つ考えられよう。
1つ目は、トランプ氏に吹く追い風だ。
足元、トランプ政権は大金星が続いている。
6月21日に展開したイラン空爆は、同国とイスラエルの停戦合意につながった。
米6月雇用統計では非農業部門就労者数(NFP)が前月比14.7万人増と堅調で、失業率は4.1%へ低下。
加えて、米国人の労働力人口も増加中だ。
インフレ率も、落ち着きを示す。
米6月財政収支は関税収入が271.5億ドルと過去最高を更新した結果、270億ドルの黒字と4月に続き黒字を計上した。
何より、7月4日の独立記念日には、国境警備強化や国防費引き上げ、大型減税案を盛り込んだ「1つの大きく美しい法案」が成立した。

チャート:労働力人口、米国生まれで改善際立つ(季節調整前)
チャート:労働力人口、米国生まれで改善際立つ(季節調整前)

チャート:米6月財政収支、4月に続き黒字に転換
チャート:米6月財政収支、4月に続き黒字に転換

チャート:関税収入、6月は271.5億ドルで過去最高
チャート:関税収入、6月は271.5億ドルで過去最高

2つ目は、一連の勢いに乗じた通商協議の早期決着だ。
ベッセント財務長官は6月27日、夏休み明けのレーバー・デー(9月1日)までに通商協議を終了する可能性に言及した。
この発言は、トランプ氏による「8月1日から延長する予定はない」との発言と、整合的である。
トランプ政権の狙いは、8月1日までに通商協議をまとめ、貿易協定へ向けた大枠合意に到達し、9月1日までに署名するシナリオを念頭に置いているのだろう。

貿易協定の合意条件①:対中包囲網での協力

では、トランプ政権が貿易協定に合意する条件とは何だろうか?米英の両首脳は6月16日、貿易協定に署名した。
トランプ氏は7月2日、トゥルース・ソーシャル上でベトナムと通商合意に到達したと発表。
これらの内容に基づけば、合意の条件の1つに「対中包囲網」が浮かび上がる。

英国は鉄鋼・アルミ関税の撤廃と、金属の貿易圏の創設で合意した。
本件については、詳細な交渉が継続中だが、世界最大の生産国である中国が過剰生産を行うなか、これに対抗する枠組みを目指したものと言えよう。
ベトナムについては、迂回輸出の製品に関税率40%を課す方針であり、これも中国を念頭に入れたものだ。

チャート:英国とベトナム、米国との主な合意内容
チャート:英国とベトナム、米国との主な合意内容

貿易協定の合意条件②:国防費の引き上げ

もう1つは、防衛費の引き上げだ。
通商交渉で、防衛費を持ち出すのは「禁じ手」とされる。
しかし、ベッセント財務長官が3月6日に行った講演に基づけば、トランプ政権が関税を持ち出した理由は「国際経済関係の再構築プロセスの開始」である。
ベッセント氏によれば、米国は巨大な需要を提供し、世界平和の裁定者として防衛面を含め役割を果たしたが、十分な補償を受けられなかったとしている。
だからこそ、「他国の慣行(為替など非関税障壁含む)が我々の経済や国民に害を与える場合、米国は対応する」と明言し、関税というカードを切った。

英国が最初の貿易協定の合意に成功した理由として、米国が貿易黒字を計上していたため、交渉が他国より容易だったことは事実だ。
その一方で、英国は米国との2国間協議を控え、トランプ政権の意図をくみ取り、国防費をGDP比2.3%→2.5%へ引き上げることを事前に発表。
こうした努力が、トランプ政権との合意への一助となったと考えられる。

翻って日本は、石破首相が明確にするように安全保障と通商協議を切り離して交渉を進めてきた。
英フィナンシャル・タイムズ紙は7月12日、コルビー国防次官が日本とオーストラリアの国防当局者に対し、台湾有事発生に伴う米中の軍事衝突の局面において、「関与」を求めたと報道。
欧州では、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、トランプ氏の要請に応じ2035年までに国防関連費の目標をGDP比5%(国防費:3.5%、安全保障のインフラ関連費:1.5%)へ引き上げることで合意した。

コルビー氏は、日本にも防衛費GDP比3.5%への引き上げを求め続けており、財源確保で日本は苦難を強いられよう。
参院選を控え、トランプ政権と貿易協定の合意を目指すならば、石破政権は難しい選択が迫られる。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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