トランプ政権、ミラン氏の理事指名はFRB改革の「狼煙」か

ニュース

ミランCEA委員長をFRB理事に指名、「マールアラーゴ合意」提唱者

トランプ大統領は8月7日、翌8日付けで辞任するクーグラーFRB理事の後任に、スティーブン・ミラン米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を指名した。
指名に当たり、トランプ氏はトゥルース・ソーシャルにて「今後も、恒久的な後任者の選定にあたる」と説明しており、クーグラー氏の任期満了の2026年1月末までの「つなぎ役」と考えられよう。

チャート:ミラン氏がFRB指名された場合のFRB執行部の構成
チャート:ミラン氏がFRB指名された場合のFRB執行部の構成

ただし、FOMC参加者にとっては、衝撃を与える人事に違いない。
ミラン氏は、2024年11月、ハドソン・ベイ・キャピタルでシニア・ストラテジストとして勤務していた当時、『世界貿易システム再編のためのユーザーガイド』と題したレポートで、「マールアラーゴ合意」のアイデアを提唱していたことで知られる。

「マールアラーゴ合意」とは、世界貿易システムの改革と、持続的なドル高に伴う経済不均衡の是正を目指すもの。
仕組みとして、各国が外貨準備に含まれる米財務省短期証券などを売却→100年債といった超長期債への転換を図る。
そうすれば、外貨準備の積み増しに伴うドル高が是正され、米金利を低位安定させ、米国の製造業の活性化につながる。
さらに、利払い負担が縮小し、米国の財政が改善することで、安全保障目的の米国債発行を抑制できる、というわけだ。

なお、クーグラー氏は辞任の理由について説明しなかったが、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によれば、同氏は2024年7月と9月のFOMCブラックアウト期間に配偶者がアップル株を購入したとして、倫理規定に抵触したと報告。
その後は既定により資産を売却したというが、FRB執行部の個別銘柄の取引、並びにブラックアウト期間の全ての金融取引は禁止されている。
また、クーグラー氏はFRB執行部でただ1人、2024年の金融取引開示義務を怠っていたという。

ミラン氏はFRBの改革も提言、米財務省との連携の必要性を主張

ミラン氏は同時に、FRBの役割に米財務省との「連携」を挙げた。
これは、ベッセント財務長官が提唱するFRBの徹底的な見直しとつながっている可能性があり、ミラン氏の指名はトランプ政権が目指すFRBの改革への「狼煙」と考えられよう。

そもそも、ミラン氏によれば、FRBは米財務省が管轄する為替政策決定において、金利の調整を通じ重要な役割を果たし、政策決定は米金利や市場の安定に影響を与えてきた。
その上で、ミラン氏はFRBが米財務省と協力してきた歴史があったとして、FRBの二大目標、すなわち①雇用の最大化、②物価安定――に加え、「適度な水準の米長期金利」が含まれ、実質は「三大目標」だと訴えた。

実質的に「三大目標」の証左として、ミラン氏はケネディ政権下で実施された「オペレーション・ツイスト」を挙げ、その目的について、ゴールドの流出(当時は金ドル本位制)を防ぎつつ、中長期金利を低く保って経済を支えることだったと説く。
当時のオペレーション・ツイストは、ミラン氏いわく「FRBと米財務省の協調政策で、米財務省が短期債務の発行を増やした一方、FRBが長期債を購入することで新たな借入を実質的に打ち消す」構造だった。
通貨の流出入は主に短期金利によって左右されるため、この政策により、「通貨流出を防ぎ、長期金利を低下させて景気を下支えすることが可能になった」という。

このように、ミラン氏はFRBと米財務省と連携強化を訴えるほか、FRBに以下の改革を求めてきた。

チャート:ミラン氏が提言したFRBの主な改革案
チャート:ミラン氏が提言したFRBの主な改革案

特に④の「FOMC構成の見直し」については、米大統領がFRBに与える影響力の拡大と、FOMCでのFRB執行部の影響力の低下を狙うものだ。
その背景として、「コンセンサス重視」の考え方、ミラン氏はそれを「集団思考(groupthink)」と指摘。
FRB執行部から金融政策の反対票がほとんど確認できず、地区連銀総裁からの異議も少ない現状は、多様な視点の欠如を示すとして、ミラン氏は問題視していた。

チャート:7月FOMCでは、FRB執行部2人が反対票を投じたが、これは1993年12月以来で初めて
チャート:7月FOMCでは、FRB執行部2人が反対票を投じたが、これは1993年12月以来で初めて

ミラン氏のFRB理事就任は早くて10月か、FOMCの勢力図に変化も

ミラン氏は、トランプ氏が説明したように「つなぎ役」と考えられる。
従って、ミラン氏の就任によって、FRBの体制に改革の「狼煙」が上げられそうだが、実際にFRBの改革の旗振り役になるかは、現時点では不透明と言えよう。

注目のミラン氏のFRB理事就任時期だが、米上院の承認が必要だ。
ただ、米上院は9月2日まで休会中であり、9月16~17日のFOMCに間に合わせるのは極めてスケジュールがタイトである。
従って、ミラン氏のFRB就任は、早くて10月頃ではないか。

ミラン氏が就任しても、トランプ氏指名のFRB執行部7人のうち、ボウマンFRB副議長、ウォラーFRB理事と合わせ、3人に過ぎないことも、留意すべきだろう。
従って、パウエルFRB議長の指導力を上回るとは、言えそうもない。
しかし、トランプ政権がミラン氏のFRB改革案を賛同し、FRB理事として指名したならば、FRB執行部と地区連銀総裁で構成されるFOMCメンバーの勢力図に変化をもたらしそうだ。

FOMC参加者の間では、クーグラー氏の辞任表明を受け、既に変化の波が訪れつつある。
サンフランシスコ連銀総裁が年内2回以上の利下げに言及し、タカ派寄りだったミネアポリス連銀総裁も年内2回の利下げへ傾き始めた。
クックFRB理事も、米7月雇用統計は「懸念すべき内容だ」と述べ、米経済の転換点を示唆した可能性があると考えを寄せた。

FF先物市場では、8月8日時点で9月利下げ確率は88.9%。
米7月雇用統計発表後の90%超えから低下したとはいえ、9月利下げを織り込んだも同然で、年内2回と3回の利下げ予想が拮抗している。
市場の利下げ期待は、トランプ政権がもたらすFRBの改革も意識しているかのようだ。

チャート:FF先物市場、年内2回と3回の利下げ予想で拮抗
チャート:FF先物市場、年内2回と3回の利下げ予想で拮抗

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。

この記事をシェアする
一覧へ戻る

ホーム » マーケットニュース » トランプ政権、ミラン氏の理事指名はFRB改革の「狼煙」か