NY金先物は急落、2日間でビットコインの時価総額相当が消失
「米国に黄金時代が到来する」――ドナルド・トランプ氏は1月20日、大統領就任演説で高らかに宣言した。
その宣言通り、NY金先物はトランプ政権2期目発足後に上げ足を加速させ、10月20日には一時4,398.0ドルと中心限月で史上最高値を更新した。
終値ベースで、1月21日(就任した日はプレジデンツ・デーで祝日)の2,759ドルから、10月20日までに1,600ドルも急伸、59%もの驚異的な値上がりを記録。
背景には、①中東を始めとした地政学的リスク、②米中を始め貿易摩擦への懸念、③米関税政策を通じたインフレ懸念、④財政拡大などを通じた通貨価値毀損、⑤ドル離れ――などが挙げられよう。
加えて、米国では米会員制量販店大手コストコが2023年9月に始めた金の延べ棒販売が、2024年には小売大手ウォルマートにも広がり、今や銀やプラチナ、パラジウムなど手広く展開するようになった。
日本では、円安効果もあって金の延べ棒価格が急伸。
今年に入って、田中貴金属の直営店など貴金属店に行列が出来上がり、現物が不足する事態に陥ったとの報道も飛び出すほどだ。
日経新聞は10月15日に「ゴールド地金『売り切れ御免』 人気過ぎて生産間に合わず」と題した記事を配信、一大ブームの熱気を伝えていた。
しかし、10月21日にNY金先物は一転して急落。
前日比250.3ドル(5.7%)安の4,109.1ドルで取引を終えた。
1日での下落率としては、2013年以来の大きさとなる。
一時は4,093ドルまで沈み、前日に記録した最高値からの下げ幅は300ドルを超えた。
翌22日も下落が続き、2日間で時価総額が2.4兆ドルも消失したという。
いわば、48時間でビットコインの時価総額を吹き飛ばした格好だ。
背景として、過熱感の高まりに加え、米中首脳会談を控えた懸念後退や米政府機関閉鎖の終了期待に伴う利益確定の売りが挙げられている。
シティグループは、10月21日の急落を受けて金に対する見通しを「オーバーウェイト(強気)」からより慎重なスタンスへと引き下げた。
同社のアナリストは「中銀の買いや、米ドルからの分散投資などが下支え要因となりうる」と指摘しつつ、ロングポジションの過度な集中を警告し、今後数週間で金価格が1オンスあたり4,000ドルまでの調整局面に入る可能性があると示唆した。
なお、NY金先物は22日に既に一時4,021.2ドルまで下げ幅を広げた。
「米国例外主義の終焉」説の終わり、海外では米国債の買い越し続く
NY金先物の裏で、米10年債利回りが4%割れを迎え低下している点は留意すべきだろう。
10月22日には一時3.978%と約1年ぶりの水準まで低下。
つまり、トランプ政権2期目で最低を記録したことになる。
4月2日の相互関税発表前後から、「米国例外主義の終焉」が囁かれていたが、米国債は買い戻され、米株は過去最高値圏で推移。
ドル安基調ながら、ドル・インデックスも9月17日に95.85と2022年2月以来の安値を付けたが、足元は98台で下げ渋る状況だ。
ドル離れが指摘され、中国が11カ月連続で金を買い増し、ハンガリーやポーランドなど他の中銀が金の買い増しを続けてきた一方で、対米証券投資は米国の例外主義の終焉を示していない。

チャート:中国の外貨準備高における金の積み増し動向
米政府機関の閉鎖を受け、対米証券投資は7月までしか入手できないが、海外の米国債保有高(国際機関、米短期証券含む)は前月比319億ドルの9兆1,587億ドルと過去最大を更新した。
相互関税を発表した4月に売り越しとなった後、3カ月連続で買い越しとなっている。

チャート:海外全体の米国債保有高は3カ月連続で買い越し
国別では、トランプ政権による相互関税発表後、5月にいの一番で関税合意に達した英国の買い越しが際立つ。
3月に中国を抜き、国別での米国債保有高で2位に躍り出たが、その裏でトランプ政権が発足した1月から、米国債を積み増し続けてきた。
中国が7月に7,307億ドルと、2009年以来で最低を記録した動きと、対照的だ。
なお、日本は英国と同様にトランプ氏が大統領に就任した1月から、7カ月連続で米国債保有高を拡大し続け、7月に1兆1,514億ドルと2024年3月以来の水準を回復した。

チャート:米国債保有高、トップ3の推移
中国がカストディアン(保管者)として活用している可能性が高いベルギーとルクセンブルクの米国債保有高は、概ね高止まりを続けている。
一方で、香港は7月まで年初来で3回売り越しとなったが、水準として大きな変化はない。
台湾は逆に年初来で6回の買い越しと、トランプ政権への配慮が垣間見える。

チャート:英国とカストディアン、香港と台湾の米国債保有高
一方で、BRICS諸国は売り越しが優勢だ。
特にインドは、自国通貨買い介入の影響から、年初来では4月、6ー7月に売り越した結果、米国債保有高は2,197億ドルと年初来で最低となった。
ブラジルは7月に136億ドル取り崩したため、米国債保有高は2,017億ドルと6カ月ぶりの水準に減少した。
もっとも、こうした売り越しを米国債保有高上位の日本や英国、ベルギー、台湾などが吸収し、海外での米国債保有高は過去最大を続けている。
海外からの堅調な需要もあり「米国例外主義の終焉」説が終わりを迎えたと言っても過言ではない。
安全資産とされる金と米国債の逆相関は、相対的なバリュエーションの差に加え、「米国例外主義の終焉」説の終わりを表すかのようだ。
足元の流れに続き「ドル離れ」が一服するか否かは、少なくともトランプ政権とインドの関係修復を含め、外交政策が1つのカギとなりうる。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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