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NY連銀総裁とSF連銀総裁、12月利下げを支持する理由

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12月FOMCでの利下げ観測、NY連銀総裁の発言で再燃

米連邦公開市場委員会(FOMC)の常任投票メンバーは、FRBの正副議長と理事の7人、NY連銀総裁、毎年輪番で選ばれる4人の地区連銀総裁の計12名で構成される。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の著名なFed番記者、ニック・ティミラオス記者によれば、FOMC参加者の間で12月FOMCでの利下げをめぐり、意見が対立。
実際、ジェファーソンFRB副議長も11月17日に「リスクのバランスが変化していることを踏まえ、(政策金利が)中立金利に近づいているときは慎重に歩を進めなくてはならない」と述べた。
バーFRB理事は11月20日、インフレ鈍化の進展を挙げ、慎重に政策を進めるべきと言及した。
一連の流れを受け、12月利下げ織り込み度は一時20.4%まで低下。
しかし、11月21日にNY連銀総裁が雇用の下振れや、インフレの上振れリスク低減を受け「短期的にはFF金利誘導目標レンジをさらに調整する余地がある」と発言した。
加えて、デーリーSF連銀総裁が11月24日に、利下げを支持する考えを表明。
これを受け、12月利下げ織り込み度が逆転し、11月24日には一時80.9%まで急伸した。

チャート:12月FOMCの利下げ織り込み度、再び逆転
チャート:12月FOMCの利下げ織り込み度、再び逆転

FOMC投票メンバー12人のうち、現時点で12月に0.25%利下げを支持するのは5人程度とみられる。
しかし、なぜ市場はNY連銀総裁の発言を重視するのか。

チャート:FOMC参加者の間で、12月利下げに慎重派が台頭
チャート:FOMC参加者の間で、12月利下げに慎重派が台頭

その理由は主に3つで、1つ目に、NY連銀総裁はFOMCで副議長を務め、調整役に当たるとされる。
そのNY連銀総裁が利下げを支持すれば、その方向で議論が開始する公算が大きい。

2つ目に、同総裁は前サンフランシスコ連銀総裁であり、イエレン前財務長官がSF連銀総裁時代に直属の部下であり、当時はリサーチ部門のディレクターを率いていた。
トランプ指名ではなく、イエレン氏の流れを汲む正当なエコノミストとして申し分ないキャリアを誇るだけに、反論しづらい側面がある。

3つ目に、重視すべきはNY連銀の役割だ。
NY連銀は、FRB内で「マネーの流れを実際に動かす実働部隊」と位置づけられ、NY連銀は公開市場操作(オペ)を通じて資金の流れを管理し、FF金利誘導目標レンジに沿うよう市場金利を調整する。

  • ・レポ取引:FRBが米国債を担保に資金を調達→金融機関へ資金供給→流動性円滑化
  • ・リバースレポ取引:FRBが米国債を担保に資金を貸し出し→金融機関から資金吸収→余剰流動性調整

このように、NY連銀は「FRBの手足」として、国債の取引を通じて資金の流れを管理し、FOMCが設定したFF金利誘導目標に沿うよう、金利をコントロールする中心的な役割を果たす。

NY連銀総裁の発言の裏に、流動性ひっ迫懸念とAI投資あり?

金利と言えば、10月末にFedが2021年7月に立ち上げた常設レポファシリティ(SRF)のレポ取引の規模が503.5億ドルと過去最大を記録すると共に、翌日物担保付き資金調達金利(SOFR)が跳ね上がり、市場での資金ひっ迫が懸念された。
理由は主に3つで、1つ目に、FRBによる量的引き締め(QT)があり、保有する証券の償還を通じ保有資産の縮小を行った結果、市場から資金が流出した。

2つ目に、7月に債務上限の5兆ドル引き上げを盛り込んだ「ひとつの大きく美しい法案」成立を受け、米財務省がFRBにある米財務省一般勘定(TGA)の現金不足を補填すべく、米財務省短期証券を大量に発行したことが挙げられる。
金融機関がTビルを購入すると、FRBの準備預金が減少し、金融機関からの資金吸収が進む。
実際、TGAは11月12日週に9,538億ドルへ増加した一方で、準備預金残高は2兆8,550億ドルまで落ち込み、ウォラーFRB理事が適切と推計した2.7兆ドルに接近した。
なお、準備預金とは、米商業銀行やその他の預金取扱機関、海外の銀行の米国支店や政府支援機関など金融機関がFRBに持つ「預金口座」で、市場の資金が潤沢か否かのバロメーターとなる。
彼らは、フェデラル・ファンド(FF)市場で準備預金を無担保で貸し借りし、互いに手元の流動性を融通し合う。
FF金利誘導目標とは、ここで貸し借りされる金利を指す。

チャート:TGAが拡大すると準備預金残高は減少
チャート:TGAが拡大すると準備預金残高は減少

3つ目に、巨額のAI投資や自動車サブプライムローン貸し手業者の破綻などによる、資金の目詰まりが懸念される。
FF市場で資金を貸し借りする金融機関は米商業銀行を中心に、市場でのレポ取引を通じ証券会社やマネーマーケットファンドなどと取引を行う。
彼らの先にヘッジファンドやプライベート・クレジット(銀行以外の民間貸し手が、企業など借り手に対して直接行う融資)、プライベート・エクイティ・ファンド(未公開株ファンド)などが存在する。

米商業銀行のNDFI向け融資は11月12日週時点で前年同月比52%増の1兆7,442億ドルとなった。
データ入手が可能な2015年1月比では5倍以上にも拡大し、融資全体の13%を占める。
格付け会社ムーディーズによれば、6月時点の米商業銀行によるノンバンク系金融機関(NDFI)向け融資のうち、約半分がプライベート・クレジットとプライベート・エクイティが占めた。

チャート:米商業銀行のNDFI向け融資、1.7兆超えに拡大
チャート:米商業銀行のNDFI向け融資、1.7兆超えに拡大

特に3つ目が重要であり、NY連銀総裁は金融安定を支え、かつ収益化が疑問視されるAI投資につき信用不安を起こさないよう、資金ひっ迫を招くリスクを避けたいのではないか。
今、NY連銀総裁が利下げを必要としている意味を考えれば、引き締め的な政策の調整が必要と認識している証左であり、12月利下げシナリオを無視すべきではないだろう。

10月FOMCでは12月1日からのQT停止を決定したが、Tビルへの再投資についても議論されていた。
しかし、NY連銀総裁は一歩進んで保有資産の拡大を言及。
QT停止でFRBの保有資産が一定水準で維持されたとして、①名目GDP比では減少する(基本的にプラス成長ならGDPは拡大するので、保有資産が一定なら保有資産のGDP比は低下していく)、②米国債の発行規模が大きく、市場から流動性が引き続き吸収される状態が続く――との2点から、引き締め的な効果を与えうる。
Tビルなどの買い入れは、こうした課題に対応するものと言える。

12月利下げを後押し?米Q3実質GDP成長率の発表がFOMC後に

AI関連投資は年々、巨額になっている。
ブルームバーグによれば、ハイパースケーラーでアマゾン、アルファベット、メタ、マイクロソフト4社のAI投資額だけで、2026年に前年比21%増の約4,090億ドル(約64兆円)に膨らむ見通しだ。
加えて、アマゾンが11月に約3年ぶりにドル建て社債を発行する計画で、その規模は150億ドル(約2.3兆円)に及ぶ見通し。
J.P.モルガン・チェースによれば、テクノロジー企業の社債発行の増加を受け、世界全体の社債発行額は今年6兆ドル超に及んだという。
今後も、社債による資金調達が続くならば、低金利であればあるほど、信用不安への懸念は後退しうる。

トランプ政権も、利下げの援護射撃を行っているかのようだ。
米経済分析局は、米9月個人消費支出・個人所得・PCE価格指数の発表を12月5日に予定しつつ、4%超の成長率が見込まれる米実質GDP速報値の発表は、12月23日に先送りした。
当初、米Q3実質GDP成長率が10月30日、米9月PCE価格指数が10月31日に発表される予定であり、本来はGDPがPCEより先に発表される事実を踏まえれば、意図的にすら見える。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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