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ウォーシュ氏「トランプ氏の操り人形にならない」以上に重要な“決意“

マーケットレポート

金融危機とコロナ禍を経て、FRB議長が率いた改革

リーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月以降、当時の米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたベン・バーナンキ氏は、市場との対話を強化する3つの改革を断行した。

第1弾として、2011年3月に年8回開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)のうち経済見通しを公表する4回の会合後に定例記者会見を行う決定を下し、同年4月27日に史上初となる記者会見が開催された。

第2弾と第3弾は、2012年1月25日に一体として実施された。
FRBは2007年11月から、FRB正副議長・理事7名と地区連銀総裁12名の計19名で構成されるFOMC参加者による経済・物価見通しを、半期に一度の金融政策に関する議会証言(旧ハンフリー・ホーキンス証言)に合わせ2回だったところ、四半期ごとの4回公表とする経済見通し(SEP: Summary of Economic Projections)を導入していた。
2012年1月25日、このSEPにFF金利見通し(いわゆるドットチャート)が新たに加わった。
これと同日、かねてより提唱していた通り(Bernanke and Mishkin 1997)、2%のPCE価格指数を長期目標とするインフレ目標が正式に導入された。
ドットチャートの導入はこのインフレ目標の明示と同日に実施されており、数値目標を掲げた上でその達成に向けた政策金利の見通しを示すという、透明性強化の一体的なパッケージとして位置づけられる。
いずれも、未曽有の景気後退からの回復を確固たる道筋とすべく、市場との対話を強化する狙いがあった。
そして、忘れてならないのはバーナンキ時代にゼロ金利政策に加え、量的緩和への扉を開いたことだ。

バーナンキ氏の後任であるジャネット・イエレン氏、現在のジェローム・パウエル氏に至るまで、議長はFRBの役割を広げる上で指導的役割を果たしてきた。
特にパウエル氏は、コロナ禍で2020年8月に①物価目標について単年の2%達成ではなく一定期間の平均で2%を目指す柔軟な平均インフレ目標(FAIT)の採用、②雇用の「乖離」ではなく「下振れ」への対応という広範かつ包摂的な雇用の最大化を目指す文言への改定――を率いた。
ただし、2025年8月には①と②をいずれも撤回し、従来型の柔軟なインフレ目標へ回帰した。
2020年11月の米大統領選で民主党のジョー・バイデン候補が勝利した直後2020年12月には、気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)への参加を表明。
一転して2024年の米大統領選でトランプ氏の返り咲きが決定すると、気候変動対策に懐疑的なトランプ氏の意向を反映し、2025年1月に脱退を発表した。

ウォーシュ氏、FRBの「レジーム・チェンジ」を宣言

トランプ大統領に次期FRB議長に指名されたケビン・ウォーシュ氏は、こうした3代にわたって築かれたFRBの体制から「体制転換=レジーム・チェンジ」を宣言した。
上院銀行委員会が指名公聴会を開催した4月21日、ウォーシュ氏は「FRBは市場と国民からの信頼を失った」との持論を公に展開した。
同氏によれば、今必要なのは「体制転換(レジーム・チェンジ)」である。
公聴会で、同氏はかつてリサーチ・アシスタントとして師事した保守派経済学者の権威、ミルトン・フリードマン氏の言葉を引用した――「フリードマンは、政府高官が『現状維持という名の暴政(tyranny of the status quo)』に誘惑され、安住することを常に危惧していた。世界がこれほどの速さで変化している今、現状維持の慣行や政策は特に有害だ」。

ウォーシュ氏は、「インフレが以前ほど深刻でない、つまり物価上昇率が数年前よりも緩やかになっているのは事実」と断りつつ、体制転換が必要な理由として、FRBの政策の失敗を批判した。
特に、「4〜5年前(コロナ禍)にさかのぼる致命的な政策の失敗が、いまもなお各家庭に影響を及ぼしている」と指摘
「勤勉な米国民が依然として負担を感じていることは間違いない」と続け、まず物価安定の取り組みの転換が必要と訴えた。

チャート:PCE価格指数
チャート:PCE価格指数

ただし、詳細については踏み込まず。
「私にとっての物価安定とは、誰も物価のことを話題にしなくなる程度の変化のことー古風な定義かもしれないが、今でも有効だと思う。もし私が承認されれば、周囲とともにできるだけ早く制度改革を進め、より早く物価安定を確保し、高い倫理基準と信頼性を備えた新たな指導部の下で、 FRBを本来あるべき姿に戻したいと考えている」と述べるにとどめた。
FRBが重視するPCE価格指数は2月に前年同月比2.8%と3%付近で高止まりするが、ウォーシュ氏は基調的なインフレ指標に注目すべきだとし、外れ値を除く「トリム平均」インフレは2%目標に近いと主張していただけに、ここが1つの焦点となる可能性がある。

この発言を額面通り受け止めれば、日銀のような政策運営が連想され、コアCPIの拡充版のようなものが発表されるシナリオも視野に入る。
反面、FRBが重視してきたインフレ指標であるコアPCEについても、「物価動向に関する大まかな推測(rough swag)」に過ぎないと切り捨てた。
「もはや、そんなざっくりとした推計に頼る必要はない」と言及しており、その方向性は定かではない。

バランスシートの縮小をあらためて主張、ただしFRB理事会の支持獲得にはハードルも

その他、かねてから主張していた足元6.7兆ドル規模のバランスシートの縮小必要性を唱えた。
ウォーシュ氏は「バランスシートはより小さくあるべきで、長期国債を保有すべきではない」と明言。
FRBは「財政領域から手を引くべき」であり、「より小さなバランスシートであれば、金利はより低く推移し、インフレは改善され、経済は強くなる」との見方を強調した。
そのうえで、バランスシートの縮小には綿密な調整と熟慮、明確な説明が必要と述べた。
トランプ氏には、「国債購入より金利を使う方が良いと伝えた」とも言及した。

チャート:FRBのバランスシート
チャート:FRBのバランスシート

バランスシートの縮小に肯定的な発言が飛び出した結果、米10年債利回りの上昇とドル高を促した。
ただし、ウォーシュ氏が主張するバランスシートの縮小は、学界でも理に適うとの声が聞かれる。
コロンビア大学ビジネススクールのイーミン・マ教授は、FRBのバランスシートが小さくなればシステム内の流動性が減り、それがインフレ圧力を低下させることになるとして、「バランスシートを縮小させれば、より低い金利を維持する『余裕』が生まれる」と説明していた。

ウォーシュ氏は、FRB議長に就任すれば体制転換を目指す方針を打ち出したが、物価安定目標の変更やバランスシートの縮小を含め、ハードルが高いと言わざるを得ない。
FRB正副議長と理事で構成されるFRB理事会を率いる7人のうち、3名がバイデン前大統領に指名され、パウエル氏が理事として残留した場合は2028年1月末まで任期を有する。

ウォーシュ氏の公聴会終了も、上院銀行委員会の承認採決の予定は未定

公聴会でのウォーシュ氏の発言で、ニュースのヘッドラインに最も多く取り上げられたのは「トランプ氏の操り人形にはならない」だ。
そのうえで、FRBの独立性を遵守すると確約した。
トランプ氏から「特定の利上げ・利下げ判断を約束するよう求められたことは一度もない」と強調したうえで、「もし求められたとしても、私は決して応じない」と断言。
トランプ氏が公聴会直前にCNBCインタビューで、ウォーシュ氏を「“セントラル・キャスティング(典型的な役者像)”」と表現したが、「もし本当にセントラル・キャスティング出身なら、もっと年老いて白髪になっているはずだ」とジョークを飛ばす余裕も見せた。

トランプ氏は、CNBCインタビューでウォーシュ氏が就任してすぐに利下げを決定しないなら失望するだろうと発言した。
しかし、ウォーシュ氏は自身がFRB議長に就任した後の金融政策について、明言を避けた。

そもそも、ウォーシュ氏が承認されるかは不透明と言わざるを得ない。
共和党で上院銀行委員会の一角を成すトム・ティリス議員は、パウエルFRB議長への刑事捜査を取り下げない限り、承認を阻止する構えだ。
上院銀行委員会は共和党13名、民主党11名の議員から構成されるため、同氏が反対票を投じ民主党のメンバー全員が反対すれば過半数とならず、可決に至らない。
そうなれば、上院銀行委員会の採択を迂回するべく、①全会一致で「委員会付託解除(discharge motion) 」の可決、②議員が「委員会付託解除」を提出し、フィリバスター阻止につなげる60票確保を経て多数決で可決、③休会中のトランプ氏が任命――といった3つの選択肢が浮かび上がる。

しかし、民主党が支持するとは想定しづらく、③は法廷闘争に陥りかねない。
なお、パウエル氏の任期満了は5月15日だが、FRBの過去の慣例に従えば、現議長が残留することになり、パウエル氏も3月FOMCでそのように発言していた。

チャート:FRB議長、人事承認の流れ
チャート:FRB議長、人事承認の流れ

ウォーシュ氏の指名公聴会が終了したが、採決の1週間前には告知が必要なところ、現時点で発表されていない。
上院銀行委員会のティム・スコット委員長(共和党)は、「捜査は数週間以内に決着する」との見通しを示しているため、ティリス氏が承認を支持するタイミングを計っていると言えよう。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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