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日銀の利上げを封じた「二重の縛り」――高市政権の圧力とホルムズの霧

マーケットレポート

利上げ見送りでも、物価見通しを大幅上方修正しタカ派的

「あんなこと言っちゃだめだよ」――日経新聞によれば、高市首相が4月13日の経済財政諮問会議の直後、このように注意した相手は利上げを「選択肢のひとつ」とNHKで公言した赤沢経済産業相だった。
その一声が象徴するように、4月27〜28日の金融政策決定会合は、金融政策の決定というより、政治と地政学が日銀の独立性を試す場となった。

4月会合では、3会合連続の据え置きを決定
ただし、9人の政策委員のうち、高田審議委員と田村審議委員に加え、今回は6月29日に任期満了を迎える中川審議委員が初めて利上げ票を投じ、反対票は3票に増えた。
7月以降はリフレ寄り・円安肯定派である青山学院大学の佐藤教授が審議委員に就任する予定であり、浅田審議委員とともにハト派となる公算が大きい。

植田総裁は会見で、据え置きを主張した残りの6人も「物価の上振れリスクを気にしているが、現在ただちに利上げで対応するほどの緊急性はない」と判断したと説明した。
委員会全体が利上げの方向性を共有しながらも「いつ」という問いで割れている構図が鮮明になったと言えよう。
物価は上振れ、実質金利はマイナス圏、それでも利上げが見送られた背景には、ホルムズ海峡という「外の縛り」と、高市政権という「内の縛り」が同時に作用していたことは間違いない。

今回の展望レポートでは、中東情勢を受けて2026〜27年度の成長見通しが下方修正された一方、物価見通しが大幅に上方修正された。
2026年度のコアCPIは前回1月の1.9%から2.8%へと跳ね上がり、2027年度も上方修正。
2028年度にはコアが2.0%、コアコアが2.2%と物価目標の2%超えが視野に入る。
物価見通しの大幅な引き上げに合わせ、リスクバランスの文言も、従来の「経済・物価のいずれの見通しについても、概ね上下にバランス」から「2026年度を中心に、経済の見通しについては下振れリスク、物価の見通しについては上振れリスクの方が大きい」に修正された。

チャート:今回の展望レポート、物価見通しを大幅に上方修正
チャート:今回の展望レポート、物価見通しを大幅に上方修正

植田総裁も会見で「全体としては物価の上振れリスクの方が大きい」と強調し、原油高が「幅広い財を中心に価格を押し上げる方向に作用する」と説明。
経済の減速が限定的なら「利上げに至る可能性がある」と述べた。
3人に増えた利上げ票、物価見通しの大幅上方修正、展望レポートでのリスクバランスの表記など、一連の事実を踏まえれば、6月利上げへ向け、布石を打ったように見える。

6月利上げの地ならしを封じた理由に、ホルムズ海峡と高市政権

それにもかかわらず、植田総裁が会見で「こうした見通し実現の確度は、これまでに比べ低下している」と述べた。
6月利上げを明確に示唆しなかった理由は、ホルムズ海峡の封鎖継続という地政学的不確実性に尽きる。

植田総裁は「ホルムズ海峡が実質的に閉鎖されたままでも利上げの判断があり得るかは、その先の姿がどうなっているか次第」と説明。
中東情勢が「一時的な供給ショック」から基調物価の持続的な押し上げへと転化する確証が得られれば「適切に利上げ方向で反応しないといけない」としたが、それは条件付きの示唆に過ぎない。
3月26日に需給ギャップの再推計を公表し、需要超過への転換を示して利上げの理論武装を整えた日銀にとって、中東混迷の長期化は文字通りの「誤算」だったと捉えられよう。
ビハインド・ザ・カーブへの懸念を問われると、「そうならないように次回以降の会合で適切に政策を判断していく」と述べるにとどまった。

チャート:3月26日に公表した需給ギャップ、2025年Q4まで16四半期連続でプラス
チャート:3月26日に公表した需給ギャップ、2025年Q4まで16四半期連続でプラス

利上げに慎重な高市政権の意向も、影響したように見える。
日経新聞によれば、政府高官は「状況が落ち着いていない。首相官邸内は利上げに消極的な感じだ」という。
植田総裁は、会見で「政府とは密接な意思疎通を続けており、今後もその努力を続ける」と繰り返したが、独立性の主張というより、政権に協調路線をアピールした発言と受け止められてもおかしくない。

ここで浮かび上がるのが、パウエルFRB議長との対比だ。
トランプ大統領は利下げを繰り返し要求し、パウエル議長解任を示唆するまで圧力を強めた。
それに対しパウエル議長は利下げ要求に応じることなく金利を据え置き、独立性を行動で示し続けた。
一方、植田総裁は「密接な意思疎通」という言葉で政権との関係を包む。
両者のスタイルの差には、日銀が政府とアコードを結ぶ制度的背景も影響しているようだが、それでも日銀の独立性に対する疑念を生む余地を残した。

植田総裁とパウエルFRB議長の対比、6月会合に立ちはだかる政治日程

6月15〜16日の次回会合は、複雑な政治的スケジュールと重なる。
まず、5月には14~15日の米中首脳会談を控えたベッセント米財務長官の訪日を予定する。
ベッセント氏と言えば、2025年1月の就任から、一貫して日銀にインフレ抑制と金融政策の正常化を訴えてきた(4月15日付レポートをご参照)。
特に、2025年10月の訪日時には高市政権に対し、アベノミクスとの決別を促すメッセージを送り、同年12月の金融政策決定会合で日銀は利上げに踏み切ったことが思い出される。

ただし、6月会合では2つのハードルが立ちはだかる。
1つは、6月半ば予定とされる「骨太の方針2026」の閣議決定、2つ目は食料品消費税の2年間ゼロに関する中間報告だ。
高市首相は、「今年の骨太方針の策定に向け、民間議員の皆様からは、『責任ある積極財政』の具体的内容や目指すべき姿を包括的に内外に示すべき」とする提案を受けたと説明
積極財政を打ち出すならば、日銀の利上げに難色を示す可能性が意識されよう。

チャート:今後の重要日程
チャート:今後の重要日程

1970年代の第一次石油危機では、利上げ対応が後手に回り高インフレを招いた。
こうした教訓は、植田総裁を始め日銀も熟知しているはずだ。
植田総裁自身、3月会合後の会見で、石油ショックに見舞われた「1970年代について復習している」と言及
また、今回の会見でも、実質金利が大幅なマイナス圏にとどまる現状について、依然として「金融環境は緩和的」と語っていた。

ホルムズ海峡問題の霧が晴れ、高市政権との「妥協点」が見つかった時、日銀は満を持して動くのか。
それとも、次の会合でもまた「もう少しデータをみたい」という言葉が繰り返されるのか。
その答えが出る前に、市場と政治の双方が日銀を試し続けることになる。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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