ドル円は2つのテクニカル要因から、一段高へ「風前の灯」
ドル円は、2つのテクニカル要因から上値を試す展開が続いていた。
第一に、プラザ合意直前の高値240円と2011年10月31日の安値75.32円の半値戻しにあたる157.70円を、今年に入り再び突破。
相場格言の「半値戻しは全値戻し」を踏まえれば、240円方向を試すシナリオは依然として排除できない。

チャート:プラザ合意直前の高値へ戻すかの岐路に立たされるドル円
第二に、ニクソン・ショック以降の変動相場制において観測されてきた、「ドル円は約8年周期でピークアウトする」という長期サイクル論の変調である。
前回のサイクルは、2015年から2024年時点で9年目を経て、終了したかに見えた。
しかし、仮に2024年7月3日の高値である161.95円を今後明確に上抜ける展開となれば、半世紀近く相場を支配してきたこの周期論は事実上、崩壊したと判断せざるを得ない。
その場合、ドル円は既存のアノマリーによる制約から解き放たれ、構造的な円安基調定着リスクを孕む。

チャート:ドル円8年周期論、崩壊間近か否か
以上を踏まえれば、4月28日の日銀金融政策決定会合後の植田総裁会見を経て、ドル円が4月30日に一時160.73円と2024年7月の高値に迫った事実は、政府・日銀にとって重く圧し掛かったに違いない。
同日、当局は遂に伝家の宝刀を抜きドル売り・円買い介入を実施、ドル円は一時155.56円とイラン紛争後の上昇を完全に相殺していった。
日銀が公表した5月7日の当座預金残高見通しのうち、為替介入が反映される「財政等要因」は9兆4,800億円の不足となり、短資会社の予想に基づけば、4兆9,800億~5兆4,800億円の実弾介入に踏み切ったとみられる。
その後も値動きを踏まえれば、5月1日、4日、6日と断続的に介入を行った公算が大きい。
片山財務相は4月30日、「断固たる措置をとるタイミングが近づいている」、「ご外出の時もお休みの時もスマホを離さずに」と発言。
三村財務官も「これは最後の退避勧告」と強調していたが、予告通り介入を実施した格好だ。
4月30日の介入は「いつか来た道」、2024年との類似点
足元の介入は、投機筋のネット・ショートの水準からみれば、妥当だったと言える。
米商品先物取引委員会(CFTC)が発表した投機筋による円先物のネット・ショートは、4月28日週時点で10万2,059枚と2024年7月以来の10万枚台に乗せた。
2022~24年の介入局面での平均のネット・ショートは約12万枚だが、2022年には7万~8万枚でも介入を実施していただけに、時期尚早とは言い難い。
さらに、投機筋の中でもヘッジファンドや商品投資顧問などが含まれるレバレッジ系のネット・ショートも7万5,802枚、特にショート単体は15万7,602枚と2007年10月以来の規模に膨らんでいた。
投機筋のポジションを突き崩す狙いがあったのならば、的を射たタイミングと受け止められる。

チャート:投機筋のネット・ショートは、2024年7月以来の高水準

チャート:レバレッジ系のショート単体では、2007年10月以来の規模に膨らむ
投機筋のネット・ショートが2024年7月以来の水準に積み上がったように、4月30日の介入は2024年、特に4月29日と類似点が確認できる。
日銀会合後の植田総裁会見を契機としたドル円の急伸局面で行われ、2024年4月29日に示された“いつか来た道”の構図が色濃く再現された。
そして、当時と同じく米国あるいは外部要因でドル売り転換を試すタイミングでなかった点も、当時と合致する。
実際、2024年4月と5月に行われた介入後にドル円は再び上昇、同年7月3日に161.95円と1986年以来の高値をつけ、介入を余儀なくされた。
介入規模も、当時の5兆9,185億円と匹敵する水準と試算できる。
もっとも、2022~2024年の介入時と比較すると、今回はボラティリティの急伸が確認できていない。
当時介入を指揮していた神田財務官は「2週間で4%の変動」など、ボラティリティを問題視していた。
しかし、2月23日週から介入直前の4月20日週までドル円の値幅は平均0.6%程度に過ぎない。
しかも現状、円独歩安というよりはイラン紛争に伴う「有事のドル買い」と、その巻き戻しによる他通貨の対ドルでの買い戻しが結果的に円安を招いており、「投機的」かは疑問が残る。
2024年と違いFRBにタカ派シフトのリスクも、「有事のドル買い」は一服の様相
今回の介入も、「いつか来た道」をたどるのか。
片山氏は日米との緊密な連携を強調するが、米連邦公開市場委員会(FOMC)の次の一手が利下げとなる期待は、少なくとも年内において概ね払拭された。
4月FOMCでは、イラン紛争に伴うホルムズ海峡閉鎖の影響で原油高に直面するなか、3名の地区連銀総裁が緩和バイアスの文言解除を要請し、タカ派が台頭しつつある。
特に、ミネアポリス連銀総裁はホルムズ海峡の封鎖が長期化した場合、潜在的に複数回の利上げの必要性が生じうると唱え始めた。

チャート:4月30日から開始した介入、ゴールデンウィークに連鎖も?
一方で、当時とは異なる点で米国との「緊密な連携」が意識される。
トランプ政権は5月1日、4月7日に命じた停戦が延長された結果、イランに対する軍事行動が「終了した」と議会に正式通知した。
5月4日には、「プロジェクト・フリーダム」を開始するとして、各国の船舶を誘導し航行支援すると発表。
さらに、5月6日には米国とイランが終戦に向けた「1ページ覚書」への締結に近づくと報じられた。
米国とイランの軍事衝突の緊張が後退すると同時に、「有事のドル買い」が収束し始めたと言えよう。
こうしたタイミングでのドル買い・円売り介入の陰で、「米国と緊密な連携」があったとしてもおかしくない。
加えて、5月14~15日の米中首脳会談を控え、ベッセント財務長官が訪日する予定を踏まえれば、なおさら両者の連携が意識される。

チャート:2022~2024年の介入時と、足元の状況
5月1、4、6日まで実際に介入があったか否かは、日銀が発表する当座預金残高見通しに注目される反面、小規模では短資会社との乖離が小幅にとどまり判然としない可能性がある。
そうなれば、4月28日から5月27日までの月次ベースが発表される5月29日に、規模感で把握することになりそうだ。
ただし、日次ベースでは8月まで待たざるを得ない。
介入終了のタイミングは? 2つのテクニカルが示すサイン
4月30日に再開し、5月のゴールデンウィーク中も続いたかに見える介入だが、いつ幕引きするのか。
2022~24年の介入局面では、介入翌営業日に陽線が出ると、2024年7月12日を除き追加介入を迫られてきた。
今回も4月30日の介入後、翌営業日の終値が連続で陽線となった後に介入らしき動きを確認。
5月6日に介入が入っていたならば、7日の終値が陽線となるか陰線となるかが、1つの試金石となるだろう。

チャート:介入実施の翌日に陽線引けとなるか否か
神田前財務官時代の介入は「チャートを作りにいっていた」との評価が聞かれるように、ドル円でのトレンドを変化させる意味で効果的だったとされる。
当時の日足のチャートをみると、2022年9月から開始し2022年10月24日で終了した介入時は、一目均衡表の下限を1カ月以内に下抜けることに成功。
200日移動平均線と200日指数平滑移動平均線(EMA)は1カ月以上を要したとはいえ、2カ月以内に割り込んでいった。
2024年5月1日までの2回で幕を閉じた介入は、いずれも成功せず。
同年7月に介入再開に至ったが、当時はFRBの政策転換時期と重なったため、1カ月以内にすべて下抜けを達成した。

チャート:2022年、2024年の介入サイクルでのドル円テクニカル
財務省によれば、3月末の外貨準備は1兆3,747億ドル(約216兆円)で、外貨は1兆1,618億ドル、そのうち証券は1兆ドル、預金は1,617億ドル。
ゴールドマン・サックスは、5兆円規模の介入後も、「最大30回実施できる余力がある」と評価した。
こうした見方は、政府・日銀が介入依存となっているとの市場の見方を裏打ちするかのようだ。
もっとも、介入が再開するか否かは、2024年7月の介入実績を踏まえれば、FRBの政策だけでなく、日銀の利上げが必要であるのは明白だ。
高市政権がガソリン補助金延長を検討するなかインフレ懸念を強めかねないだけに、日銀の利上げ判断がドル円の命運を握ることは間違いない。
特に、欧州中央銀行やイングランド銀行が6月に利上げを行うならば、「有事のドル買い」から転じて、再び金利差を意識した円売りも意識される。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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