トランプ大統領の誕生日にイランとの合意成立も、埋まらぬ解釈の溝
「世界の船よ、エンジンをかけろ。石油を流通させよ」――自身の誕生日である6月14日、トランプ大統領は意気揚々と米国とイランの和平合意成立をトゥルース・ソーシャルに投稿した。
ホルムズ海峡の無料通航許可と米海軍封鎖の即時解除も宣言。
また、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙との28分に及ぶ電話インタビューに応じたトランプ氏は、「多くの大統領がイランとの和平を試みたが、私以前は全員失敗した」と語り、自身の功績を喧伝した。

画像:トランプ氏、イランとの覚書合意を発表
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)
WTI原油先物が覚書合意を受け一時80.00ドルと4月17日以来の80ドル割れに迫り、市場が好感した様子が見て取れる。
とはいえ、トランプ氏とイラン側の覚書内容を比較すると、ホルムズ海峡の即時再開という骨格では両国の認識が一致するものの、トランプ氏やイランのガリババディ外務次官、その他両国がメディアを通じ伝えた内容が示す通り、「解釈の相違」か「根本的な相違」が浮き彫りとなっている。
核開発プログラムの処置こそ、最も深刻な食い違いが残る論点だ。
NYT紙とのインタビューでトランプ氏は、イランが核兵器を「開発も購入もできない」と合意したと主張。
ウラン濃縮停止を「20年、最低でも15年」で交渉中と示唆した上で、イランは軍事利用が不可能な低濃縮レベルに永久に制限されると述べた。
しかしNYT紙は、イランが核不拡散条約を1970年に批准した時点でこれに同意しており、オバマ政権時代の合意の冒頭にも同じ確約が盛り込まれていたと指摘。
つまり、トランプ氏はすでに存在していた誓約を「新たな成果」として提示している可能性があるという。
また、イラン高官がロイターに伝えた覚書草案では、米国はイランが高濃縮ウランをイラン国内で希釈することを包括的合意の下で認める方針だ。
その一方、米政府高官は「高濃縮ウランを破壊または撤去するプロセスが始まる」と説明。
米国が主張する「破壊・撤去」と、「イラン国内での希釈」という処置をめぐる根本的な解釈の溝は埋まっておらず、核プログラム・濃縮活動・高濃縮ウランの具体的な処置はすべて60日以内の交渉に委ねられた格好だ。
ガリババディ氏がタスニム通信に語ったように、覚書の全文は署名後に公開される予定で、どちらの主張が実際の文書に即しているかを確認するには、6月19日のスイス署名式まで待つ必要がある。
ホルムズ海峡の通航権限についても、トランプ氏が「永久に通航料無料」と断言した一方で、イランのアラグチ外相は覚書合意前にオマーンとの海峡管理権維持を主張しており、解釈は真っ向から対立している。
凍結資産の解除規模についても、相違点を確認できる。
イランの凍結資産は世界全体で1,000億〜1,200億ドルに上ると推定されるが、今回の交渉でイラン側が「信頼の試金石」として特に要求しているのは、その一部にすぎない。
ロイターはイラン高官の話として250億ドルの凍結資産解除と報じる一方、イランの準国営メフル通信は覚書の14項目を引用し、総額240億ドルのうち120億ドルを交渉開始前に先行解除し、残る120億ドルを60日交渉期間中に解除するとも報じた。
ガリババディ氏はまた、「60日交渉期間中に全ての一次・二次制裁の終了と、国連安保理および国際原子力機関(IAEA)理事会決議の終了を議論する」と言及している。
これらは、アクシオスが米国当局者から確認した「凍結資産・制裁の解除は最終合意後にのみ実施される」との説明とも、タイミングを含め大きく異なる。
共和党の外交タカ派として知られるグラム上院議員は、すでに「米国とイラン政府の合意に対する見解が異なることを懸念する」と表明しており、制裁解除の範囲をめぐる議会内の反発は今後の交渉の大きな障壁となり得る。

チャート:双方が主張する覚書の内容比較
JCPOAを超える強みと残る懸念材料
両者の主張に根本的な食い違いを確認しつつも、今回の枠組みにはオバマ政権下でのイラン核合意(JCPOA)にはなかった構造的な強みが3つある。
1つ目に、ホルムズ海峡の再開は原油市場と海運データが即座に検証できる履行指標であり、違反を隠しづらい。
2つ目に、経済的な抑止構造だ。
米国の主張通り凍結資産と制裁の解除は最終合意後にのみ実施されるなら、イランが約束を破れば経済的恩恵を失う。
3つ目に、超党派シンクタンクの外交問題評議会が指摘するように、少なくとも米国側によれば核兵器を追求しない確約を盛り込む方針で、「JCPOAにはなかった踏み込んだ内容だ」と評価されている。
一方で、懸念材料も存在する。
覚書合意前に軍備管理協会が懸念した通り、査察・検証メカニズムが明記されていない可能性があり、国際原子力機関(IAEA)の関与も現時点では不明だ。
何より、覚書合意を迎えた6月14日の午前に、ヒズボラがイスラエルへのドローン攻撃を仕掛け、イスラエルが報復した。
覚書合意前にワシントン研究所が指摘したように、代理勢力の統制が依然として最大のリスク要因として残る。
カーネギー財団も警告していた「ホルムズ海峡を抑止力としながら静かに核開発を継続する」シナリオの現実味は、ガリババディ外務次官が「軍の圧力が交渉を促した」と公言したことでむしろ増している。
歴史の韻か、それともパリ和平協定の轍を踏むのか
歴史の韻を踏むかのような既視感が拭えない。
1973年のパリ和平協定は、選挙と世論を背景に撤退を急いだニクソン政権が結んだ枠組みだったが、米軍撤退後に北ベトナムが破棄し1975年4月のサイゴン陥落を招いた。
歴史家ジェフリー・キンボール氏によれば、キッシンジャーは極秘訪中時のメモに「我々は猶予期間(Decent Interval)を望む。それを保証する」と書き記していたという。
キンボール氏はこれをもとに、ニクソン政権が南ベトナムの長期的存続よりも米国の体面を保つための時間稼ぎを優先したと論じた。
現代に視点を移すと、自身の誕生日・建国250周年・中間選挙に向けた「戦争を終わらせた大統領」を急ぐトランプ氏の姿勢は、この構図と重なって見える。
イスラエルが交渉から排除された点も、南ベトナム政府が置き去りにされたパリ協定の構図を連想させる。
もっともトランプ氏はこの批判を先取りするかのように「失敗すれば軍事攻撃を再開するか、米国が中東の守護者として地域収益の20%を受け取る」と明言しており、これがニクソン政権との決定的な違いとなるかどうかが問われている。
米国とイランの合意内容が、トランプ氏が掲げたように「長く美しい平和の始まりとなり得る」のか否か。
ガリババディ氏は覚書に対し「敵への信頼を意味しない。能動的な不信のもとで書かれた」と述べ、さらに「軍の脅しが交渉を前進させた」と公言している。
覚書に対し、双方が正反対の文脈で国内に提示しているこの根本的な認識の乖離こそが、6月19日スイスでの署名式とその後60日間の最終交渉における最大の難所だ。
核プログラムの「破壊か希釈か」、査察メカニズムの設計、制裁解除の範囲――これらが詰められる交渉の帰趨が、この覚書を真の平和への出発点とするか、壮大な時間稼ぎの幕開けとするかを決定づけるだろう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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