米7月雇用統計・NFPの減少は「特殊要因」のみに非ず
米7月雇用統計は、ヘッドラインだけをみれば「特殊要因による一時的な落ち込み」と片付ける余地を残した。
非農業部門就労者数(NFP)が前月比2.3万人減と5カ月ぶりのマイナスに転じた背景には、W杯特需の反動や、公立学校の夏季休暇入りといった要因があるためだ。
実際、発表直後に急落したドル円も、その後は買い戻された。
しかし、詳細を追うと、米労働市場の減速を特殊要因だけで説明するのは難しい。

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今回の雇用統計で重要なのは、NFPの落ち込みだけではない。
過去2カ月分のNFPが合計10.3万人に下方修正された(5月分:12.9万人増→6.3万人増、6月分:5.7万人増→2.0万人増)。
民間部門就労者数も前月比3.0万人増と、過去5カ月連続で増加したなかで最小の伸びにとどまり、平均時給の伸びは前年同月比3.2%と2021年5月以来の低い伸びに終わった。
雇用者数の伸びに加え、平均時給の鈍化からも、労働需給の逼迫が和らぎつつあることがうかがえる。

チャート:民間就労者数の伸び、5カ月連続で増加したなかで伸びは前月に続き最小
一方、家計調査では失業率が4.2%から4.1%と、2024年12月以来の水準へ改善した。
しかし、その裏では労働力人口が前月から26.4万人減少し、労働参加率は61.4%と約5年半ぶりの低水準へ低下した。
就業者数も前月比8.7万人減少しており、失業率の改善をそのまま労働市場の強さと捉えるのは難しい。
労働参加率の低下は、移民の減少か
労働参加率低下の背景には、少なくとも2つの可能性が考えられる。
1つは、求職期間の長期化を受けた労働市場からの退出だ。
27週以上の長期失業者が失業者全体に占める割合は前月の27.3%から25.5%へ低下したものの、なお2021年12月以来の高水準近くにある。
失業者としてカウントされるには過去4週間に求職活動を行っている必要があるため、長期化する求職活動の末に職探しを断念し、非労働力人口へ移る人が一部に含まれている可能性がある。
もう1つが、移民を中心とする海外生まれの労働力人口の減少である。
季節調整前ながら、7月の労働力人口は米国生まれが前月比39.3万人増えた一方、海外生まれは35.6万人減と4カ月連続で減少した。
労働参加率も米国生まれが61.0%から61.1%へ上昇したのに対し、海外生まれは65.6%から65.5%へ低下している。
トランプ政権による移民取り締まり強化を背景に、コロナ禍後に拡大した移民の労働供給が巻き戻されつつある可能性がある。

チャート:労働参加率、米国生まれは上昇も海外生まれ(移民)は低下
もっとも、こうした労働供給側の変化を理由に、米7月雇用統計の弱さを軽視するのは早計だ。
季節調整前の失業率をみると、海外生まれは3.6%から3.3%へ低下した一方、米国生まれは4.6%で横ばいだった。
また、米国生まれの就業率は58.3%から58.2%へ低下している。
NFPの減少、過去分の大幅な下方修正、民間雇用の伸び悩み、平均時給の鈍化まで合わせれば、労働需要の減速を示すシグナルはむしろ広がっている。
移民減少は労働参加率低下を説明する一因ではあっても、今回の雇用統計全体の弱さを打ち消す材料とは言い難い。
市場の反応もそれを裏付けた。
米7月雇用統計を受け、9月FOMCの利上げ織り込み度は44%へ低下し、据え置き予想確率が利上げ予想を約1カ月ぶりに逆転した。
市場の基本シナリオは、雇用統計を境に「9月利上げ」から再び「据え置き」へ傾きつつある。

チャート:FF先物市場、利上げ織り込み度が低下し据え置き予想確率が逆転
米7月CPI、前月から鈍化の見通し
こうしたなか、次の焦点は8月12日発表の米7月消費者物価指数(CPI)となる。
NY連銀の7月消費者期待調査では1年先のインフレ期待が3.6%と前月から小幅に低下し、米7月ミシガン大学消費者信頼感指数・確報値でも1年先は4.2%と6月の4.6%から鈍化した。
米7月ISM製造業景況指数では仕入れ価格指数が71.1と2月以来の水準に低下しており、財価格から消費者物価への上昇圧力もひとまず和らぐ方向にある。

チャート:NY連銀のインフレ期待、1年先は3.6%に鈍化
クリーブランド連銀のナウキャストも、米7月CPIの前年同月比を3.4%(前月:3.5%)、コアCPIも同2.5%(前月:2.6%)と、鈍化を見込む。
市場予想もクリーブランド連銀と同じく3.4%と2.5%、それぞれ前月の3.5%、2.6%を下回る。
なお、米6月CPIの結果は、クリーブランド連銀の予測である3.9%、2.9%から下振れしていた。

チャート:クリーブランド連銀のナウキャスト、前月からの鈍化を予測
期待インフレ、企業の仕入れ価格、CPI予想を合わせれば、現時点ではインフレ再加速を示す材料は乏しい。
米7月CPIが予想通り鈍化すれば、弱い雇用統計を受けて後退した9月利上げ観測はさらに後退し、ドル円には下押し圧力が掛かりやすくなる見通しだ。
もちろん、逆に米7月CPIが明確に上振れた場合に限り、利上げ観測の巻き戻しを視野に入れておくべきだろう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
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