ドル円を押し戻したAI株安、背景に3つの要因
中間選挙を控えた10月の米株相場は、上昇する傾向が確認できる。
カーソン・グループの集計によると、1950年以降の中間選挙の年では10月がS&P500種株価指数の最も上昇率の高い月で、平均3%上昇した。
しかし今年の米株相場は、米9月消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)の上振れや中東情勢を受けた原油高も重なり、AI関連銘柄を中心に崩れ、ナスダック総合指数は16日までの1週間で4.5%下落した。
米10年債利回りはCPI発表後に一時5.329%まで上昇したが、リスク回避の動きで16日には一時5.066%まで低下。
ドル円も158.95円と9月25日以来の高値をつけた後、一転して157.55円まで下落した。
ドルは逃避先として買われず、16日までの1週間でスイスフランは対ドルで0.76%上昇した。
円も対ドルで上昇したものの0.19%にとどまり、ユーロ(0.33%)や英ポンド(0.71%)には及ばなかった。
消費税減税の財源をはじめ、高市政権の脱リフレ姿勢への不透明感が、円買いを限定的とした可能性がある。
AI関連銘柄が売られている背景は、主に3つと考えられる。
1つ目は、借入でAIインフラを築いてきた企業への信用不安だ。
震源は「ネオクラウド」と呼ばれるAI専用クラウドの新興勢の代表格、コアウィーブ。
借入資金でエヌビディア製の半導体を大量に調達し、オープンAIやマイクロソフト、メタなどにAI向けサーバーを貸し出して急成長してきた。
1-6月期の設備投資141億ドルのうち営業キャッシュフローで賄えたのは約4分の1にすぎず、6月末の債務は356億ドルと株主資本の7倍に膨らむ。
それだけに、顧客の稼ぐ力に疑問符が付けば、たちまち資金繰りへの不安に直面する。
最大級の顧客であるオープンAIの年換算売上高は9月下旬に約680億ドルと広く伝えられていたが、10月8日には、同社が投資家に約500億ドルと説明していたとのCNBCの報道が飛び出し、コアウィーブ株は8%近く下落した。
不安は社債にも及んだ。
CPI発表前日の10月13日夜(米国時間)には、著名投資家のチャマス・パリハピティヤ氏が、2026年に発行した2032年満期債(表面利率9.625%)のチャートをXに投稿した。
AI投資がプライベート・クレジットのバブルを生んでいないかとの問題提起に、イーロン・マスク氏は「Yikes(うわっ)」と返信した。
同債の利回りは14日に15.06%まで上昇した。
同日にはコアウィーブ株が15.5%下落し、調査会社ガートナーもネオクラウドの8割超が2030年までに独立した事業を続けられなくなるとの予測を公表。
15日には別の2031年満期債の利回りも15.78%に達し、社債がデフォルトに陥った場合の損失を補う保険の料率にあたる5年物クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の上乗せ幅は、1,194.5bpと過去最高を記録した。
S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスによれば、10%=1,000bpを超える水準は一般に経営不安の目安とされる。
市場が身構えるのには、財務上の理由がある。
4-6月期の純支払利息は6.40億ドルと調整後営業利益の5倍に達し、2028年末までに150億ドルの元本返済を控える。
コアウィーブのマイケル・イントレーター最高経営責任者(CEO)は社員向けのメモで、市場は「誤解し、非合理的に動いている」とし、受注残は債務の返済を十分に支えられると訴えた。
15日にはエヌビディアのジェンスン・フアンCEOが「資金調達コストはむしろ下がっている」と反論し、株価は5.9%戻したが、16日には11.9%安で取引を終えた。

チャート:コアウィーブ、純支払利息は調整後営業利益の5倍に
2つ目は、AI投資に見合う収益が上がるのかという疑問だ。
コアウィーブが債務返済の原資と位置づける受注残1,037億ドルも、大口顧客が契約通りに支払いを続けられるかにかかる。
投資の担い手であるハイパースケーラーにも余裕は乏しく、メタは4-6月期にフリーキャッシュフローが8億ドルまで細り、自社株買いは3四半期連続でゼロだった。
もっとも、貸借対照表には依然として厚みがある。
ファクトセットの7月の分析では、オラクルを除く4社の総債務はEBITDAとほぼ同じかそれを下回る。
ただ、設備投資のうち新たな借入で賄う割合は9%から32%に上昇し、アマゾンが7月に発行した250億ドルの社債も、応募倍率が2.5倍と3月の3.2倍を下回った。
資金の出し手も慎重になり、モルガン・スタンレーの集計では、AI関連の世界の債券発行額(私募債を含む)は6月の1,130億ドルから9月には230億ドルへ急減した。

チャート:ハイパースケーラー5社のフリーキャッシュフローは2026年に赤字に
3つ目は、米金利の高止まりだ。
FF金利先物が織り込む10月の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ確率は、CPIの上振れで一時5割強まで上昇した。
その後は急速に低下し、16日のケビン・ウォーシュ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言が追加利上げを示唆しなかったことも重なって15.5%まで後退したが、12月の利上げ確率は89%と高く、FF金利先物市場は2027年末までに引き続き3回の利上げを織り込む。
米10年債利回りも、引き続き5%台と高水準だ。
借入コストが下がる見通しは立たず、借入頼みのAI投資の採算を圧迫するとの懸念は根強い。

チャート:FF金利先物市場は、引き続き2027年末までに3回の利上げを織り込む
AI関連株の下落は、リスクオフを通じて米債利回りを押し下げるだけでなく、AI投資で潜在成長率2%を上回る成長を続ける米国経済の逆風となりかねない。
蘭INGの試算では、2026年の米成長の約3分の1をAI関連投資が担う。
国際通貨基金(IMF)も13日の世界経済見通しで、AI相場の急な調整を世界経済のリスクに挙げた。
AI企業の資金繰りが行き詰まれば、米長期金利の低下と日米金利差の縮小を通じて、ドル円の下落につながりうる。
中間選挙と州知事選、AI投資に新たな逆風
もう一つの懸念材料が、2週間後に迫った中間選挙だ。
米メディアに当確判定を提供するデシジョンデスクHQの予測では、16日時点で民主党が下院を奪回する確率は77%、上院も56%に上る。
CBSニュースの世論調査でデータセンター建設への反対が賛成を30ポイント上回るなか、バラク・オバマ元大統領は9月10日の非公開の会合で、AIは「手を打たなければ危険になりうる」と発言し、民主党にAIを巡る議論の枠組みづくりを促した。
党内ではすでに課税案も出ている。
マーク・ウォーナー上院議員は効率性や持続可能性の基準を満たさないAIデータセンターをボーナス減価償却の対象から外す法案を、マーク・ケリー上院議員はAI企業の超過利益に50%を課す法案を提出した。
民主社会主義者のバーニー・サンダース上院議員の法案はさらに踏み込み、大手AI企業の株式の半分を一度限りの税として納めさせ、政府系ファンドに組み入れる内容だ。
ドナルド・トランプ大統領の拒否権がある以上、法案がすぐに成立する可能性は低い。
ただ、エバコアISIは、民主党が大勝すれば、データセンター建設の全米規模での一時停止や大幅な増税といった将来のリスクを、市場が前倒しで意識しかねないと見込む。
バンク・オブ・アメリカのストラテジスト、マイケル・ハートネット氏も、民主党が両院を制し、テキサス州知事選でも勝てば米株が1割超下落しうると警告した。
AI投資が減速して成長とインフレの鈍化が鮮明になれば、米利上げ観測の後退と米長期金利の低下を通じて、ドル円が頭打ちとなる場合もあり得よう。
米連邦議会選以上にAI関連相場に直接響きかねないのが、データセンターの建設許可を握る州の知事選だ。
11月には36州で知事選が行われ、ウェルズ・ファーゴによると、データセンターの立地上位10州のうち7州が含まれる。
規制は党派を問わず広がり、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事(民主党)は7月に新設の大規模データセンターへの環境許可を停止し、テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)も9月に環境許可の差し止めを命じた。
調査会社22Vリサーチは、テキサス州で民主党候補が勝てば停止措置が長引き、データセンターに友好的な州は27州から15州程度に減ると予想する。
許認可が遅れれば、建設中の設備119億ドルを抱えるコアウィーブのように、借入で建設を進める企業ほど、収益を生まないまま金利負担が積み上がる。

チャート:州別、2026年の州知事選とデータセンター建設上位10州
日本株と日銀にも余波、今週はエヌビディアとメタに注目
AI株安の余波は、日本の株式市場と銀行にも及びうる。
15日の日経平均株価は前場に4.8%下落し、エヌビディア向けの半導体試験装置を手がけるアドバンテストが13.9%安、オープンAIに巨額を出資するソフトバンクグループが9.4%安となった。
民主党の勝利で米国のAI投資が減速すれば、日本の半導体関連株にも逆風となりかねない。
一方、銀行への波及も見逃せない。
コアウィーブが8月に組んだ26億ドルのGPU担保融資は、格付けが投資不適格ながら、三菱UFJ銀行がJPモルガンと並ぶ組成役に名を連ねる。
同社の資金繰りが行き詰まれば、米銀だけでなく邦銀のAI関連融資にも警戒の目が向きそうだ。
米国発の株安は、日銀の政策判断にも影を落としかねない。
植田和男総裁は6日の挨拶でAI関連需要の拡大を物価の上振れ要因に挙げつつ利上げを続ける考えを示し、内田真一副総裁が代読した16日の挨拶でも同じ方針を繰り返した。
ただ、日本株の調整が長引けば、利上げが遠のく可能性もある。
2024年7月の利上げ直後に株価が急落した際は、次の利上げまで約半年を要した。
利上げの見送りはリスク回避の円買いを打ち消す材料となるだけに、会合に向けた発言のトーンの変化に注意したい。
今週は、20日のエヌビディアGTCでのフアン氏の講演と、21日(日本時間22日早朝)のメタの7-9月期決算が、AI投資の持続性を測る材料となる。
設備投資の積み増しや財務の悪化が示されれば、AI株安から米金利低下、ドル円の下落へと続いた前週の流れが再び強まりうる。
逆に、売上高の伸びが投資の負担を上回り、借入への依存に歯止めがかかれば、AI株の買い戻しとともに米金利が持ち直し、ドル円も底堅さを取り戻そう。
メタは、翌週に続くアルファベットとマイクロソフト(28日)、アマゾン(29日)の決算の先行指標にもなる。
ドル円を動かすドライバーは、物価指標にとどまらず、AI関連企業の信用問題にまで広がりつつある。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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