CHAPTER 01何が決まったのか:ラガルド総裁の退任と後任選び
ラガルド総裁は任期を約9か月残して退任します。後任は、ユーロ圏の国々の合意で決まります。
ECBは10月29日、理事会の結果の公表と同じ日に、ラガルド総裁が2027年2月7日に退任すると発表しました。2019年11月に就任したラガルド総裁の任期は2027年10月末まででしたが、それより約9か月早い退任です。報道によると、ラガルド総裁は会見で、金融政策以外の問題についても自由に発言し、関わりたいと理由を説明しました。次の役職は明らかにしておらず、世界経済フォーラム(WEF)の会長への就任が取り沙汰されています。
退任の時期をめぐっては、2027年春のフランス大統領選挙より前に後任を決められるよう、前倒ししたとの見方も報じられています。ラガルド総裁自身は、選挙との関係についての質問には答えていません。
- ECBがラガルド総裁の2027年2月7日の退任を発表。欧州理事会のコスタ議長が後任選びの手続きを始めると表明
- オランダ政府が、前オランダ中央銀行総裁のクノット氏を候補に指名
- 推薦の締め切り。ユーログループのピエラカキス議長が、候補はデコス氏(スペイン)とクノット氏の2人と発表
- ユーログループで2人の審議を始める
- EUの財務相理事会(ECOFIN)の勧告を経て、欧州理事会(12月17〜18日)での決定が目標と報じられている
2月7日
- ラガルド総裁が退任。新総裁の任期は8年
出所: ECB、報道。11月9日以降は予定・目標
ECB総裁はどうやって決まるのか
ECB総裁の任命は、全会一致ではなく多数決です。ただ、実際には大国のドイツとフランスを含む主要国の合意が欠かせず、ほかの理事のポストと組み合わせた交渉になることが多いとされます。今回も、後で触れるように、2027年前半に入れ替わる3つの席をまとめて決める交渉になるとみられています。
歴代のECB総裁
| 総裁 | 出身国 | 在任期間 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|
| ドイセンベルク | オランダ | 1998年6月〜2003年10月 | ユーロの導入(1999年) |
| トリシェ | フランス | 2003年11月〜2011年10月 | 世界金融危機、欧州債務危機の始まり |
| ドラギ | イタリア | 2011年11月〜2019年10月 | 「ユーロを守るためなら何でもする」発言、マイナス金利と量的緩和 |
| ラガルド | フランス | 2019年11月〜2027年2月7日(予定) | コロナ禍の緊急資産購入、2022年からの大幅利上げ、2026年の利上げ再開 |
| 次期総裁 | オランダかスペイン | 2027年2月〜(任期8年) | クノット氏ならオランダから2人目、デコス氏ならスペインから初めて |
出所: ECB、報道
ECBの28年あまりの歴史では、総裁ごとに直面した課題が大きく異なります。ドラギ総裁の時代は物価の低迷が続き、金利をマイナスまで下げて国債などを大量に買いました。ラガルド総裁の時代は、コロナ禍の後に物価が急上昇し、ECBは2022年7月から大幅な利上げに転じました。物価上昇率は2022年10月に10.6%まで上がっています。2026年は中東情勢によるエネルギー価格の上昇で物価が再び加速し、6月と9月に利上げしています。10月のユーロ圏の物価上昇率(速報)は4.0%と、目標の2%を大きく上回っています。次の総裁は、この物価の再加速への対応を引き継ぐことになります。
CHAPTER 022人のプロフィール
2人とも自国の中央銀行の総裁としてECBの政策理事会に加わり、国際的な金融規制の議長も務めた経歴を持ちます。
出所: BIS、オランダ中央銀行、FSB、各国政府の発表、報道。年齢は2026年11月8日時点
クノット氏は、ユーロが導入された1999年前後にIMFでユーロ圏を担当する部署の立ち上げに関わり、世界金融危機の後はオランダ財務省で金融市場の政策を担当しました。オランダ中銀の総裁としては、トリシェ、ドラギ、ラガルドの3代の総裁のもとで、14年間政策理事会のメンバーを務めました。FSBの議長としては、主要国の金融規制の調整役を務めました。
デコス氏は、スペイン銀行の調査部門の出身で、マクロ経済や財政政策の分析を専門としてきました。ECBの財政政策の作業部会の議長も務めました。スペイン銀行総裁の時期には、コロナ禍と、その後の物価高による利上げを経験しました。バーゼル委員会の議長としては、銀行の自己資本の国際ルール(バーゼルIII)を各国が期限どおりに実施するよう求めてきました。
CHAPTER 03それぞれの特徴と、金融政策の考え方
クノット氏は「タカ派」からの変化、デコス氏は「データ重視の調整役」が特徴です。過去の発言を時系列でたどります。
クノット氏:量的緩和に反対した「タカ派」から、合意をまとめる実務派へ
- ECBの量的緩和(国債などの大量購入)の開始に反対票を投じたことを、オランダのテレビで認める
- ドラギ総裁の最後の緩和策(資産購入の再開など)を、書面の声明で公に批判。「今の経済情勢に見合わない」と述べ、住宅市場での過度なリスクも指摘
- 講演で、気候変動は金融政策の視野に入ると述べ、資金供給の担保などにある「炭素への偏り」を正すよう提案
- 物価高を受けて、7月に0.5%の利上げもありうると発言。ECBは7月に0.5%の利上げを決めた
- 講演で、ユーロがより広く使われるのは欧州にとって良いことだと述べる。国防のための一時的な借金の増加はやむを得ないとし、EUの共同債の拡大も支持
- 14年間の政策理事会での経験をまとめた論考で、資産購入には当初懐疑的だったが、今は政策手段の一つとして認めると説明
出所: オランダ中央銀行、本人の論考、報道
クノット氏は、2010年代に量的緩和やマイナス金利に繰り返し異を唱え、北部の国々の「タカ派」の代表格とみられてきました。一方で、2022年以降の利上げの局面では議論をまとめる役回りも担い、報道によると、フランス政府の関係者は同氏を「タカ派だが、賢いタカ派」と評しています。ラガルド総裁も2025年に、クノット氏について「良いECB総裁になる」と述べ、合意をまとめる力を高く評価しました。近年は、ユーロの国際化や、防衛のためのEUの共同債など、かつての北部の国々では慎重論が強かった分野にも柔軟な姿勢を見せています。
デコス氏:データを重視する技術官僚、財政と金融の安定にも目配り
- コロナ禍の資産購入について、柔軟に運用して国ごとの金利の分断(南欧の国債利回りの急上昇など)を避けることが極めて重要と発言
- 議長を務めるバーゼル委員会が、銀行の気候関連の金融リスクの管理と監督の原則を公表
- 追加の利上げは必要だが、その水準と速さは物価の見通しと景気後退の可能性しだいと発言
- 4%に上げた金利を十分長く続ければ、物価は2%に戻るとの見方を示す
- 6月の利下げが基本シナリオと発言。ECBは6月に利下げした
- BISのトップとして、中東の戦争は物価を押し上げ成長を押し下げると指摘。一時的な供給ショックは見過ごせるが、長引けば必要に応じて行動する用意が要ると述べた。財政の刺激が広く長く続けば物価のリスクが高まるとし、各国に財政の余力の立て直しを求めた
出所: BIS、スペイン銀行、報道
デコス氏は、報道ではタカ派・ハト派(緩和に前向き)のどちらかと明確に位置づけられることは少なく、データを重視する技術官僚、チームプレーヤーと描かれることが多い人物です。2022年の利上げ局面でも、利上げの必要性は認めつつ、景気への影響に目を配る発言が目立ちました。南欧の国の中央銀行の出身として、国ごとの国債の利回りの差が広がり、金融政策の効果が国によって偏る「分断」への備えを重視してきた点も特徴です。一方、BISのトップとしては物価の安定を最優先とする姿勢を明確にしており、財政の膨張への警戒も繰り返し示しています。
テーマ別に比べると
※過去の発言と報道をもとに当社で整理したもので、2人が総裁として取る政策を示すものではありません。
CHAPTER 04総裁になったら金融政策はどう変わる?ラガルド総裁との違い
金融政策は合議で決まるため、急な転換は考えにくい状況です。違いが出やすいのは、議論のまとめ方、危機への対応、市場への発信です。
ECBの金融政策は、総裁を含む役員会の6人と、ユーロ圏21か国の中央銀行総裁の計27人でつくる政策理事会で決まります。総裁は理事会の議長として議論をまとめ、会見で決定を説明する役割を担いますが、1人で金利を決めるわけではありません。そのため、新しい総裁の就任でECBの政策がすぐに大きく変わる可能性は低いとみられます。それでも、理事会の意見が割れたときにどちらに議論を導くか、市場が急変したときにどれだけ早く動くか、会見でどんな言葉を選ぶかには、総裁の考え方が表れます。
ラガルド総裁の時代を振り返ると
ラガルド総裁は、フランスの財務相やIMFの専務理事を務めた弁護士出身の政治家で、中央銀行の出身ではない初めてのECB総裁でした。在任中には、コロナ禍の緊急の資産購入、2021年の戦略の見直しで物価目標を「2%(上振れも下振れも同じように避ける)」と改めたこと、国債利回りの急上昇を抑える新しい手段(TPI)の創設、2022年7月からの大幅な利上げ、そして2024年からの利下げと2026年の利上げ再開がありました。気候変動への対応やデジタルユーロの準備を進め、政治や市場への発信の役割を重視したことも特徴です。2人の候補は、いずれも中央銀行の出身で、政策の細部や金融規制に詳しい実務家である点が、ラガルド総裁との大きな違いです。
※過去の発言と報道をもとに当社で整理した方向感で、将来の政策や相場の動きを示すものではありません。▲上向き・強まる▼下向き・弱まる▶変化は小さい◆まちまち。南欧の国債の▲は利回りの差が縮まりやすい(国債が買われやすい)、▼は差が広がりやすいことを表します。
どちらが総裁になっても、2027年2月に引き継ぐのは、エネルギー価格の上昇で物価が目標を大きく上回り、ECBが利上げを再開した局面です。さらに、フランスの財政や政治への不安から仏国債の利回りが上がり、ドイツ国債との差が広がるなど、国ごとの金利の差も課題になっています。物価を抑えるための利上げと、国債市場の安定をどう両立させるかが、新総裁の最初の試金石になりそうです。
総裁だけでなく、役員会の半分が入れ替わる
2027年の前半には、総裁を含めてECBの役員会の6人のうち3人が入れ替わります。市場操作を担当するドイツ出身のシュナーベル理事は、IMFへ移るため2027年1月3日に退任します。チーフエコノミストのレーン理事(アイルランド出身)も、2027年5月末に任期が切れます。報道によると、ドイツは総裁の座は争わず、シュナーベル理事の後任にドイツの候補を出す方針で、フランスはチーフエコノミストの座を狙っているとされます。1つの国が役員会の席を2つ持たないという慣行もあるとされ、総裁にどちらを選ぶかは、ほかの席の配分と組み合わせた交渉になるとみられています。
出所: ECB、EU運営条約、報道
CHAPTER 05今後の注目点と日程
11月9日のユーログループから、12月中旬の首脳会議までが山場です。決定がずれ込む可能性も指摘されています。
出所: ECB、ユーロスタット、報道。日付は現地時間。ECOFINと欧州理事会での決定は予定・目標で、ずれ込む可能性がある
チェックしておきたい3つのポイント
- ✓候補を1人に絞れるか:11月9日のユーログループは審議の始まりで、その場で決まるとは限らない。絞り込みが長引けば、12月の首脳会議での決定がずれ込む可能性がある
- ✓ほかの理事のポストとの組み合わせ:ドイツ(市場操作担当の理事)とフランス(チーフエコノミスト)の要求と、総裁の人選がどう組み合わされるか
- ✓選ばれた候補の最初の発言:欧州議会の公聴会などで、物価、利上げ、国債市場の安定についてどんな考えを示すか。ユーロ相場の材料になりうる
まとめ
- ✓ラガルドECB総裁が2027年2月7日に退任するのを受け、後任の候補は前オランダ中銀総裁のクノット氏と、BIS総支配人で前スペイン銀行総裁のデコス氏の2人が推薦された
- ✓任命は欧州理事会の多数決で、ユーロ圏21か国のうち16か国以上・人口の65%以上の賛成が必要。11月9日のユーログループから審議が始まり、12月中旬の首脳会議での決定が目標とされる
- ✓クノット氏はかつて量的緩和に反対したタカ派として知られ、近年は合意をまとめる実務派に。デコス氏はデータを重視する技術官僚で、国ごとの金利の分断や財政との関係にも目を配る
- ✓金融政策は27人の理事会で決まるため急な転換は考えにくいが、議論のまとめ方、危機への対応、市場への発信に違いが出る可能性がある
- ✓2027年前半には総裁を含む役員会の3席が入れ替わり、ドイツやフランスの要求も絡む一括の交渉になるとみられる
- ✓新総裁が引き継ぐのは、エネルギー高で物価が4%台に上がり、ECBが利上げを再開した局面。総裁の人選は、ユーロドルやユーロ円の材料にもなりうる
参考資料
- ECB:ラガルド総裁が2027年2月7日に退任(2026年10月29日、英語)
- ECB:シュナーベル理事がIMFへ(2026年9月24日、英語)
- BIS:エルナンデス・デコス総支配人の略歴(英語)
- BIS:デコス総支配人の年次総会での講演(2026年6月28日、英語)
- オランダ中央銀行:クノット総裁(当時)の講演(2025年4月23日、英語)
- EU運営条約 第283条(EUR-Lex、英語)
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