米大統領候補TV討論会後、バイデン氏交代説が浮上
イタリア南部プーリア州に建つスワビアン城は12世紀に築かれ、エメラルドグリーンのアドリア海を臨む。
風光明媚な景観から主要7カ国(G7)首脳会議の晩餐会の場に選ばれたが、そこにバイデン大統領の姿はなかった。
米大統領選を11月5日に控え、資金集めパーティーに参加するためと伝えられたが、高齢不安を意識する声もあった。
その不安が、半月後に的中する。
米大統領選TV討論会で、バイデン氏は覇気に欠けただけでなく、コロナ禍後、自身の政権下で「新たに1万5,000人の雇用を創出した」と発言、「1,500万人」だったところを、自ら言い間違える痛恨のミスを犯した。
言葉に詰まる場面もあり、共和党候補のトランプ氏から「語尾で何を言っているのか分からない」との“口撃”を受ける始末。
討論会終了後もバイデン氏は会場に立ち尽くし、ジル夫人が手を取って退場を手伝わなければならなかった。
一連の結果を受け、討論会直後の6月28ー29日に実施されたCBS/YouGov世論調査結果では、72%が「バイデン氏は出馬すべきでない」と回答、民主党支持者ですら46%に及んだ。
6月28ー30日にCNN/SSRSが実施した世論調査結果でも、「バイデン氏以外の民主党候補ならトランプ氏に勝てる」との回答が75%、民主党支持者の間でも56%と過半数を超えるほどで、バイデン氏の求心力低下は一目瞭然だ。
チャート:バイデン氏は「出馬すべきではない」との回答
オバマ元大統領やハリス副大統領、ブリンケン国務長官など民主党の重鎮がバイデン氏を引き続き支持する姿勢を打ち出す一方で、民主党のロイド・ドゲット下院議員(テキサス州)は撤退を要請。また、ワシントン・ポスト紙によれば、オバマ氏も公式な見解と別に、友人などに対し再選に強い懸念を示したという。
選挙資金集めでも、バイデン氏はトランプ氏にリードを許す状況だ。
トランプ陣営と共和党全国委員会は4-6月期に3億3,100万ドル(約533億円)の選挙資金を集めた一方、バイデン陣営と民主党全国委員会は2億6,400万ドル(約425億円)にとどまった。
結果、トランプ陣営の手元資金が2億8,250万ドル(約455億円)と、バイデン陣営の2億4,000万ドル(約386億円)を逆転した。
バイデン氏の撤退はあり得る?2つのシナリオ
バイデン氏は6月28日、ノースカロライナ州での選挙集会で最後まで戦う不屈の精神を明らかにした。
また、バイデン氏の妻、ジル夫人もファッション誌「ヴォーグ」に登場、戦い続ける方針を表明。
民主党陣営は交代説を払拭するためか、8月19~22日に行われる民主党全国大会以前の7月21日に、バイデン氏を正式候補に指名する方向で検討に入った、との報道もある。
しかし、他ならぬバイデン氏が出馬を取り下げれば、交代とならざるを得ない。
ニューヨーク・タイムズ紙は7月3日、バイデン氏が選挙戦継続か撤退かで検討中と報じた。
バイデン氏は予備選を経て、正式指名に必要な「代議員」の99%を獲得済み。
従って、バイデン氏が後任を推薦する場合が考えられ、その際はハリス副大統領に白羽の矢が立つこととなりそうだ。
新たに立候補するにしても、600人の代議士の支持が必要で、候補となってからも最終的に代議員約4,000人の過半数を獲得しなければならず、ハードルは高い。
民主党内で新たな候補で結束できるか不透明で、混乱をきたす恐れもある。
何より、バイデン陣営が集めた選挙資金2億4,000万ドルは、新たな候補者に譲ることができない。
従って、仮に交代となれば、ハリス氏となるのが自然だ。
一方で、バイデン氏が党大会後の指名を受けた上で撤退するならば、話は異なる。
民主党の規則第8条G項に基づけば、「民主党全国委員会委員長は、米議会の民主党指導部および民主党知事会と協議し、欠員を補充する権限を有する民主党全国委員会に報告するものとする」。
従って、民主党指導部と党委員会員会の過半数が支持すれば、正式な候補が誕生することとなる。
恐らくハリス氏に白羽の矢が立つことになるだろうが、これでは予備選の意味がなくなる。
また、党内の一部で正式候補を決定するなら「民主的」とは言えず、党内だけでなく共和党を含め米国内で批判を招きかねない。
バイデン氏撤退なら、ハリス氏が最有力候補に
賭けサイトでは、バイデン氏撤退ならハリス副大統領が最有力と見込む。
米選挙情報サイトのリアル・クリア・ポリティクスがそれぞれの賭けサイトをまとめたところ、ハリス氏が米大統領選で勝利する確率は7月3日時点で12.8%と、バイデン氏の14.5%に肉薄。
ちなみに、トランプ氏の勝率は55.5%と、今年の春以降で最高となる。
前述したCNNの世論調査でも、ハリス氏に望みを託す有権者の声が確認できる。
バイデン氏とトランプ氏の一騎打ちの場合、トランプ氏の支持率49%に対しバイデン氏は43%と、トランプ氏のリードは6ポイントに及んだ。
しかし、ハリス氏の場合は47%対45%で、トランプ氏との差はわずか2ポイントに縮まる。
78歳で白人男性のトランプ氏に対し、59歳でジャマイカ系黒人の父とインド系の母を持つハリス氏ならば、非白人層や無党派層にアピールできるとの算段もあるのだろう。
チャート:トランプ氏との一騎打ち、ハリス氏なら僅差
バイデン氏の認知機能への不安でハリス氏が急浮上するが、ハリス氏なら勝利できるかというと、不透明だ。
NY在住の黒人男性からは、ハリス氏に対し「同じセリフを使い回す傾向があるほか、論理が明快でないことが多い」と厳しい指摘が聞かれる。
ポリティコ/モーニング・コンサルトが5月28ー29日に実施した世論調査でも、ハリス氏に対し「好ましくない」との回答が52%と過半数に達したほか、「ハリス氏なら米大統領選で勝利できる」との回答は34%に過ぎない。
現行の投票システムが導入されてから、党大会まで約1カ月のところ、予備選で勝利した候補者が出馬を取り下げた前例はない。
1968年の米大統領選では、現職のジョンソン大統領が出馬を断念したが、3月のことだった。
仮にバイデン氏が撤退するなら、新たな歴史が刻まれよう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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