9月FOMCの0.5%利下げ、スタグフレーションへの扉を開けるのか

マーケットレポート

「保険的利下げ」を示唆も、0.5%で利下げ開始の矛盾

「2021年にゼロ金利政策下でインフレ率が9%に達した当時、Fedは0.25%で利下げを開始した。
足元、ウォール街は実質金利が高過ぎるとして0.5%利下げを求めるが、ストーリーの非対称性には驚かされる」――ジョージ・ソロス氏の右腕として知られた著名投資家、スタンレー・ドラッケンミラー氏は、9月17~18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)直前、こう発言したとされる。
市場が0.5%利下げを催促するのも、Fedがそれに従うのも、矛盾を含むと言いたかったのだろう。

その言葉に反し、FOMCはFF金利誘導目標を4.75~5.0%に設定した。
2020年3月以来、4年半ぶりの利下げは、市場予想の0.25%を上回る0.5%で開始。
これは、2001年1月、2007年9月、2020年3月、それぞれITバブル崩壊時、サブプライム問題発生時、コロナ禍突入時といった未曽有の危機に陥った当時の利下げ幅と同じだ。

ブルームバーグによれば、114名のエコノミストのうち0.5%利下げを予想したのはわずか9名だったという。
それもそのはずで、パウエル議長率いるFedが常々発信するように、政策運営が真にデータ次第なら、今回の米利下げ幅については疑問符が付く。

米経済指標を振り返ると、米8月雇用統計は失業率が低下し平均時給の伸びが加速し、雇用はゆるやかながら増加を続けていた。
米8月消費者物価指数(CPI)のコアは前年同月比3.2%、スーパーコア(住居費を除くコアサービス)も同4.5%と前月と変わらず。
アトランタ連銀のGDPナウは米Q3実質GDP成長率につき前期比年率3.0%増と予測し、Q2改定値に並び潜在成長率超えとなる見通しだ。
Fedの二大統治目標は雇用の最大化と物価の安定で、GDPは含まれない。
しかし、十分に需要を抑制していない証左とされ、インフレ目標2%達成の障害となりかねない。

チャート:米CPI、前年比の推移
チャート:米CPI、前年比の推移

チャート:アトランタ連銀のGDPナウ、Q2の改定値に続きQ3も3%成長を予想
チャート:アトランタ連銀のGDPナウ、Q2の改定値に続きQ3も3%成長を予想

米労働市場の一段の悪化を阻止する目的も

今回の利下げは、米労働市場のさらなる減速回避を狙った措置であることは間違いない。
経済・金利見通しでは、失業率について前回6月の2024年の4.0%→4.4%、2025年も4.2%→4.4%と弱い方向へ修正された。
筆者が8月のレポートで予想したように、米雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)が年次基準改定を経て、2024年3月までの1年間で81.8万人の下方修正となった結果も、9月FOMCでの決定を左右したはずだ。
パウエル議長は会見で、「人為的(artificially)」に強い方向で発表され、今後の下方修正を示唆していると指摘。
米労働市場の実態が、当初より冷え込む可能性を念頭に入れた政策決定と見込まれる。
さらにパウエル議長は、移民の急増により、失業率が上昇するリスクについて初めて言及した。
この点についても、過去のレポートで指摘した通り、移民の急増により米労働力人口が増加した結果、雇用の増加ペースが20万人程度でも、失業率が上昇するリスクを認めたと解釈できる。

パウエル議長は、0.5%利下げにつき失業率の上昇とインフレの鈍化に対応したと述べた上で、「後手に回ったことを意味するのではなく、むしろ後手に回らないようにするコミットメント」と明言した。
その上で「米国経済は良好な状態(good place)にあり、本日の決定はそれを維持するためのもの」と説明。
利下げを説明する上で、「再調整(recalibration)」との言葉を複数使用していたのも、あくまで制約的な政策の巻き戻しであることを印象づけた。

従って、今回の利下げは2001年、2007年、2020年当時とは違って危機時の対応ではなく、1995年、1998年、2019年に0.25%ずつ3回利下げした当時のような、いわゆる保険的、あるいは予防的利下げと受け止められよう。

チャート:9月FOMCでの経済・金利見通し、失業率とFF金利見通し・中央値の修正が目立つ
チャート:9月FOMCでの経済・金利見通し、失業率とFF金利見通し・中央値の修正が目立つ

大幅利下げ後、米株安・米債安(利回り上昇)で反応した理由

大幅利下げを経て、米金融市場は教科書通りに反応せず、米株安・米債安(利回り上昇)を迎えた。
主な理由は2つで、1つ目として、ドットチャートで示唆された今後の利下げ幅が市場の失望を誘ったことが挙げられる。
年内2回のFOMCを残すところ、FOMC参加者の予想中央値は、あと0.5%の利下げにとどまり、2025年も1%の利下げ(0.25%ずつなら4回)程度だ。
それぞれ、FF先物市場の事前予想より0.25%分の利下げが不足していた。

もう1つは、インフレ再燃とそれに伴うスタグフレーションへの懸念の先取りが考えられよう。
「新債券王」との異名を持つダブルライン・キャピタルの創業者ジェフリー・ガンドラック氏は、FOMC後に米債利回りが上昇した背景について「米長期債は、インフレを懸念してFRBに積極的な緩和を望んでいない」と発言した。
前述したように、コアCPIやスーパーコアはインフレの粘着性を連想させる。
加えて、パウエル議長が中立金利についてコロナ禍当時を大きく上回る可能性に言及し、その言葉通り中立金利予想を示すFF金利の長期見通し・中央値は上方修正されていた。
潜在成長率が強含むならば、0.5%の予防的利下げは正当化しづらいだけでなく、インフレを再燃させかねない。
折しも、民主党のハリス氏はバラマキ政策を、共和党のトランプ氏は大型減税政策を打ち出すように、米大統領候補がそろって国債発行と財政赤字拡大が取り沙汰される状況だ。

それでなくても、過去を振り返るとインフレ再燃への警戒はあってしかるべきだ。
コロナ禍後の高インフレと比較されやすい1970~80年代、1970年代後半に鈍化した後に上昇を再開、1980年にかけCPIは前年比14%を超え1970年半ばの水準を超えていった。
米労働市場が着実に冷え込むなか、インフレが再燃すれば当時のようなスタグフレーションへの扉を開きかねない。
マーク・トウェインの名言「歴史は繰り返さない、韻を踏む」が思い出される。

チャート:米CPI、1970~80年代と現代の比較
チャート:米CPI、1970~80年代と現代の比較

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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