今年も、夏場に失業率が上昇
「春は別れと出会いの季節」と言われるが、米国を始め欧州各国などで卒業式は5~6月、入学式と新学期は9月にスタートする。
こうした事情から、米国では夏場に失業率が上昇する傾向がある、と過去記事で指摘した。
主な理由として、①夏季休暇で教育関連の雇用が削減される、②就職できなかった新卒者が失業率を押し上げるーーの2つが挙げられる。
米6月雇用統計では、非農業部門就労者数(NFP)が前月比20.6万人増と、市場予想の19.1万人増を上回った。
しかし、失業率は4.1%と2021年11月以来の高水準に。
失業率は5月に続き2カ月連続で上昇し、夏場に失業率が上昇する傾向を今年も踏襲している。
また、失業率をみると、大卒以上の労働参加率が3カ月連続で72.8%だったにもかかわらず、失業率は25歳以上の大卒で2.4%と2021年10月以来の高水準、同じく大学院卒以上は2.6%と、2022年7月%以来の高水準だった。
やはり、卒業シーズンに合わせ新卒者を中心に就職できなかった実態が伺える。
NFPのセクター別をみても、教育・健康は前月比8.2万人増だったが、そのうちヘルスケアが同8.2万人増を占め、民間の教育は同0.7万人減と2カ月連続で減少していた。
失業率は大卒以外に、女性と黒人で上昇
失業率は大卒以上の高学歴のほか、女性と黒人の間で上振れを確認した(奇しくも、2020年米大統領選でバイデン氏勝利をもたらした支持基盤)。
女性は労働参加率が57.3%と6カ月ぶりの低水準だったにもかかわらず、4.0%と2021年11月以来のレベルに上昇。
労働参加率の低下は、職探しをしている失業者の減少も意味するだけに、少なくとも6月は女性に逆風が吹いたと言える。
人種別では白人、黒人、ヒスパニック系でそろって上昇し(注:黒人とヒスパニック系の女性は季節調整前の数字)、特に黒人とヒスパニック系の女性は前月比で1.0ポイントの上振れとなった。
黒人も同様に、労働参加率が62.7%と10カ月ぶりの水準まで低下したにもかかわらず、失業率は6.3%へ上向き、2022年3月以来で最も高い3月の6.4%に接近した。
FRBは2020年8月、平均インフレ率2%を導入するとともに、雇用の最大化に「広範かつ包摂的(broad-based and inclusive)」の意味を加えた。
前者は既にお役御免となったが、後者については7月9日にバー副議長が「金融包摂: 過去、現在、そして未来への希望」と講演を行ったように、足元でも息づいているだけに、インフレが減速すれば女性や黒人など非白人の労働市場に配慮せざるを得ない場面が出てきてもおかしくない。
多様性、公平性、包摂性(DEI)を推進する民主党のバイデン政権下では、なおさら政治的な圧力が強まりうる。
チャート:大卒以上の失業率が上振れ
チャート:女性の失業率は2021年11月以来の高水準
チャート:黒人の失業率は2ヵ月連続で上昇
パウエル議長、「利下げが遅すぎた場合、経済と雇用をリスクにさらす」と言及
労働市場に配慮する種は、1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で撒かれた。
パウエル氏は、質疑応答で「予想外に労働市場が弱まれば、それは確実に早期利下げの判断に影響を与えるだろう」と発言。
同様の文言は3月以降、FOMC会見での冒頭原稿に加えられるようになった。
ただ、6月は、インフレに配慮し「労働市場が予想外に弱まるか、あるいはインフレ率が予想よりも急速に低下した場合、対応する備えができている」と、ハト派トーンが弱まった。
パウエル氏が7月9日に米上院銀行委員会で行った議会証言では一転して、米6月雇用統計の結果を受け、慎重姿勢を保ちながらハト派トーンが強まったと言えそうだ。
パウエル氏はインフレ率が「一段とゆるやかな進展を示し、さらに良好なデータが出れば、持続的に2%へ向かう確信を強めるだろう」と述べた。
また、「長過ぎる金利据え置きは米経済を脅かしうる」、「利下げが少な過ぎる、ないしは遅過ぎた場合、経済と労働市場をリスクにさらす恐れがある」と言及。
加えて、「過去2年間、インフレ鈍化と労働市場の冷え込みの両面で進展があったことを考えれば、我々が直面するリスクはインフレ上昇だけではない」と発言した。
5月FOMC後の質疑応答で放った「インフレ率が前年比で3%以下に低下した今、我々はもうひとつの目標、雇用に焦点を合わせつつある」との路線へ戻ってきたかのようだ。
欧州中央銀行(ECB)年次フォーラムで、パウエル氏が「1年先の失業率は±0.2%を予想…ヒストリカルでみれば、失業率4%は低い」と自信をみなぎらせた時とは、明らかに表現が異なる。
失業率が、サーム・ルールに基づく景気後退入りのサインが点灯しているのも、Fedにとって懸念材料となっているのかもしれない。
サーム・ルール(失業率の直近3ヵ月移動平均と過去1年間での最低水準の差が0.5ポイント以上なら、1年以内に景気後退入りするとの説)を確認すると、6月は過去2カ月間の0.37ポイントを経て、0.43ポイントへ上昇しコロナ禍での景気回復局面で最も0.5ポイントに近づいた。
チャート:サーム・ルール、コロナ禍の回復局面で最も0.5ポイントに近づく
パウエル氏の議会証言内容を受け、米10年債利回りは上昇で反応、つれてドル円も一時161.52円と本日高値を更新した。
パウエル氏が将来の金融政策に関するシグナルを送らないと発言したほか、早過ぎる利下げでインフレ進展が反転するリスクに言及したことも、意識されたのだろう。
パウエル議会証言を受け、FF先物市場での9月利下げ開始の織り込み度は一時70.0%と、前日の71.0%から小幅低下。
逆に、12月の追加利下げ織り込み度は一時47.6%と、若干ながら前日の46.6%にわずかに上昇した。
9月利下げをめぐる市場の反応は、米6月雇用統計で9月利下げ示唆を期待した反動と捉えられよう。
パウエル氏の今回の議会証言を踏まえれば、9月利下げへの扉は少しずつではあるものの、開きつつあるのではないか。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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