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植田総裁、12月利上げの狼煙を上げ打ち止め感払拭にも着手

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植田日銀、1月から観測報道以外の手段で利上げ示唆を開始

植田総裁の就任以降、日銀の金融政策決定会合を前に、各メディアはスクープ合戦を繰り広げてきた。
最も象徴的なのは、会合直前の午前2時に日経新聞が打つ「日経砲」である。
2024年3月19日の日銀会合直前には、「日銀が大規模緩和解除へ、19日決定 長短金利操作も撤廃」と報道。
同年7月会合当日も、午前2時に「日銀が追加利上げ検討、0.25%に 量的引き締めも決定へ」と伝えた。

日経を始め、各社で相次ぐ観測報道の在り方には、疑問も出ていた。
2024年3月会合後の会見で、植田氏は「発信した情報をもとに各社が見方を示したもの」と説明。
7月の追加利上げ後も「情報管理は適切に行っている。観測報道は観測報道として理解しているが、より良い方法があるか検討したい」と述べた。

さらに同年10月のG20では「7月は政策委員による公の場での発信がなく、対話の機会があればより良かった」と振り返った。
有言実行に移しているとみられ、少なくとも2024年9月以降は、午前2時の“日経砲”は確認されていない。

2025年1月には、日銀のコミュニケーション手段に新たな手法が加わった。
氷見野副総裁は1月14日、講演で「来週の金融政策決定会合では、『展望レポート』にまとめる経済・物価の見通しを基礎に、利上げを行うかどうか政策委員の間で議論し、判断したいと思う」と宣言。
植田氏も1月15日の挨拶で、利上げを判断するとのメッセージを送った。
これらが事実上の「通告」となり、実際に3回目の利上げが行われた。
2024年7月の利上げ後に襲った「日本版ブラックマンデー」を経て、植田氏がコミュニケーション手段を明確に転換させたと見るのが自然だろう。

チャート:植田総裁就任後、政策委員会メンバーの講演などの回数
チャート:植田総裁就任後、政策委員会メンバーの講演などの回数

植田氏、補正予算成立後の基調的インフレ押し上げが視野?

そして植田氏は12月1日、講演で自ら12月利上げへの狼煙を上げた。
経済・物価の見通しが実現していくとすれば、利上げが可能との見解を寄せただけでなく、明確に12月18~19日会合の日付に言及し、「次回の決定会合に向けて、本支店を通じ、企業の賃上げスタンスに関して精力的に情報収集しているところ」と述べた。
2026年1月に予定する支店長会議の前に、前回会合で示した、「春闘の初動のモメンタムについて情報を集めたい」とする発言の伏線回収に取り組んだ格好だ。
その上で、「利上げの是非について、適切に判断したい」と言い切った。

植田氏の発言は、11月20日に小枝審議委員の「基調的インフレ率は2%ぐらい」、11月22日付の増審議委員の日経新聞インタビューにおける「利上げをしていい環境は整ってきている」に続く、利上げの地ならしと位置づけられる。
ハト派の野口審議委員も、利上げが早すぎる場合と遅すぎる場合に言及したものの、会見で9月29日時点と同じく、利上げが近づいているとの認識が変わらないとも発言。
12月会合を前に、政策委員会メンバー9人のうち、4人が利上げの布石を打ったことになる。

日本成長戦略会議のメンバーが0.75%までの利上げ後、2026年は見送りと予想していたため、12月に利上げに踏み切ったとしても、打ち止め感が高まりかねない。
今回、植田氏はこうした観測を払拭すべく、講演の機会を活用した。
利上げを行ったとしても「緩和的な金融環境の中での調整であり、例えて言えば、景気にブレーキをかけるものではなく、安定した経済・物価の実現に向けて、アクセルをうまく緩めていくプロセス」と説明。
実質金利がマイナスの過程では、利上げが継続できるとの考えを寄せた。
野口氏も、11月の講演で「時を置いて」と付言しつつ、「小刻みに利上げを行うのが現実的」と発言しており、打ち止め感払拭を狙った深謀遠慮が伺える。
敢えて、リフレ派寄りとされる野口氏に「言わせた」のも、植田流コミュニケーションと捉えられよう。

チャート:日本の実質金利は依然マイナスで緩和的
チャート:日本の実質金利は依然マイナスで緩和的

補正予算をにらみ、今後の利上げへの自由度確保も狙う

もうひとつ、特筆すべきは高市政権での補正予算をめぐる発言だ。
総合経済対策として、ガソリンの暫定税率廃止や電気・ガス代支援、所得税の年収の壁見直し、物価高対応子育て応援手当などが含まれる。
植田氏は講演後の会見で、「総合の物価を押し下げる効果があると思う。一方で、成長や所得を押し上げる影響をもたらし、それは理論的に基調的な物価を押し上げる」と明言。
高市政権の政策に配慮しつつ、物価高継続による利上げの必要性を強調した。
この発言も、利上げ打ち止め観測を暗に否定したものと捉えられよう。

ドル円が155円を超えるドル高・円安進行は、植田氏のインフレ警戒を強める要因となったに違いない。
円安による物価高の影響として、輸入物価を通じ国内物価に転嫁し、「もちろん物価押し上げ要因になる」と明言した。
さらに、「場合によっては基調的インフレにも影響が及ぶ」とも語り、円安を波及経路とした物価高への警戒度を高めた。

さらに植田氏は「緩和度合いの調整が遅れると、米国や欧州で経験したように非常に高いインフレ率になり、政策金利が4~5%にならないといけない、それは混乱を引き起こす。そうならないことによって、息の長い成長が達成できる」と述べた。
官民連携で「強い経済」の実現を目指す高市政権に、利上げへの理解を促そうとする姿勢が垣間見える。
同時に、今後の利上げへ向けた自由度確保も狙っているかのようだ。

ドル円は12月1日、植田発言を受けて急落し一時154.66円をつけた。
もっとも、テクニカル的には2024年7月と2025年1月の高値を結んだトレンドラインを上回ったままだ。
155~160円のレンジから150~155円のレンジへ切り下げるには、利上げ打ち止め感の払拭だけでなく、利上げ継続シナリオを明確化する必要がありそうだ。
植田氏率いる日銀と高市政権のコミュニケーションが、日銀の利上げの道筋と円安是正を占う上で、重要なカギを握ることは間違いない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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