ハセット氏、トランプ政権にて2期連続で仕える数少ない経済閣僚
ジェローム・パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の任期切れを2026年5月15日に控え、ドナルド・トランプ大統領による次期FRB議長選びは佳境を迎えている。
12月2日には、ホワイトハウスで「トランプ口座」に関する重大発表を行う際、出席者を紹介する流れで「素晴らしいメンバーだ。そして、ここには次期FRB議長候補がいるかもしれないな」と言及。
その上で「分からないが、“候補”と言っていいのかな?彼が尊敬されている人物であることは確かだ。ありがとう、ケビン」と語った。
トランプ氏が口にした「ケビン」とは、ハセット国家経済会議(NEC)委員長を指す。
スコット・ベッセント財務長官が主導する選考プロセスでは、当初11人の候補者から5人に絞り込まれ、ハセット氏の他、ケビン・ウォーシュ元FRB理事、クリストファー・ウォラーFRB理事、ミシェル・ボウマンFRB副議長、そしてブラックロックのグローバル債券の最高投資責任者(CIO)を務めるリック・リーダー氏が最終候補に挙げられている。
しかし、トランプ氏が重視する「忠誠心」と「市場での信頼性」という2つの基準を満たす点で、ハセット氏が突出している公算が大きい。
ハセット氏は、トランプ政権1期目の2017年から2019年に大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務め、コロナ禍の2020年には経済政策アドバイザーとして復活し、2期目でも閣僚級として登用された数少ないメンバーだ。
経済閣僚として、トランプ政権との近さは他候補に比べて際立っており、忠誠心の証左とされている。

チャート:トランプ政権、1期目と2期目で閣僚級のポストに就いていた人物
さらに、彼が有力候補と報じられた直後に長期金利が低下したため、市場が彼の起用を「低金利をもたらし得る人物」として受け止めた証拠とされ、トランプ政権にとって重要な政治的資産となった。
ハセット氏自身も「市場の反応は、私がインフレ抑制と低金利を両立できることを示している」と強調している。
このように、ハセット氏は忠誠心と市場での信頼性を兼ね備えただけでなく、長期金利を低下させる人物として、トランプ政権にとって理想的な候補と映っている。
加えて、彼は博士号を持つ経済学者であり、かつてFRBスタッフエコノミストとして勤務した経験もある。
学術的な裏付けと制度的知識を持ち合わせている点も、政権が彼を推す理由の一つである。
ハセット氏、ITバブル崩壊前にダウ3万6,000ドル突破を予想し「大ハズレ」の過去
その一方で、ハセット氏には「汚点」もある。
1999年9月にジェームズ・グラスマン氏と共著で『ダウ36,000』を出版し、3~5年先に当時の1万ドル水準から3万6,000ドル台を予想したが、「最も壮大に予想を外した投資本」で知られる。
実際に、その水準に到達するまでに22年を要した。
ハセット氏は、2021年11月にダウが3万6,000ドルを突破した当時、CNNのインタビューで株式は投資家が考えるほどリスクが高くはなく、割安とした内容について「19世紀初頭から明らかだったパターンを裏付けており、長期的には株式保有に伴うリスクは低下する」と強調していた。
ハセット氏の理論を妥当と判断したのは、カーメン・M・ラインハート氏と共著で2009年に出版した『国家は破綻する――金融危機の800年(原題:This Time Is Different)』で知られるハーバード大学のケネス・ロゴフ教授である。
同氏は2021年9月、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙にて、ハセット氏らの理論は、ペンシルベニア大学ウォートン校のジェレミー・シーゲル教授による1994年の著書『株式投資 長期投資で成功するための完全ガイド(原題:Stocks for the Long Run)』や、1985年に発表されたメーラ=プレスコット論文にある「エクイティプレミアムパズル」をさらに拡張した理論と捉え、株式の長期保有は安全資産より高いリターンをもたらすと強調したものと説明。
株式リスクプレミアムに関する洞察は投資家にとって重要との見解も寄せていた。

チャート:ダウ、1999年以降の月足チャート
ハセットFRB議長誕生で、問われるFRBの「独立性」
ハセット氏が議長に就任した場合、金融政策は緩和方向に傾く可能性が高い。
同氏はこれまで、トランプ政権と足並みをそろえ、FRBの利下げの遅れを批判し、より積極的な緩和を支持する姿勢を示してきた。
自動車ローンや住宅ローンの金利を下げ、国民生活を直接的に支援することを強調している点は、トランプ大統領の政治的メッセージとも一致する。
こうした姿勢は、景気減速や雇用の停滞が懸念される現状において、政権が国民に「生活支援」をアピールするための重要な政策的武器となるだろう。
ただし、緩和バイアスが強まれば、インフレ期待の維持が課題となる。
市場はFRBの独立性が損なわれる可能性に敏感であり、政治的圧力による利下げ観測が強まれば、長期金利のリスクプレミアム上昇や信用スプレッド拡大の懸念もある。
ハセット氏が議長に就任した場合、初期段階でのコミュニケーションが信認確保の鍵を握る。
一方で、ハセット氏は必ずしも政治的圧力に従う人物ではない。
2018年に、トランプ氏がパウエル氏の解任を検討しているとの憶測が流れた当時、ハセット氏は「パウエルFRB議長は100%安全だ」と発言し、FRB独立性を擁護した前例がある。
ハセット氏は回顧録にて、CEA委員長として独自に記者団に語ったものであり、政権の意向を確認せずに発言したと説明。
つまり、ハセット氏はトランプ政権に忠誠心を示しつつも、制度的独立性を守るために自らの判断で行動する可能性を持つ人物とも捉えられよう。
このように、ハセット氏の金融政策は「緩和バイアス」と「独立性維持」の間で揺れ動く可能性がある。
市場にとっては、彼がどのようにバランスを取るかが最大の関心事となるだろう。
FRB理事会・地区連銀総裁未経験から、「FRB議長」抜擢の意味
過去のFRB議長と比較すると、ハセット氏の経歴は異例である。
彼はFRBスタッフエコノミストとしての経験はあるものの、FRB副議長や理事、あるいは地区連銀総裁として政策決定に直接関与した経歴はない。
少なくともポール・ボルカー氏以降、FRB理事会や地区連銀総裁職を務めずにFRB議長に就任した人物は、アラン・グリーンスパン氏1人だけだ。

チャート:ボルカー氏以降、FRB議長に就任した人物の前職
グリーンスパン氏がFRB議長に就任した当時、市場安定のため「政策継続性」を強調してきた。
これは市場に安心感を与え、長期金利の安定を確保するための重要な戦略であった。
しかし、ハセット氏は現行FRBへの批判を繰り返しており、就任時に市場へ安心感を与えるコミュニケーション戦略が不可欠となる。
彼が議長に就任した場合、まずは市場に対して「独立性を守りつつ、データに基づいた政策を行う」というメッセージを発信する必要があるだろう。
また、過去の議長は学術的な背景と制度的な経験を兼ね備えていた。
グリーンスパン氏の後にFRB理事からFRB議長に昇格したバーナンキ氏は学者としての理論的知識を持ち、イエレン氏は副議長としての制度的経験を積んでいた。
パウエル氏も理事としての経験を持ち、内部から昇格した。
これに対し、ハセット氏はホワイトハウスの経済政策に深く関わってきたが、FRB内部での政策決定経験は乏しい。
この点が彼の特異性であり、就任後の政策運営において市場の信認を得るための大きな試金石となる。
もっとも、トランプ氏と言えば「サプライズ好き」であり、必ずしもハセット氏を指名するとは限らない。
何より、ハセット氏がFRB議長として就任するためには、①1月末に期限切れを迎えるミランFRB理事の退任、②FRB議長の任期切れを迎えたパウエル氏による、2028年1月末までの理事としての任期前の辞任――のいずれかが必要となる。
連邦準備法により、理事会は議長・副議長を含む7人で構成されており、法律を改正しない限り定員を増やすことはできないためだ。
パウエル議長の任期は2026年5月15日に満了するが、理事としての任期は2028年1月末まで残っている。
そのため本人が辞任しない限り、議長職を退いた後も理事として在任可能だ。
ミラン氏をFRB理事として残す場合、パウエル氏が辞任しなければ、ハセット氏をFRB議長として送り込むことはできない。
もちろん、ミラン氏が辞任すればハセット氏の就任は可能だが、現状ではトランプ指名の理事は3人にとどまり、多数派に転じることにはならない。
トランプ政権が緩和的な政策を望むなら、多数派の獲得を望むと考えられる。
したがって、トランプ氏が言うように来年早々にハセット氏のような理事会外から指名する場合、トランプ政権が政治的圧力によってパウエル氏の辞任を促す構図につながると考えられる。

チャート:FRB理事会のメンバー

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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