米労働統計局、雇用統計から燻る数字の信憑性
ジョー・バイデン前政権では、米雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)の修正値が頻繁に下方修正されてきた結果、数字の信憑性に疑問が注がれた。
しかし、蓋を開けてみると、①コロナ禍後の季節調整がうまく機能せず、②調査への回答率低下に伴うバイアス(好業績の企業が回答する傾向強まる)、③閉鎖した企業のデータ反映に遅れ――の3つが影響したと考えられている。
NFPの下方修正は足元も続いており、むしろ、2025年1月20日に発足したドナルド・トランプ政権2期目の修正幅(直近以外は速報値と2回目との比較)は平均6.5万人減と、2023年からのバイデン前政権での2.5万人の下方修正幅より大きい状況だ。

チャート:2023年以降の米雇用統計・NFPの下方修正幅、トランプ政権でより大きく
米雇用統計といえば、トランプ氏による米労働統計局(BLS)のエリカ・マッケンターファー局長の解任劇が思い出される。
8月1日に発表の米7月雇用統計で過去2カ月分の下方修正が異例の25.8万人だった結果を受け、発表元であるBLSが「政治的な目的で操作してきた」と糾弾。
解任に合わせBLSの失態を指摘する声明も公表していた。
その後、トランプ政権は新たなBLS局長として、保守派ヘリテージ財団のチーフエコノミスト、E・J・アントニ氏を指名。
しかし、アントニ氏が過去に民主党大統領候補だったカマラ・ハリス氏に対して行った誹謗中傷が問題視され、指名取り下げを余儀なくされたため、副局長だったウィリアム・ウィアトロウスキー氏が局長代行を務めている。
米11月CPI、エコノミストもFRBも重視しない公算
BLSのトップが事実上不在のなかで、今度は米11月消費者物価指数(CPI)に疑問の目が向けられている。
10月1日から11月12日までつなぎ予算が成立せず、政府機関が閉鎖されたため、米10月CPIは調査を実施できず、発表が見送られた。
その影響で、11月分は指数の水準と前年同月比のみ明らかになったわけだが、米11月CPIは前年同月比2.7%、コアCPIも同2.6%と、それぞれ9月の同3.0%から下振れした。
コアCPIに至っては、2021年3月以来の低い伸びとなる。

チャート:米11月CPI、コアは前年同月比で21年3月以来の低い伸び
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のニック・ティミラオス記者は、米11月CPI発表後まもなくXにて「米11月CPIは予想を大きく下回り、コアCPIは11月までの2カ月間でわずか0.2%の上昇にとどまった」と投稿。
10月のデータ欠落を受け「統計担当者が行った調整の妥当性について、疑問を呼ぶ可能性あり」と疑問を呈した。
その他のエコノミストを始め市場関係者も次々に懐疑的なコメントを寄せた。
モルガン・スタンレーのマイケル・ゲイピン米国担当チーフエコノミストは、今回の下振れについて「財・サービスの双方の弱さを反映しているが、一部は手法上の問題による可能性があり、BLSはいくつかの品目で価格を据え置き、実質的にインフレ率を0%と仮定した可能性がある」と指摘した。
全体的に鈍化が顕著だったところ、特に米CPIの約3割を占める帰属家賃や家賃など、住居費で減速が鮮明となった。
11月の帰属家賃は9月と比較で0.27%、家賃は0.13%だった結果を踏まえれば、月次換算でそれぞれ0.13%、0.06%の伸びに相当し、特に家賃についてはほぼゼロに近い。

チャート:帰属家賃と家賃、前月比の推移
その他にも、米11月CPIが下振れした理由が見え隠れする。
例えば、政府機関の再開が11月13日だったため、BLSのCPIデータ収集期間が11月後半に集中した結果、年末商戦の値下げが強く影響し、一部の財カテゴリーに下押し圧力がかかった可能性がある。
一部品目の数字が、米11月CPI結果に反映されていない問題もある。
自動車保険は、バイデン前政権下で一時は前年同月比20%以上も加速し、物価を押し上げてきた。
足元では減速トレンドをたどりながらも、9月は同3.1%だったが、11月には指数自体の数字は、データ欠損に伴い空欄となった。

画像:BLSのデータ、自動車保険の数字は空欄に
(出所:BLS)
だからこそ、一部のエコノミストの間では「FRBが今回の数字を過度に重視しないのではないか」との見方が根強い。
むしろ、政府機関再開後の反動や、年末商戦の値引きの効果が剥落すれば、インフレは再燃するとの観測も聞かれる。
FF先物市場でFedが2026年に2回の利下げを行うとの見通しが引き続き優勢なのは、少なくとも米11月CPIの結果が額面通り受け止められなかったためだろう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
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