トランプ大統領、「有言実行」のベネズエラ攻撃か
ドナルド・トランプ大統領は、就任演説で「約束を守る」と宣言した。
同政権は1月3日の現地時間未明に、ベネズエラを攻撃したが、キャロライン・レビット報道官はXにて、トランプ陣営の47項目の選挙公約を投稿。
10番目に明記された「移民犯罪の蔓延を食い止め、外国の麻薬カルテルを壊滅し、ギャングの暴力を根絶し、凶悪犯を収監する」をハイライトし、約束は守られたと強調した。
出所:Karoline Leavitt/X
画像:レビット氏のX投稿から、トランプ陣営の選挙公約
レビット氏のX投稿にあるように、ベネズエラの首都カラカスの攻撃後、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻が拘束された背景には、「麻薬テロ」などがある。
トランプ政権1期目の2020年3月26日、米国司法省およびニューヨーク南地区連邦検事局(SDNY)は、マドゥロ大統領を含む複数のベネズエラ高官を「麻薬テロ」「コカイン密輸」「武器犯罪」などで起訴した。
パム・ボンディ司法長官も起訴を踏まえ、米国の裁判所において、米国の司法の厳しい裁きを受けることになると説明した。
国連憲章第2条4項は、武力による威嚇および武力の行使を禁止しており、今回の行動が国際法違反に該当するとの指摘が多い。
また、国際慣習法上、現職国家元首は外国の刑事裁判権から完全な免除を享受するとされている。
しかし、トランプ政権はベネズエラ攻撃を数カ月前から用意周到に準備していただけに、同政権なりの正当性を担保しているはずだ。
マルコ・ルビオ国務長官は2025年7月、2024年の大統領選が不正選挙だったとして、マドゥロ氏は「大統領」に非ず、同政権は合法的な政府ではないと主張していた事実が思い出される。
ルビオ国務長官の主張は非常に重要で、トランプ政権は本件を1989-90年の「ノリエガ事件(パナマ侵攻)」と同様の枠組みで扱う可能性を示唆する。
「ノリエガ事件」とは、1989年12月20日に米国が「大義名分作戦(Operation Just Cause)」を実施し、パナマに軍事侵攻して幕を開けた。
目的は、麻薬取引などで米国に起訴されていた実質の独裁者マヌエル・ノリエガ将軍の拘束、パナマ運河の安全確保、在留米国人の保護だった。
作戦は短期間で成功し、ノリエガ将軍は1990年1月3日に投降、米軍により拘束され米国へ移送された。
この侵攻は、国際法上の正当性をめぐり大きな議論を呼んだ。
米国は「自衛権の行使」、「自国民保護」、「条約上の権利」などを根拠として主張したが、国連憲章51条の自衛権要件を満たすか、また武力行使禁止原則(国連憲章2条4項)との整合性については疑問が呈された。
特に、ノリエガの犯罪容疑を理由に他国へ軍事侵攻することが、主権尊重の原則に反するとの批判が強かった。
もっとも、米国には“ケル=フリスビー・ドクトリン”が存在する。
被告人がどのように連行されても、裁判所の管轄権は失われないとする米国法上の原則で、ノリエガ事件の際は、ここに依拠し裁判が行われた。
ルビオ国務長官の見解に基づけば、今回もノリエガ事件と同様に、少なくとも米国内法としては、マドゥロ夫妻を米国内で裁く根拠を与える可能性があり、トランプ政権もここに正当性を見出しているのではないか。
なお、ベネズエラ攻撃およびマドゥロ大統領の拘束、ノリエガ将軍の身柄確保は、奇しくも同じ1月3日である。
また、トランプ政権1期目の2020年1月3日には、イラン革命防衛隊のガーセム・ソレイマニ司令官が米軍の無人機によって暗殺されるなど、歴史が重なる日となっている。

チャート:マドゥロ大統領の拘束と、ノリエガ事件との共通点と相違点
西側諸国の対応には温度差がある一方で、マドゥロ政権の合法性には懐疑的な側面が見受けられる。
もっとも、国際社会で容認されるかは不透明だ。
何より、2025年12月に公表した国家安全保障戦略では、①「米国第一」を軸とした核心利益への集中、②西半球の支配強化、③軍事介入ではなく外交による平和的な紛争終結、④経済安全保障の最優先、⑤同盟国への負担転換――などを柱に掲げていた。
このうち、ベネズエラ攻撃後の会見で、トランプ大統領は②の西半球の支配強化として「モンロー主義」に言及し、極めて重要な位置づけとなっていると説明。
その上で「米国の西半球における支配的地位が再び疑問視されることはない」と強調したため、次はキューバのほか、トランプ政権と対立するグスタボ・ペトロ大統領率いるコロンビア、さらに不法移民とフェンタニルが流入するメキシコにまで広げるのでは、との指摘も聞かれる。
ベネズエラ攻撃で、注視される中国の対応
ただし、現時点で正当な選挙で選出された大統領を狙い撃ちし、今回のような武力で政権移行を促す可能性は低いと考える。
MAGA派自体、海外への関与に慎重派が多いだけに、これ以上の武力介入は中間選挙にも悪影響を及ぼしかねない。
むしろ、今回の問題は米国の裏庭とされる中南米・南米諸国に対する中国の影響力を削ぐ狙いがあると想定され、米中関係の観点で議論されるべきではないか。
中国はベネズエラを中南米・南米の「全天候型戦略的パートナー」と位置づけてきた。
1月3日にトランプ政権がベネズエラを攻撃する直前には、中国特使がマドゥロ大統領と会談し、関係強化をアピールしていた。
中国がベネズエラを重視する理由は、エネルギー確保と中南米戦略の要との位置づけに加え、約600億ドルといわれる同国向け融資の回収が挙げられよう。
チャート:ベネズエラの石油埋蔵量は世界一、重質油だがテキサスやルイジアナの精製所で対応可
チャート:ベネズエラの原油輸出の約85%は中国向け、中国からの巨額融資を受けた石油担保ローンの仕組みが影響
そこへ晴天の霹靂のごとく、トランプ政権がマドゥロ政権を事実上転覆させてしまった。
中国外交部が1月4日、「マドゥロ大統領夫妻の拘束と国外移送に深刻な懸念を表明する」とし、「米国の行為は明らかに国際法と国際関係の基本準則、そして国連憲章の趣旨と原則に違反する」と強く非難したのは、このためだ。
米中関係は、2025年10月30日に実施した米中首脳会談で、関税引き上げやレアアース輸出規制導入の1年先送りで合意した内容に基づき、休戦に入ったと想定されていた。
しかし、ベネズエラ攻撃で、新たな火種が生まれたと言えよう。
足元で、ベネズエラ攻撃に対する為替への影響は限定的だ。
トランプ大統領は1月4日、ベネズエラ攻撃後も米中関係は良好と強調し、4月の訪中も予定通りと明言した。
しかし、仮に中国が米国に対し何らかの報復に出れば、ドル円はリスク選好度低下に伴い、押し下げられうる。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。