パウエルFRB議長、動画と声明で召喚状を受け取ったと明かす
「米司法省がFRBに大陪審の召喚状を送付し、2025年6月に行った上院銀行委員会での私の証言に関連して刑事訴追を警告した」――ジェローム・パウエルFRB議長が1月11日、FRBのウェブサイトに公開した動画の冒頭でこう発言し、世界に衝撃を与えた。
召喚状送付の根拠は、米国家首都計画委員会(NCPC)が2021年に承認したFRB本部の改修工事の費用25億ドルをめぐる証言内容で、ニューヨーク・タイムズ紙は、ワシントンの連邦検察がパウエル氏に対し改修費について偽証したかなど、捜査を開始したという。
パウエル氏は動画にて、「今回の新たな脅し」は「口実」であり、公共の利益に基づき判断し「政策金利を設定したことへの報復」だと強調。
「FRBが今後も証拠と経済状況に基づいて金利を設定し続けられるのか、それとも金融政策が政治的圧力や脅迫によって左右されるようになるのかを問うものだ」と訴えた。
ドナルド・トランプ大統領は1月11日、NBCインタビューで召喚状に関して自身の関与を否定しただけでなく、金融政策とも関係がないと述べた。
もっとも、ブルームバーグによれば、パウエル氏に召喚状を送付する上で主導的な役割を果たしたのはトランプ政権で連邦住宅金融局(FHFA)局長を務めるビル・パルト氏だという。
時計の針を戻せば、2025年6月25日、パウエル氏が上院銀行委員会にてFRB本部の改修について証言を行った後、パルト氏は同年7月2日に「パウエル氏の政治的偏向と、上院での虚偽の証言について調査するよう要請する。これは『(FRB議長の解任根拠となる)正当な理由』に値する」と記した書簡
をXで公開。
また、屋上庭園やVIP専用エレベーター、大理石をあつらえた調度品など過度に豪華な仕様を施した結果、改修工事の費用が「ベルサイユ宮殿並み」に膨らんだと猛批判していた。
このように当時から、パウエル批判の先頭に立っていただけに、頷ける。
ベッセント財務長官は金融市場の混乱をもたらすとして、FRBへの召喚状送付について不満を漏らしたと報じられた。
ベッセント氏と言えば、パウエル氏解任観測が流れた2025年4月と7月にトランプ氏に思いとどまらせた功績で知られる。
また、2025年9月にはパルト氏と激しい応酬が交わされたとの報道も確認されるが、両者が対立するのは想像に難くない。

チャート:パルトFHFA局長、2025年からパウエル批判の急先鋒に
パウエル議長の偽証罪起訴は困難、訴追しても「司法の私物化」で政権に大打撃も
パウエル氏が実際に刑事告訴されるか否かだが、可能性は低いと考えられる。
そもそも、FRB本部の改修費用の財源は、①通貨発行益(シニョリッジ)、保有資産(米国債や住宅担保ローン証券など)から得られる金利収入とFRBが支払う準備預金金利の差、②オペに伴う金利収入(リバースレポの場合は金利を支払う側に)、③金融機関へのサービス提供(決済・口座維持など)――などを基にFRB自らが支出する。
したがって、パルト氏が取り上げた豪華な仕様で改修費用がかさんだとしても、税金を投じているわけではなく、自己責任だ。
だからこそ、トランプ政権は改修工事費用についてのパウエル氏の証言を基に、偽証罪などを含め捜査の対象としている。
ただ、偽証罪の証明は難しいとされ、当時のパウエル氏の証言内容を振り返っても、刑事告訴できる証拠が集められるかは不透明だ。
改修工事の必要性について「安全性に欠け、防水もなされていなかった」と言及。
予算が2024年の19億ドルから25億ドルへ引き上げられた理由は、インフレ加速などに伴い資材や設備、および労務費の「見積もり時と実際の費用の差」が生じたためと説明した。
また、予想を上回る量のアスベストの発見、土壌の有害物質汚染といった「予期せぬ状況」が発生した影響もあったとして、「コスト超過(予算オーバー)については、起きてしまった事実の通り」と認めていた。
もっとも、パルト氏が攻撃したような、高額な設備について否定しており、ここが問題視されるリスクはありうる。
刑事訴追に踏み切るか否かは不透明だが、刑事訴追したとしても、米連邦最高裁判所まで判断がもつれるシナリオが想定されよう。
パウエル氏が5月15日にFRB議長の任期切れを迎えるなか、法廷闘争に突入し、FRBの独立性を脅かし、米国債売り・ドル売りを招くリスクを選択するとは想定しづらいのではないか。
しかも、訴追に踏み切って無罪になれば、トランプ政権は「司法の私物化」という決定的なダメージを負い、逆にパウエル氏を英雄にしてしまうだろう。
共和党上院議員2名、パウエルFRB人事承認阻止に言及
パウエル氏への召喚状送付を受け、トム・ティリス上院議員(ノースカロライナ州)はFRBをめぐる法的問題が完全に解決するまで、次期FRB議長を含め、FRBの人事承認に反対すると表明した。
米上院銀行委員会のリサ・マコウスキー上院議員(アラスカ州)は、改修工事のコスト増を理由にパウエル氏を捜査するなら、議会は米司法省自体を調査すべきと主張。
ティリス氏が人事承認に反対する姿勢は「正しい」との見解を寄せ、追随する姿勢を打ち出した。
同委員会のケビン・クレイマー上院議員(ノースダコタ州)は、パウエル氏がFRB本部ビルの大規模改修工事の予算超過について説明を避けてきており不誠実と批判しつつ、「彼が犯罪者だとは思っていない…FRBへの信認を回復しなければならない」と主張した。
上院での人事承認では、100議席のうち単純過半数で行われる。
足元、共和党は53議席を有し、造反は3名までとなる。
まもなく、トランプ氏が次期FRB議長を指名し、上院で承認が行われる見通しだが、トランプ氏と対立するランド・ポール上院議員(ケンタッキー州)など4人以上が反対にまわり、承認が遅れるリスクが生じかねない。
なお、上院は1月8日に「戦争権限法」に反するとしてトランプ氏の権限の対ベネズエラの追加的な軍事行動を制限する決議案の採決動議を52対47で可決したが、ここではポール氏やマコウスキー氏を含め5人が民主党議員とともに賛成にまわった。
戦後、FRB議長が空席となったのは2回。
1948年にマリナー・エクレス議長が任期切れを迎えたものの、後任のトーマス・マッケイブ議長の指名・承認が遅れたため、代行を務めた。
1978年には、カーター大統領(当時)が大統領権限に基づき、アーサー・バーンズ議長を暫定議長に指定した。
米国連邦法典第12編第244条に基づけば、空席時の副議長の役割として、副議長は議長の「不在(absence)」時に議長を代行し、両者不在時は理事会が「代行(pro tempore)」の議長を選出すると規定されている。
1948年は、これに該当した。
トランプ政権が刑事訴追という未踏の領域に踏み込もうとした理由は、実際に訴追するというより、パウエル氏にFRB理事として残留しないよう、圧力をかける狙いがあったと考えられる。
FRB正副議長・理事の7名のうち、パウエル氏がFRB理事にとどまれば、トランプ派は引き続き3名にとどまるためだ。
しかし、むしろFRB内での結束を高め、パウエル氏が理事として残る決意を促す余地もある、何より、今回の強硬措置の副作用が想定以上に大きくなった場合、次期FRB議長の人事に影響し、足元で限定的となっているドル売り・米国債売りが加速しかねない。

チャート:FRB理事会メンバー、7人の現在の構成

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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