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先進国中銀がコミュニケーション手段刷新へ、日銀に迫る潮流

マーケットレポート

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ECBとFRB、コミュニケーション手段の改革に着手

欧州中央銀行(ECB)がポルトガルのシントラで開催する年次フォーラムといえば、中央銀行トップのパネル・ディスカッションが目玉のひとつだ。
2023年7月に登場した日銀の植田総裁は、金融政策の効果を尋ねられ「私が日銀審議委員を務めた25年前、政策金利は0.2〜0.3%だったが、今はマイナス0.1%だ。少なくとも25年はかかるということだ」などジョークを放ち、話題になったことが思い出される。

今回のECBフォーラムは、先進国の中央銀行トップがコミュニケーション戦略の大転換を刻んだ歴史的な舞台となった。
ラガルドECB総裁を始め、米連邦準備制度理事会(FRB)のウォーシュ議長、イングランド銀行のベイリー総裁、カナダ銀行のマックレム総裁の4人は、2021〜22年のインフレ急騰でフォワード・ガイダンスが機能不全に陥った苦い経験を共有あるいは認識し、「将来を約束する時代」から「判断の枠組みを市場と共有する時代」への移行を確認した。

足元、フォワード・ガイダンスは4つの中銀の間で事実上、撤廃済みだ。
BOEは2013年に「失業率7%を下回るまで利上げしない」という閾値型のガイダンスを導入したが早期に撤回を余儀なくされ、ベイリー総裁が2021年11月に「かなり危険だ」と批判し、柔軟な枠組みへ移行した。
ECBはコロナ禍に「当面利上げしない」と約束したが、2022年2月にラガルド総裁がその約束を事実上撤回し利上げの可能性を示唆、同年7月に「会合ごとのデータに基づく判断」へ舵を切った
BOCも2020年10月に「経済のたるみが吸収されるまで政策金利を据え置く」とコミットしたが、2022年1月に正式にフォワード・ガイダンスを終了した。
FRBは、ウォーシュ氏が議長に就任して初めてとなる6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でフォワード・ガイダンスとなる文言を削除し、欧英加の流れに加わった。

では、シントラが提起したコミュニケーション改革の本質は何か。
ラガルドECB総裁は、パネル・ディスカッション開催前日にフォワード・ガイダンスに代わる「フレームワーク・ガイダンス」の採用を宣言し、①インフレ見通し、②基調的なインフレ動向、③金融政策の波及の強さ、という3基準に基づくリアクション・ファンクション(どのようなデータや条件が揃えば金利を動かすかという政策判断の基準、反応関数)を明示した。
パネル・ディスカッションでは「私が後悔しているのは、フォワード・ガイダンスに縛られ、そうせざるを得ないと感じたことだ」と述べ、過去との決別を図った。

画像:フレームワーク・ガイダンスについて
画像:フレームワーク・ガイダンスについて
(出所:ECB

ウォーシュ議長は6月FOMCでFRB内に5つの外部タスクフォースを設置済みだ。
ウォーシュ議長は、パネル・ディスカッションで、データタスクフォースを通じ「9〜12カ月後には遅行する政府統計から脱却し、新技術でリアルタイムに実体経済を把握したい」と言及。
市場が中央銀行の行動を「約束として」待つのではなく、「どういう条件が揃えば動くか」を理解して先読みできる構造を作る構えを打ち出した。

なお、ブルームバーグによれば、ウォーシュ氏はコミュニケーション・タスクフォースの共同議長には2003〜13年のBOE総裁在任中に「予測は必ず外れる」と予測精度の過信を戒め、「マラドーナ理論」(“動く“と示唆するだけで、市場が先に動き、政策効果が生まれるという考え方)を提唱したキング元BOE総裁に白羽の矢を立てた。

チャート:ウォーシュ氏が立ち上げた5つのタスクフォース
チャート:ウォーシュ氏が立ち上げた5つのタスクフォース

日銀がコミュニケーション手段変更で採り得る、3つの選択肢

この文脈で、日銀固有の問題が浮かび上がる。
日銀が「判断の枠組みの透明化」を進めようとする際に、足枷となっているのが政府との関係だ。
2013年1月に締結され2025年11月に一部改定された政府・日銀アコード(共同声明)は、デフレ脱却を前提に結ばれたものだが、インフレ環境に転換した現在もその枠組みが残存している。
元日銀審議委員で、現在は野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストを務める木内登英氏は、「政府側はアコードを、日銀が積極的な金融緩和を約束したものと理解しており、これが日銀の政策自由度を制約し得る構造が温存されている」と指摘する。

加えて高市政権は骨太の方針原案で「適切な金融政策運営が行われることも非常に重要」と明記し、「日銀法第4条と政府・日銀の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携」するよう日銀に求めた。
木内氏はこれを「日銀法第4条の誤った解釈であり、日銀の独立性を損ねかねない不当な政治介入に当たる」と警鐘を鳴らす。
6月会合の主な意見でも内閣府(城内経財相)から、説明責任を果たすべきなど利上げをけん制する文言が盛り込まれており、この構図は会合の場でも可視化された。

こうした制約のなかで日銀が採り得る手段は3つある。
1つ目は、ECBに倣った「フレームワーク・ガイダンス」への移行だ。
植田総裁は3月の日銀金融政策決定会合後の会見で「公表指標の拡充を通じ、市場も日銀も基調インフレ率に関して共通の見方を持てるよう努力したい」と述べており、この方向性と整合的である。
4月会合後に公表された主な意見でも「利上げ前には日本銀行が必ずシグナルを出す」と受け止められているとすれば、それは好ましくなく、コミュニケーションのあり方を工夫していく必要があるとの文言が確認でき、日銀内部でもこうした問題意識が共有されていることがうかがえる。

2つ目は、ウォーシュ議長が進めるリアルタイム指標の活用で、日銀が独自に収集する企業ヒアリングや生産指数などを政策判断の軸に据えることで、データに基づく独立した判断の透明性を高めることができる。

最後に、アコードの見直しだ。
デフレを前提に締結されたアコードをインフレ環境に即した内容に改めることで、日銀が独立した政策判断を行う根拠を対外的に示し得る。

シントラが示したのは、中央銀行のコミュニケーション改革とは単なる手法の問題ではなく、中銀が政府や市場から真に独立した判断主体として機能できるかどうかという、より根本的な問いに他ならない。
日銀がこの潮流に本格的に合流するためには、コミュニケーション手法の改善にとどまらず、政府との関係の再定義は避けて通れない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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