ホーム » マーケットニュース » 米国が円安是正へ日本と協調、その背景と対価とは

米国が円安是正へ日本と協調、その背景と対価とは

マーケットレポート

Google_ニュース提供元_CTA

日米協調介入、48時間の内幕

高市政権は7月21日、骨太の方針を閣議決定した。
片山財務相は7月30日、「強く豊かな日本投資枠」の創設に合わせ、8月末に各府省庁が提出する概算要求基準について「もはやシーリングと呼ぶべきものはない」と発言
総務省が消費者物価指数の基準改定を予定し、2025年分に上方バイアスがかかった品目が逆に全体を下押しするシナリオも想定されるなか、利上げ期待が後退するリスクを含め、一段安となる「緊張の夏」が警戒されていた。

その緊張は、7月30〜31日の48時間で、別の意味で現実のものとなった。
7月30日、米Q2実質GDP速報値や米6月PCE価格指数の鈍化でドル全面高に陰りが差した直後、日本政府・日本銀行が円買い・ドル売り介入に踏み切り、韓国当局も同時に動いたと報道され、同日にはNY連銀もレートチェックで動いた。
ベッセント財務長官は、FOXビジネスとのインタビューで「円は非常に過小評価されている」、日本経済は好調で「いずれファンダメンタルズが反映されてくることになるだろう」と発言
この日、ドル円は当日高値の163.74円から157.95円と、5.79円も急落した。
日銀が発表した当座預金増減要因と金融調節の「財政要因」の予想と短資会社2社の数字に基づけば、本邦当局は6.4兆~7.25兆円の介入を実施したとみられる。
1日としては、2022年以降で最大規模となる見通しだ。

チャート:2022年以降、日本による介入実績(※7月31日はデータを確認できていないため含まず)
チャート:2022年以降、日本による介入実績(※7月31日はデータを確認できていないため含まず)

7月31日には日銀が政策金利を1%に据え置く一方、植田総裁が「利上げのペースを速める可能性がある」と述べ、半年に1回という従来の利上げペースからの前倒しを示唆した。
この間、三村財務官は「米当局からは単なる精神的支援を超える支援を得ている」と言及
市場関係者の間では、レートチェックだけでなく「米国による実弾介入」が警戒されるなか、NY時間には米財務省が市中銀行に対し、円買いで介入する可能性を告知したとの報道が駆け巡った。
8月1日未明には、ベッセント財務長官の「やることリスト:円買い、50億-100億ドル」と明記された閣議中のメモが拡散される。
続いて、英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙が、米財務省がニューヨーク連銀を通じてユーロを売り円を買う形で介入に加わったと伝えた。

米国自身が円買いに動くのは1998年6月以来、28年ぶりとなる。
2011年にも協調介入を行ったが、G7としてであり、東日本大震災後の円急伸に伴う円売り介入だった。

米国介入を支える資金の仕組みと、ユーロ売り・円買い介入の理由

今回の日米協調介入で、米国がドルではなくユーロを売却するという手法は、変動相場制移行後、前例がない。
とはいえ、米国の為替介入の原資に焦点を当てれば、ユーロ売却は十分にあり得る選択肢だった。
米国の為替介入の原資は、米財務省が所管する為替安定化基金(Exchange Stabilization Fund、ESF)である。
1934年の金再評価益を原資に設立され、毎年の議会歳出承認を経ずに、米財務長官の裁量で運用できる自己完結型の基金だ。
6月末時点で、総資産は約2,170億ドルに達する。
内訳は、IMF特別引出権(SDR)関連が約1,721億ドルと過半を占め、米国債(非市場性)が約245億ドル、外貨建て資産(ユーロ・円)が短期・長期合わせて約188億ドルとなっている。
通貨別では、ユーロ建て資産が約129.5億ドル、円建て資産が約57.9億ドルで、ユーロの保有規模が円のおよそ2.2倍に達する。
今回、ドルではなくユーロを取り崩して円を買った背景には、この資産構成上の事情も指摘できよう。

もう一つの手がかりが、ラガルドECB総裁の6月22日の発言にある。
ラガルド氏はIMFの試算を引用し、人民元が15~16%過小評価されていると指摘、G7を中心とした国際的な為替協議の必要性を訴えた。
同時に、1985年のプラザ合意のような枠組みを人民元に適用することには否定的な考えも示している。
欧州が対中貿易赤字に苦しむ中、通貨の不均衡はドル・円だけでなく、ユーロ・人民元の問題でもあるとの認識が広がっており、米国がユーロを取り崩して円を支えたことは、ドルそのものの信認を損なわずに済むという実務的な利点に加え、通貨の不均衡是正という文脈で欧州との足並みを意識した可能性もある。

ベッセント氏によるメモ「円買い、50億-100億ドル」が取り沙汰されたが、過去の介入実績は2011年3月の10億ドルが最大だ。
ESFのうち外貨資産が約188億ドルである事実を踏まえても、その保有分だけで賄うのは現実的とは言い難い。
ベッセント氏は、5月末にも「resilience(強靭性)」と書かれたメモが撮影された際、記者団に理由を問われた際に笑いながら「みんなが肩越しに覗き込んで写真を撮り、スクープを得たと思ってくれる」と回答
当時は、イラン戦争による原油高発のインフレと、経済への打撃が懸念されていたため、カメラに撮られることを見越して市場・世論に発信したと考えられる。
今回のメモも、円安是正への意図的な市場向けシグナルだったと読むのが自然だろう。

チャート:ESFの外貨建て資産内訳
チャート:ESFの外貨建て資産内訳

チャート:過去の米国による介入実績
チャート:過去の米国による介入実績

ただし、ESFは2025年10月、200億ドルの為替安定化協定(通貨スワップ)をアルゼンチン中央銀行と新規締結した前例があり(実際に使われたのは25億ドルで、同年12月に全額返済済み)、同様の枠組みを日本と結べば規模が膨らむシナリオも意識される。
加えて、FRBと日銀の間には2013年以降常設化された通貨スワップ網(C6)も存在するが、これは本来、金融市場の資金繰り逼迫時のドル・円流動性供給を目的とした仕組みであり、為替介入の原資として転用された前例は確認できていない。

なお、ESFの資産が米国の外貨準備の全てというわけではない。
米財務省の説明によれば、公式準備資産のうちESFの資産となるのは外貨準備とSDRの部分のみで、外貨準備はさらにESFとFRBのシステム公開市場勘定(SOMA)で分割保有されている。
SOMAの外貨資産は米国政府資産ではなく、いかなる政府財務諸表にも計上されない。
IMFリザーブポジションと金は、ESFの資産ではなく財務省一般勘定の資産である。
米財務省が介入を実施する直前の7月24日時点で、外貨準備の合計は約375億ドルで、うちESFの開示分(6月末時点で約188億ドル)を差し引くと、SOMA分はおよそ186億ドルと推計され、歴史的な50対50の折半慣行にほぼ合致する。
米国の公式準備資産総額は、この外貨準備にSDR(約1712億ドル)、IMFリザーブポジション(約311億ドル)、金(約110億ドル)を加えた約2,509億ドルである。

ベッセント氏、協調介入に張り巡らされた計算

ベッセント氏が重い腰を上げて、日本と協調して本格的な円安是正に取り組んだ理由は、3つ考えられる。
その1つが、米国債最大保有国である日本による米国債売却を抑えたいという米側の思惑だ。
日本が単独で介入すれば、原資確保のために米国債を売却し、米債利回りを押し上げる可能性がある。
こうした市場への負荷を避けるため、米国自身が介入に参加し、今後日本が米国債売却による介入を控えるよう、お膳立てしたとみられる。
その意味で、米国が協調介入を実施した7月31日、日本の財務省が米国債を直接売却しなくても、2020年に導入されたFRBの常設ドル資金供給制度「FIMAレポファシリティ」――保有する米国債を担保にドル資金を借り入れる仕組み――を使えばドルを調達できる、とXで説明していた事実は興味深い。

2つ目は、高市政権への援護射撃が考えられる。
足元、高市政権の支持率は皇室典範改正に加え、円安によるインフレ加速もあり、支持率は軒並み低下中だ。
時事通信の世論調査では49%と政権発足以来で最低を更新し、直近のJNN世論調査でも前回から6.7ポイント下落し、59.2%となった。
高市政権は、対米投資5,500億ドルの実現に積極的だ。
さらには、レアアースなど重要鉱物など供給網の再構築、日本版CFIUSと呼ばれる対日外国投資委員会の設立を含め、対中戦略で重要な同盟国だ。
仮に高市氏が辞職に追い込まれ、一連の方針が撤回されれば、トランプ政権には大きな痛手となる。

3つ目に、財政面の計算も透けて見える。
外国為替資金特別会計(外為特会)は、円買い・ドル売り介入を実施すれば、円高時代に取得した外貨資産を現在の円安水準で売却する形になり、差益が生じる。
この差益は現行ルールで3割が外為資金に留保され、7割が一般会計に繰り入れられる。
2025年度は剰余金5兆565億円のうち3兆1300億円が26年度一般会計に繰り入れられ、7,520億円が防衛財源に充当済みだ。
片山氏自身も2月に、7割ルールを外して剰余金を全額一般会計に繰り入れるべきだとの意見について「(今後の)議論で出てきたら検討するのだろう」と含みを持たせている。
ベッセント氏が円安是正に動くことは、結果的にこうした日本国内の財源論議を後押しする面もある。
財源を確保できれば、赤字国債による財政悪化と日本の長期金利急伸を避けられるだけでなく、その波及が米国など世界に及ぶリスクも防げる。

ベッセント財務長官、片山財務相は「さらなる協調介入躊躇せず」

日米両財務相は日本時間の8月3日、今回の協調介入について公式に発信した。
ベッセント氏はXにて、7月31日の協調行動を「無秩序な円の動きに対抗するもの」と位置づけたうえで、「さらなる協調介入への参加を躊躇しない」と表明
「円の大幅な過小評価を是正するための、日本の断固たる市場および金融政策上の措置を強く支持する」とし、日銀の利上げ継続を強調した。
そのうえで「およそ15年にわたる強力な景気刺激策が、持続的で強靭な基調的経済ダイナミズムを生み出したことにより、高市政権は期待高まる新たなアベノミクスの段階を迎えつつある」と締め括った。

片山氏も、「今後、更なる協調介入を実施することも躊躇しない」とベッセント氏と歩調を揃え、今回の介入が2025年9月の日米財務大臣共同声明に基づくものだと説明
米国と歩調を合わせ、日本も将来的にFIMAレポファシリティの活用を予定していると明らかにした。
この後、ドル円は157.80円付近から一気に156円割れまで急落。
日米の協調介入だとすれば、「さらなる協調介入を躊躇しない」との姿勢を、有言実行で示した格好と言える。

一見すると、両者の発言は友好的な協調姿勢で足並みをそろえたように映る。
ただし、ベッセント氏によるXでの「アベノミクス」の言及は、2025年10月の訪日以来、2回目だ。
当時は「アベノミクスが単なるリフレーション政策から、国民の成長とインフレへの懸念のバランスを取るプログラムへと進化したことに対する彼女の深い理解に勇気づけられている」と投稿していた。
こうした事情もあり、米国による協調介入を受け、高市政権は「対価」を支払う可能性に留意したい。

まず、ベッセント氏が就任以来、一貫して訴えてきた日銀の利上げをめぐり今回も言及しただけに、高市政権の消極的姿勢の修正シナリオが想定される。
ベッセント氏は協調介入に踏み切ったその日、Xにて8月末にノースカロライナ州アッシュビルで開催されるG20財務相・中央銀行総裁会議で植田和男日銀総裁と会えるのを楽しみにしていると投稿した。
2025年10月や今年5月など、同氏の訪日や植田氏との会談の後に日銀が利上げに動く傾向があり、今回もその一環と捉えられよう。

チャート:ベッセント氏と日銀のアクション
チャート:ベッセント氏と日銀のアクション

日銀にとっても、この催促に応じる誘因はある。
9月は欧州中央銀行(ECB)やニュージーランド準備銀行(RBNZ)など複数の中銀の利上げが意識される時期で、日銀だけが動かなければクロス円で円が一段安となるリスクが警戒されるためだ。

チャート:ベッセント財務長官の発言、米財務省からの主な発信
チャート:ベッセント財務長官の発言、米財務省からの主な発信

もっとも、対価が利上げだけにとどまるなら、効果は一時的となりかねない。
高市政権が円安を容認するブレーンを重用し続け、財政拡張路線を維持するなら、根本的な方向性は変わらないためだ。
さらに踏み込んで、政府と日銀のアコード見直しにまで至るかが焦点となりうる。
特にデフレ時代に結ばれたこのアコードは、機動的な金融政策の妨げになっているとの見方もあり、修正圧力にさらされてもおかしくない。
それでもアコードが温存されるなら、トランプ政権後に同様のスタンスを持つ政権が続いた場合、円安の構造そのものが再燃する恐れがある。
今回の協調介入は、あくまで急激な変動を抑える対症療法であり、少なくとも日本が金融・財政政策の枠組みそのものに手を付けない限り、円安の病巣は根絶されそうもない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。

この記事をシェアする
一覧へ戻る