CHAPTER 01何が起きたのか:大統領令から株価のストップ安まで
大統領令の公表から1日足らずで、JT株は売り一色になり、日本政府は抗議に動きました。
(ロシア)
- プーチン大統領が、JTの海外子会社JTインターナショナル(JTI)がロシアに持つ製造会社4社の持ち分を、ロシア企業「インダストリアル・アセッツ」の一時管理の下に置く大統領令に署名
- 報道によると、世界的な大手たばこ会社の資産がこの仕組みの対象になるのは初めて
(夜)
- 取引所の時間外に取引できる私設取引システム(PTS)で、JT株は5日の終値より1,500円安い6,269円と、1日に動ける幅の下限(ストップ安)まで売られた
(午前)
- 片山財務相、木原官房長官、赤沢経済産業相が相次いで、ロシアに抗議し「措置の撤回」を至急求めたと説明
- モスクワでは経済産業審議官と外務省欧州局審議官が駐ロシア大使とともに抗議。東京では外務省欧州局長が駐日ロシア大使に撤回を求めた
(東京市場)
- 東京証券取引所では、取引開始からストップ安の6,269円で売り気配が続き、大引けに比例配分で約279万株の売買が成立。終値は前日比1,500円安(19.3%安)
- JTは、4社が一時管理の対象とされたことを確認したと発表。グループへの影響の確認と、今後取り得る対応を進めている
対象になった4社:完成品の工場2つと、原料の加工2つ
| 会社(報道による呼び名) | 場所 | 役割 |
|---|---|---|
| ペトロ | サンクトペテルブルク | たばこの完成品の製造。JTの有価証券報告書に主要な工場として記載(従業員1,042人) |
| JTIドンスコイ・タバク | ロストフ・ナ・ドヌー | たばこの完成品の製造。2018年に買収した現地メーカー |
| JTIエレツ | リペツク州 | 原料(葉たばこ)の加工 |
| クレス・ネヴァ | レニングラード州 | 原料の加工 |
出所: 報道(ロシアの通信社の報道を引用したもの)、JT 有価証券報告書(2025年12月期)。4社目を別の会社とする報道もある。従業員数は2025年末時点
報道によると、ペトロはJTIの投資会社が100%を持つ会社で、ロシアの通信社が伝えた2023年の売上高は730億ルーブル、利益は132億ルーブルと4社の中で最も大きい規模です。JTのロシア事業は、1999年に米RJRナビスコの海外たばこ事業を買収して始まり、「ウィンストン」「キャメル」「LD」などの銘柄で、2007年からロシアのたばこ市場で首位に立っています。
「一時管理」とは:持ち分は残るが、経営はロシア側へ
一時管理は、ロシアが2023年4月の大統領令でつくった仕組みです。欧米がロシアの資産を凍結したことへの対抗措置として、ロシアが「非友好国」とする国の企業の資産を、ロシア政府が指名した管理者の下に置きます。持ち分は元の持ち主に残りますが、経営の判断や資金の動きはロシア側の管理者が握ります。ロシア側は、外国でロシアの資産が取り上げられた場合などに使う「対称的な対応」と説明してきました。
今回の管理者「インダストリアル・アセッツ」について、報道によると、同じ名前のロシア企業が複数あり、どの会社が管理者になったのかははっきりしていません。JTの所有のまま経営の権限だけが移るため、JTが今後、ロシアの事業を連結の対象から外すかどうかも焦点になります。
CHAPTER 02JTにとってロシアはどれだけ重いのか
ロシアはJTの出荷数量の1割強を占め、利益への貢献はさらに大きい市場です。
※子会社の数字は、ロシアでたばこを販売する「JTIロシア」1社の値(今回の一時管理の対象外と報じられている)。JTはロシアの事業の損益を開示していないため目安。報道では、ロシアは調整後営業利益の約25%を占めるとされる
出所: JT 2026年12月期第3四半期決算資料、有価証券報告書(2025年12月期)。割合は当社計算
JTはロシアの事業だけの損益を開示していませんが、有価証券報告書などから規模がわかります。2026年1〜9月のロシアでの出荷数量は599億本で、JT全体の13.7%を占めます。シェアは35.8%と、ロシアのたばこ市場で最大手です。
2025年は、ロシアで物流・卸売を手がける「メガポリス・グループ」への売上だけで4,975億円と、JTの連結売上の14.3%にあたりました。ロシアでたばこを販売する子会社JTIロシア1社の税引前利益は1,463億円で、連結の税引前利益7,398億円の約2割です。報道では、ロシアはJTの調整後営業利益の約25%を占めるとされています。メガポリス向けの売上の割合は2024年の13.6%から2025年は14.3%に上がっており、ロシアでの値上げが続くなか、比重は高まっています。
JTにとって大きいのは、利益だけでなく資産の重みです。JTIロシアの純資産は約5,010億円と、JTの連結の純資産の約12%にあたります。一時管理が長引いたり、安値での売却を迫られたりすれば、この資産の価値を大きく引き下げる(減損する)可能性があります。
JTはロシア事業をどう扱ってきたか
- ウクライナ侵攻を受け、ロシアでの新規の投資と販売促進の活動を停止
- ロシアのたばこ事業をグループの経営から切り離すことを含め、選択肢を検討する方針を表明
- 制裁を守りながら事業を続ける。グループの経営からの切り離しや所有権の移転を含む選択肢を検討しているとし、業績への影響は「合理的に見積もれない」と説明
- 1〜9月期の決算で、通期の業績予想を引き上げ(調整後営業利益は1兆790億円)。ロシアについては同じ説明を続けた
- ロシアが大統領令で、製造4社を一時管理の下に置く
出所: JT の決算短信・有価証券報告書・発表資料、報道
JTは侵攻から4年半あまり、ロシア事業を手放す道を探りながら、事業を続けてきました。ロシアでは外国企業が事業を売るのに政府の承認が要り、大幅な値引きも求められるため(第3章)、大きな事業ほど売却は簡単ではありません。売却の条件が決まる前に一時管理の対象になり、JTは交渉の主導権を持たないまま経営の権限を失いました。
CHAPTER 03前例:一時管理された外国企業はどうなったか
2023年以降、欧米の電力・食品・家電・小売などの企業が対象になりました。返還された例は限られます。
出所: 報道(ロシアの報道機関による2026年9月28日時点の集計)。その後も対象は増えている
一時管理の仕組みができた2023年4月以降、対象になった外国企業は2026年9月末までに28社・グループにのぼります。最初はドイツのユニパーとフィンランドのフォータムの電力会社で、7月にはフランスの食品大手ダノンと、デンマークのビール大手カールスバーグのロシア事業が続きました。
出所: 各社の発表、ロシアの大統領令、報道
結末は大きく3つに分かれます。ダノンとカールスバーグは、管理の下で経営陣を入れ替えられた後、ロシア側が認めた相手に事業を手放しました。フォータムは早い段階でロシアの資産の価値をゼロにし、国際的な仲裁で争う道を選んでいます。所有と経営がそのまま戻ったのはアリストンなど一部にとどまります。
2026年秋、一時管理が相次ぐ
- 仏オーシャン(小売)、スイスのネスレ、仏ルロワ・メルラン系(ホームセンター)などのロシア事業が対象に
- 米アプター(容器)。管理者は旧ダノン・ロシアが名前を変えた会社
- 独メトロ(卸売)
- 仏タルケット(床材)、ベルギーのオンテックス(衛生用品)など5社
- (米中間選挙の投票日)
- JTの製造4社。日本企業では初めてとみられる
出所: ロシアの大統領令、報道
2026年9月以降、欧米の消費財や小売の企業が次々と対象になりました。赤沢経済産業相も、9月以降に西側の企業の資産が一時管理の下に置かれる例が続き、警戒していたと説明しています。JTはこの流れの中で対象になりました。
なぜ今、JTなのか:秋からの流れと、日ロの対立
大統領令は米中間選挙の2日後に出ましたが、選挙の結果との関係を示す発言や報道は見当たりません。一時管理の連続は選挙の前から始まっており、日本が対象になった背景には、日ロの間で積み重なっていた対立があるとみられます。10月には、ロシアが日本の報道機関の記者をスパイの疑いで拘束しています。
ロシア側は、一時管理を欧米によるロシアの資産の凍結への「対称的な対応」と位置づけてきましたが、今回の大統領令では理由を示していません。日本政府は措置の撤回を求めており、ロシア側の反応はまだ明らかになっていません。
なお報道によると、ロシアでたばこを販売する「JTIロシア」と、加熱式たばこの関連の会社は今回の対象に入っていません。ただ、製品をつくる工場の経営が管理者に移れば、販売を含む事業全体の運営に影響が及ぶ可能性があります。
日本企業の前例:サハリンの資源開発(2022年)
出所: 三井物産・三菱商事の発表、ロシアの大統領令、報道
2022年のサハリンの2つの事業では、ロシアが大統領令で運営会社を入れ替えましたが、日本企業は手続きを経て持ち分を保ちました。日本のエネルギーの確保にかかわる事業で、ロシア側にも日本の参加を続けさせる理由がありました。今回のたばこ事業は、ロシア側にとって日本企業に残ってもらう必要性が高いとはいえず、サハリンと同じ道をたどるかは見通せません。
CHAPTER 04株価と相場への影響
JT株は最高値を付けた翌日にストップ安。JTの件が日本株全体に与える影響は限られますが、配当への影響が焦点です。
JT株は、ウクライナ侵攻の直後に2,000円前後まで下げた後、値上げによる利益の伸びや配当の増加を背景に上がり続け、5日の終値は7,769円と、侵攻直後(2022年2月末)の約3.7倍になっていました。5日も5.2%上昇し、最高値を更新したばかりでした。
6日の東京証券取引所では、取引の開始から売りの注文が買いの注文を大きく上回り、ストップ安の6,269円で売り気配が続きました。取引時間中は売買が成立せず、取引の終わりに6,269円(19.3%安)で比例配分が行われ、約279万株の売買が成立しました。
東京証券取引所では、株価の水準ごとに1日に動ける幅(値幅制限)が決まっています。7,000円以上1万円未満の銘柄の幅は1,500円です。売りが買いを大きく上回ったまま取引が終わると、ストップ安の値段で、買いの注文を売りの注文に割り当てる「比例配分」が行われます。
出所: JT 決算短信・有価証券報告書。配当利回りは当社計算
JTは、配当を利益の約75%を目安に決める方針です。ロシアからの利益が業績から外れたり、資産を減損したりすれば、配当の前提となる利益が減る可能性があります。ただ、減損は現金の流出を伴わない損失で、JTは配当の計算から一時的な損失を除くこともあります。次の決算や配当の方針で、ロシアの扱いをどう示すかが注目されます。
JTは財務相が所管する会社で、日本政府はJTの株式の3分の1超を持つ筆頭株主でもあります。6日の日経平均は前日比3,643円(6.0%)安の5万7,434円と大きく下げましたが、主な要因は米国の半導体株の急落を受けたAI・半導体関連株の売りで、JTの件が日本株全体に与える影響は限られます。ロシアの通貨ルーブルも、1ドル=81ルーブル台と大きな動きはありません。
CHAPTER 05今後の注目点とシナリオ
交渉で取り戻せるのか、売却を迫られるのか。JTの次の開示と、日ロの交渉が焦点です。
※各シナリオの影響は、過去の事例と一般的な関係をもとに当社で整理した方向感で、将来の値動きを示すものではありません。▲上昇・▼下落・▶横ばい・◆まちまち
今後の注目日程
出所: JT、東京証券取引所の資料、報道。日時は日本時間
チェックしておきたい3つのポイント
- ✓JTが影響の大きさをいつ、どう示すか:連結からの除外、減損の金額、業績予想と配当の見直しの有無
- ✓日ロの交渉で措置が見直されるか:返還の前例は少なく、交渉は長引く可能性がある
- ✓他の日本企業に広がるか:ロシアで事業を続ける企業や、サハリンの資源開発に参加する商社などへの影響
まとめ
- ✓ロシアのプーチン大統領は11月5日、JTの海外子会社がロシアに持つ製造会社4社を、ロシア企業の一時管理の下に置く大統領令に署名した。持ち分はJTに残るが、経営権は事実上ロシア側に移る
- ✓JT株は5日夜のPTSでストップ安の6,269円まで売られ、6日の東京証券取引所でもストップ安の6,269円で取引を終えた(大引けに比例配分)
- ✓ロシアはJTの出荷数量の13.7%、シェアは35.8%で最大手。販売子会社1社の税引前利益は連結の約2割、純資産は約5,010億円にのぼる
- ✓日本政府は財務相・官房長官・経産相がそろってロシアに抗議し、措置の撤回を求めた。政府はJT株の3分の1超を持つ筆頭株主でもある
- ✓一時管理は9月から欧米の企業に相次いでおり、米中間選挙との関係は確認されていない。背景には、日本企業によるウクライナへのドローン納入やJTIのウクライナ工場を巡る日ロの対立がある
- ✓過去に一時管理された外国企業は、安値での売却や管理の長期化が多く、返還は一部にとどまる
- ✓焦点は日ロの交渉と、JTがロシア事業の連結の扱い、減損、業績予想・配当をどう示すか
参考資料
- JT「2026年12月期 第3四半期決算短信〔IFRS〕」(2026年10月29日)
- JT「Annual Securities Report(有価証券報告書の英訳、2025年12月期)」
- ロシア連邦 法令公布ポータル(大統領令、2026年11月5日)
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