米金利上昇とドル独歩高に揺れる相場
「名人は相場の恐さを知る」というが、10月21日の米債相場の急落(利回りは上昇)を予想した人はそれほど多くないだろう。
米10年債利回りは前日比で10ベーシス・ポイント(bp、1bp=0.01%)超も急伸し、一時4.198%と7月終盤以来の高水準をつけた。
22日には米10年債利回りが一時4.225%に上向くにつれ、ドル円は7月末以来の151円に乗せ、23日の東京時間には一時151.72円へ上値を拡大。
債券利回り上昇は米国だけでなく、欧州や日本にも飛び火しながら、ドル独歩高となった格好だ。

チャート:ドル円、米10年債利回りにつれ上昇、21日以降の5分足チャート
米債利回りの上昇は、米大統領選でトランプ氏の優勢が伝えられるなかで進行した。
米大統領選は、「選挙人制度」を採用する。
各州などに割り振られた選挙人538人のうち、原則として勝者総どり方式で、過半数の分水嶺となる270人を獲得した候補者が勝利する。
従って、激戦7州(ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダ)の結果が戦況を左右する。
英エコノミスト誌は、選挙人制度に基づくモデルを基に、10月22日時点でトランプ氏の選挙人獲得数を276人と予測、再選される見通しを描く。
また、選挙情報サイトのリアル・クリア・ポリティクスが算出した、激戦7州の世論調査平均では、トランプ氏が全ての州でリード。
こうした流れを受け、2017年成立の税制改正法の恒久化、チップを始め残業代の課税廃止の他、海外在住の米国籍保有者への二重課税の撤廃などを含め、米財政悪化が意識されたと捉えられる。
実際、米国連邦議会上下院の元議員らが超党派で構成する「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は10月7日、トランプ氏再選なら、2026~35年度の10年間で財政赤字が7.5兆ドル拡大すると予測、ハリス政権が発足した場合の3.5兆ドルの2倍に膨れ上がる見通しだ。
トランプ氏は減税や関税強化、石油・ガス生産拡大、規制緩和などを通じた成長加速、政府効率委員会設立による「不正と不適切な支払いの排除」などを掲げる。
しかし、CFRBは赤字を補填できるに十分と判断していない。

チャート:トランプ氏の政策に基づく歳出・歳入見通し
米連邦政府の債務残高、過去4週間で4,480億ドルも急増の衝撃
もうひとつ、米債利回り上昇の陰でX(旧ツイッター)の間で取り沙汰されたのが、「35.8兆ドル」という数字だ。
米連邦政府の債務残高で、当然ながら過去最大を更新。
しかも米財務省の日次データによれば、9月末から4,480億ドルの急増となった。
日本円に換算すると約67兆円であり、2021年度の税収ペースに匹敵する規模だ。
このままのペースで債務残高が急増するならば、米国債の借り換えへの不安を抱かせる。

チャート:米連邦政府の債務残高は過去4週間で急増し35.8兆ドル
足元の債務拡大については、バイデン政権下での学生ローン返済免除が押し上げた側面があり、今後もこのようなペースが続くかは不透明だ。
ただ、米国債は今年に続き2025年も借り換えラッシュを迎え、米財務省の資料によれば、米国債の約33%が今後12ヵ月で償還期限を迎えるという。
米国財務省短期証券を除けば、約7兆ドルに及ぶ公算だ。
巨額の借り換えに直面するだけに、「悪い金利上昇」へのリスクが警戒されてもおかしくない。
何より、民主党大統領候補のハリス氏が新たな住宅購入者向けの頭金支給や、免除を含めた黒人起業家向け融資拡大などのバラマキ、トランプ氏も減税などを公約に掲げるだけに、財政健全化への道は開けそうもない。
Fedの利下げ期待後退も、米債利回りとドルの上昇要因に
足元、米利下げ期待の巻き戻しも、米債利回りを押し上げた。
米連邦公開市場委員会(FOMC)で投票権を持つサンフランシスコ連銀総裁が「年内1-2回の利下げが妥当」と発言したほか、ウォラー米連邦準備制度理事会(FRB)理事や、同じく投票権を有するアトランタ連銀総裁など、Fed高官は利下げに急がない姿勢を相次いで表明。
ソフトランディング期待だけでなく、ノーランディング期待が復活、金融政策の運営が「データ次第」なだけに、9月の米雇用統計や米小売売上高など堅調な結果に反応したことは想像に難くない。
一連の米経済指標と発言を受け、年内2回の0.25%利下げ、2025年の利下げ観測が後退し、米10年債利回りを押し上げた。
米10年債利回りにつれながら、ドル・インデックスも200日移動平均線を抜け、10月22日に一時104.09と8月初め以来の水準へ上昇。
ドル独歩高の様相をみせる。
パウエルFRB議長は、9月FOMCで政策金利の「再調整(recalibration)」に言及、中立金利への利下げに言及した。
しかし、仮に米経済が堅調さを維持すれば、その手前で利下げが止まるシナリオも考えられよう。
サンフランシスコ連銀総裁が、名目中立金利につき「3%へ上昇」した可能性に言及していたが、FOMC参加者の長期金利見通し(名目金利の中央値とされる)は2.9%だったが、今後さらに引き上げられる余地を残す。
そうなれば、着地点の修正に合わせ、今後の利下げペースもゆるやかになりそうだ。
実質金利(政策金利と消費者物価指数の前年比の差)をみると、Fedは利下げ余地が大きいものの、インフレ次第ではプラス圏で利下げが止まるシナリオも想定される。

チャート:実質金利、米国は利下げ余地があるように見えるが…
米労働市場が一段と冷え込むリスクも否定できない。
11月1日発表の米10月雇用統計と、米大統領選の結果次第で、再び相場の潮目が変化するリスクに留意しておくべきだろう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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