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日銀は12月利上げの選択肢残す、米国は利下げ中断を示唆

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パウエルFRB議長、12月利下げは「既定路線ではない」と強調

中央銀行関係者は、不確実性が高まる状況を「霧」と表現することが多い。
例えば、植田総裁は7月31日の日銀金融政策決定会合後の会見で、日米関税合意に到達した直後、関税率の引き下げは明確になった一方で「一気に霧が晴れるということはなかなかない」と発言したことが思い出される。

米連邦公開市場委員会(FOMC)が10月28-29日に行われた後の会見では、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が「霧の中を運転する場合、どうするか。速度を落とすだろう。慎重になるかもしれないし、ならないかもしれない。現時点ではその影響がどう出るかは分からない」と述べた。
これは、10月30日で30日目を迎える米政府機関の閉鎖を受け、経済指標が入手できない状況での政策運営について、語った内容だ。

FOMCでは、市場予想通りフェデラル・ファンド(FF)金利誘導目標は0.25%引き下げ3.75-4.0%に設定した。
反対票は前回に続き0.5%の利下げを主張したミランFRB理事のほか、今回新たにカンザスシティ連銀のシュミッド総裁が加わったため、1人から2人に増えた。
このほか、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙など一部メディアが事前に伝えたように、12月1日から量的引き締め(QT)の停止を決定。
声明文では、景況判断が上方修正され、全体的にはタカとハトが交錯する結果だったと言える。

ところが、パウエルFRB議長は会見の冒頭から「12月の対応について、(FOMC参加者の間で)強く異なる見解が示された」と説明した。
次回会合での政策金利のさらなる引き下げは、「既定路線とは言えない(not a foregone conclusion)、むしろ、ほど遠い」とも付言した。
また、2024年の3回にわたる1%の利下げを含め、9月と今回の0.25%ずつの利下げで「1年前と比べて中立金利に1.5%近づいた状況にある」と言及。
「委員会の一部のメンバーにとっては、今こそ一歩引いて、労働市場に本当に下振れリスクがあるのかどうか、あるいは現在見られている力強い成長が実際に本物なのかどうかを見極める時期かもしれない」とも語った。
一部からは「利下げ中断」の可能性についての声も上がったという。

その他、労働市場についても、「ゆるやかに冷え込んでいる(gradually cooling)」と発言するも、「労働市場の弱さが加速しているとは認識していない」と述べ、引き続き失業率も過去水準と比べ低いとの認識を繰り返した。
その他、労働市場が鈍化している主な理由として、「労働供給の急激な減少」を挙げ、引き続き移民の減少によるものと説明。
労働参加率の低下も指摘しており、そのため、失業率が依然として、過去と比較して低水準にあるとの見方を寄せた。
州政府が公表する新規失業保険申請件数は足元で大きな変化もなく、「労働市場や経済のいずれかの部分が著しく悪化しているという兆候は見られない」ともコメントし、労働市場への下方リスクの見方を後退させたも同然だ。

チャート:州政府集計の米新規失業保険申請件数は、急増せず
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パウエル氏の会見内容を受け、12月FOMCでの利下げ織り込み度は10月30日に一時76.4%と、前週の91.1%から低下。
12月利下げに否定的とも言える発言が並んだものの、利下げが織り込まれているのは、①政府機関閉鎖による米指標の弱含み、②9月FOMCもタカ派的な発言が優勢だったものの、10月に利下げを決定――などの事実が意識されているためだろう。

植田総裁率いる日銀は据え置き、12月利上げの選択肢は残す

日銀は10月29-30日に金融政策決定会合を開き、政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標を0.5%程度で維持することを決定した。
9月に続き、高田審議委員が「物価が上がらないノルムが転換し、『物価安定の目標』の実現が概ね達成された」、田村審議員が「物価上振れリスクが膨らんでいる中、中立金利にもう少し近づけるため」との理由で0.25%の利上げ票を投じた。
しかし、一部では利上げ票が2人から3人へ増加する期待が高まっていたため、失望を招いたと言える。

展望レポートでは、前回と比べ概ね変わらず。
今回は、事前報道通り25年度成長見通し、26年度コアコア(生鮮食品、エネルギーを除くCPI)見通しを小幅に上方修正した程度だった。
もっとも、今回据え置きを決定したためか、展望レポートでは「(日銀が注目する)コアは26年度前半にかけ『2%を下回る水準まで縮小』」と明記し、コアコアの上方修正に重きを置いていない。

チャート:10月公表の展望レポート、25年度成長見通しと26年度のコアコア見通しを小幅に上方修正
チャート:10月公表の展望レポート、25年度成長見通しと26年度のコアコア見通しを小幅に上方修正

リスクバランスをめぐる文言は「経済の見通しについては、2026年度は下振れリスクの方が大きい。物価の見通しについては、概ね上下にバランスしている」とし、2025年度の成長見通し上方修正に合わせ、下振れリスクが削除されるにとどまった。

植田総裁は、会見で今後の利上げについて、春闘に焦点を置く姿勢を打ち出した。
昨年から続くこの言葉を受け、利上げを先送りするとの見方が台頭したためか、ドル円は上昇で反応。
しかし、この発言を始め、植田氏の会見内容には12月利上げへつなぐパスが3つ盛り込まれた。

1つ目は、春闘に掛かる言葉だ。
植田氏は「(2026年度の)春闘の初動のモメンタムがどういう感じになるかもう少し情報を集めたい」と言及。
最終妥結点までの「全体図を見る必要はない」とも語っており、3月頃の集中回答を待つわけではないことが分かる。
連合は10月23日に春闘の賃上げ目標5%以上の維持を表明したが、12月には多くの労働組合が集結し方針を決定するだけに、12月18-19日の会合でも利上げは可能と捉えられよう。

2つ目に、12月の予算編成に必ずしも配慮するわけではないとの立場を明確化したことが挙げられる。
植田氏は「予算編成の途中であっても、どういう政策が決まりつつあるか、見通しに織り込みつつ、場合によっては政策変更もありうる」と明言した。

3つ目に、高市政権への配慮について植田氏は「私どもが納得できれば、政策動向にかかわらず、金利を調整していく」と述べた。
もちろん、高市政権とは「常に連絡を密にする必要がある。これまで同様、十分な意思疎通を図りたい」と付言するのも忘れない。
とはいえ、日銀は「法律的に独立性はきちんと担保されている」とも強調した。

以上を踏まえれば、12月会合での利上げの道筋は細いながらも、残っていると判断できるのではないか。

片山財務相は、今回の日銀の据え置き決定について「景気情勢勘案したリーズナブルな判断」と評価した。
同氏は、3月26日にロイターとのインタビューで「ドル円は120-130円台が実力」と言及したものの、「日本も一方的に利上げができるかというと、できることとできないことがあることは米国も分かっていると思う」と発言。
利上げに消極的だった。
高市政権が「責任ある積極財政」を掲げるなか、日銀に利上げで背中を押すとは思えないが、物価高対策に着手するなら、日銀の利上げが肝要と考えられる。

加えて、ベッセント財務長官が訪日に際し、2回にわたって日銀の利上げと円安是正を促す発言を行った。
片山氏は「金融調節をどうすべきかの話はなかった」と否定した。
しかし、このままでは、少なくとも政府機関の閉鎖終了後の11月か12月頃に公表が予想される為替報告書で、再び金融引き締めの継続と対ドルでの円安是正について指摘されてもおかしくない。

画像:片山氏、財務相就任前の過去の為替と日銀金融政策に関する発言
画像:片山氏、財務相就任前の過去の為替と日銀金融政策に関する発言

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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