トランプ政権が中国への態度硬化、「TACOトレード」は通用するのか

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トランプ大統領はTACOトレードに怒り心頭、鉄鋼・アルミ関税で「倍返し」

トランプ大統領が欧州連合(EU)に関税を6月1日から50%引き上げる方針を表明した5月23日、ドル円は1日で1円69銭も変動した。
NYダウも256ドル安で引けたが、下落率は0.6%安にとどまり、4月2日の相互関税発表まもない4月3日の4.0%安、4月4日の5.5%安のような大幅な下落率には至らなかった。

その後、対EUの50%関税引き上げは7月9日に延期されたわけだが、当時、一部の投資家の間ではトランプ政権の関税政策に市場は耐性をつけつつあるとの見方を示していた。

なぜなら、ウォール街で「TACOトレード」が普及していたためだ。
TACOとは「Trump Always Chicken’s Out=トランプはいつも日和る」の略で、トランプ政権の関税措置などを受け米株など市場が急落した場面で、政権が強硬措置を修正し市場が大きく持ち直す動きに合わせ、トレードすべきとの考え方だ。
英フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニスト、ロバート・アームストロング氏が5月2日付けの論説で命名したもので、以下の4つのケースが当てはまる。

①相互関税の90日間停止
②中国への大幅関税→115%の一時引き下げで合意
③EUに6月1日から50%関税示唆→7月9日に後ろ倒し
④パウエルFRB議長の解任示唆→撤回

トランプ大統領は5月28日、執務室でのイベントでCNBCの記者からTACOトレードに関する質問を受け、TACOトレードと、最初に強硬措置を講じる戦略について「それが交渉というもの」と説明。
「高関税を課さなければ、欧州は交渉のテーブルにつかなかった」と言及。
その上で「合意を結べば人は『あいつは腰抜けだ』というんだろう…質が悪い質問だ、二度とするな」と釘を刺した。

タイミングが悪いことに、この質問は5月27日に国際貿易裁判所が①カナダ、メキシコ、中国に対する不法移民とフェンタニル流入を理由とした関税、②世界各国・地域に課した相互関税と一律関税――などを「違法であり無効」として、差し止めを命じた後に飛び出した。

筆者は、この質問を聞いてトランプ氏が最も好きな聖書の一節が「目には目を、歯には歯を」であることを思い出した。
トランプ氏は、屈辱を最も嫌う。
オバマ大統領(当時)が2011年、ホワイトハウス記者晩餐会でトランプ氏を散々こき下ろした当時は、表面上は笑顔で受け止めていたが、米大統領選の出馬を決意するきっかけとなった。
そして、筆者の予想は的中し、トランプ大統領は5月30日、ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外にあるUSスチールの製鉄所で、鉄鋼・アルミの追加関税を2倍の50%へ引き上げる宣言をした。
トランプ大統領を煽れば、「倍返し」の憂き目に遭うと印象付けたと言えよう。

トランプ政権は中国への姿勢硬化、対話の糸口を探る手段か否か

トランプ大統領は5月30日、中国に対しても牙を剥いた。
中国が、5月12日に発表した米中の合意内容を順守していないとトゥルース・ソーシャルにて批判。
これも、強硬姿勢を打ち出し、TACOトレード観測に対抗したように見える。
ただし、トランプ大統領は記者団に対し、近く習近平主席と会談する見通しを述べ、硬軟織り混ぜることを忘れない。
なお、トランプ大統領は5月12日にも「今週末に習主席と電話会談する可能性」に言及したが、当時は特に続報は聞かれなかった。

画像:トランプ大統領、中国を批判
画像:トランプ大統領、中国を批判
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)

中国による米中合意の反故の余波は、留学生にも及ぶ。
ルビオ国務長官は5月28日、トランプ大統領の指導の下で「中国共産党と関係し、重要分野を研究する学生など、中国人留学生のビザを積極的に取り消す」と発表。
今後、中国および香港からの全ての学生ビザ申請審査を強化すると査証基準を強化する方針とも明かした。
ハーバード大学などアイビーリーグと呼ばれる名門校では反ユダヤ主義の活動拡大が問題視され、トランプ政権が干渉していたが、中国人留学生が関与し逮捕されたケースもあり、取り締まりを強化させた格好だ。

画像:ルビオ国務長官の声明
画像:ルビオ国務長官の声明
(出所:米国務省

チャート:米国内の国別留学生数
チャート:米国内の国別留学生数

米国では、トランプ政権だけでなく、米議会も中国への姿勢を硬化させつつある。
ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙は5月28日、トランプ政権が米国の航空宇宙技術や半導体の対中輸出を制限する決定を下したと報道。
例えば、中国国有航空機メーカー、中国商用飛機(COMAC)の商用ジェット機「C919」に使用する製品や技術を米企業が販売する許可を一部停止したという。
「C919」は単通路の旅客機で、実に約4割は、米国や西側諸国の企業から供給されているという。
その他、NYT紙は半導体の電子設計自動化ツール大手ケイデンス、シノプシス、シーメンスなどの企業が販売する、コンピューターチップ設計に使用されるソフトウェアの輸出許可も停止したと伝えた。

米議会では、ロシアがウクライナとの停戦交渉に消極的なことに業を煮やし、超党派議員が対ロ制裁法案を5月21日に提出した。
ロシア産の石油や天然ガスを購入する国に対し、最低500%の関税を課すものだ。
これは、間接的にロシアからエネルギーを購入する中国への圧力を高める狙いがあり、米上院議員100人のうち、80人が賛同しているという。
なお、中国貿易統計によれば、2024年の中国の原油輸入に占めるロシアの割合は2024年に19.6%と、ウクライナ戦争前の2021年の15.5%から上昇。
中国との貿易拡大で、ロシアが戦費を賄っている姿が浮かび上がる。
ただ、トランプ大統領自身は、同法案に慎重姿勢を示す。

ベッセント財務長官は6月1日、CBSのインタビューで、ヘグセス国防長官がシャングリラ・ダイアローグで「中国の脅威」を警告し、アジア同盟国を中心に国防費の増額を要請した件につき、「コロナ禍で中国が信頼できないパートナーであることを思い出させたもの」と指摘した。
その上で、中国と「デカップリング(切り離し)」ではなく、コロナ禍での経験に基づき半導体や医薬品などの重要分野で「デリスク(リスク低減)」に努め、リスク低下の過程にあると説明。
米国だけでなく、世界全体で中国依存度低下の必要性があるとの見方を寄せた。
足元で、レアアースの輸出規制を維持するなか、「中国はグローバルな産業サプライチェーンから必要不可欠な製品の輸出を抑制しており、信頼できる貿易パートナーの行動ではない」とも糾弾。
もっとも、トランプ大統領と習近平主席の電話会談で調整が可能と言及し、今週中にも行われる見通しと結んだ。

チャート:5月12日に発表された米中合意の主なポイント
チャート:5月12日に発表された米中合意の主なポイント

対して、中国商務省の報道官は「中国側は積極的に合意を守っている」とし、トランプ政権側の批判に反発。
むしろ、前述したトランプ政権の輸出規制や中国人留学生へのビザ取り消し問題などを挙げ、「中国に対する差別的な措置を次々に導入し、両国の合意を損なっている」と非難した。
現状、米中は平行線をたどり、両陣営で輸出規制を含めた対立激化のチキンレースが再開したかのようだ。

しかし、スイスのジュネーブで米中閣僚協議が行われた当時の動向を振り返ると、中国側は一貫してトランプ政権と交渉していない立場を表明していただけに、取り付く島もない状態とも言い切れない。
6月14日のトランプ大統領の誕生日、翌15日に習主席の誕生日を控え、再び歩み寄りがみられるのか。
少なくともトランプ大統領、ベッセント財務長官、そしてホワイトハウス高官と米政権側が電話会談に再三言及している様子は、中国側の面子に配慮しているように映る。
同時に、中国に対してはTACOトレードが引き続き通用するか、試されそうだ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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