トランプ政権初の為替報告書、日銀の引き締め策継続を推奨
「日銀は国内の経済基盤に対応し、金融引き締め(tightening)を継続すべきで、対ドルでの円安の正常化(normalization)と二国間貿易の必要な構造的リバランスにつながる」――6月5日、トランプ政権で初めて公表された為替報告書では、日本についてこのような文言が新たに加わった。
ベッセント財務長官は2月5日、日米首脳会談を前に植田総裁とオンライン会談を行った意味が、改めて示されたと言えよう。
日米通商協議では、ベッセント氏や加藤財務相が明言するように、「為替の水準」こそ、協議していないとされる。
しかし、米財務省は日銀の金融政策について、敢えて「引き締め」との表現を使い、日銀の利上げの継続を推奨しただけでなく、対ドルでの円安の「正常化」が望ましいとの見解を寄せた格好だ。
なお、為替報告書は「1988年の包括通商・競争力法」に基づき、半期に一度公表される。
「2015年の貿易円滑化・貿易執行法」に基づく3つの基準、①対米貿易黒字額、②経常黒字、③ネット為替介入規模――のうち、3つ該当すれば「為替操作国」、1-2つで「監視対象国・地域」と認定される傾向がある。
為替操作国に認定されれば、米国と二国間協議を求められ、関税を含め制裁措置が検討される。
6月公表分の為替報告書では、「監視対象国・地域」には日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム、ドイツのほか、新たにアイルランドとスイスが追加され、9カ国・地域に増えた。
チャート:2016年以降の「為替操作国」及び「監視対象国・地域」
植田総裁、「不確実性」を強調し次回利上げへの明言避ける
6月16ー17日に開かれた日銀金融政策決定会合では、無担保コール翌日物レートを0.5%で据え置き、国債買い入れ減額ペースの引き下げを決定。
ロイターを始めとした報道通りの結果となった。
国債買い入れ減額ペース引き下げについては、2026年1ー3月まで毎四半期4,000億円から、同年4ー6月以降は2,000億円へ引き下げる。
結果として、2027年1-3月に国債買い入れ額は月額2兆円程度となる見通しだ。
日銀の試算では、2027年3月の日銀の国債保有残高は、減額開始前の24年6月と比較し、およそ16〜17%減少するという。
なお、2024年末の国債保有残高は約560兆円となる。
今回と同様に、2026年6月会合で、中間評価を行う予定だ。
植田総裁は会見で、今回の国債買い入れ減額ペースの圧縮の決定について、市場の安定と機能回復が狙いとし、将来の国債市場の不安定さを未然に防ぐための措置と説明した。
裏を返せば、金利低下を狙ったものではないとの考えを示したと言えよう。
国債買い入れ減額は続けるため、金融政策の正常化を維持しているとはいえ、「金利低下=円安」を意図した措置ではないとのメッセージとも受け取れる。
ただし、植田総裁は今後の利上げについては明言を避けた。
利上げを判断する上で重視するデータについて問われた際、「どのタイミングで利上げをするのかという話の、まだ手前の段階だ」と言及。
関税と賃金の波及効果について質問された場面でも、「例えば冬のボーナス、来年の春闘にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。それについて、いつになったら影響の度合いが分かるのか、それは悩ましい」と述べた。
日米通商協議が長引けば、それだけ利上げのタイミングが後ずれするのかとの質問にも、「見守るしかない」と応じつつ、後ずれすればするほど「通商政策をめぐる状況は不確実になる」と言及。
利上げについては、通商政策を始め「不確実性」の言葉を繰り返し、「様々なデータや情報の総合判断」で利上げを見定めていく姿勢を強調するにとどめた。
植田総裁の発言を踏まえれば、為替報告書で推奨された「引き締めの継続」はどこ吹く風、年内の利上げを念頭に入れているようには見えない。
日本の実質金利はマイナスが続く
日銀は4月、5月に続き金利据え置きを決定した。
もっとも、消費者物価指数(CPI)の伸びは加速しつつあり、5月は生鮮食品を除くコアが前年同月比3.5%と2023年1月以来、コアコア(生鮮食品及びエネルギーを除く)は同3.0%と、14カ月ぶりに3%に乗せた。
植田総裁はそれでも、会見でCPI総合が3%を超える状況ながら、基調的インフレ率は2%以下との見方を維持。
ビハインド・ザ・カーブに陥っていないとの認識を示し、今後、高騰するコメなど食料品の減衰を見込む。
チャート:全国CPI、コアとコアコアは加速中
足元でインフレが加速するなか、無担保コール翌日物レートが0.5%と低水準の状況で、政策金利からCPIの前年比を引いた実質金利は3%もの大きなマイナス幅となる。
実質金利がマイナスということは、金融政策スタンスが緩和的であることを意味する。
また、預金や投資が増えるペースが物価上昇スピードを下回り、お金の価値が目減りするため、その通貨は売られる傾向にある。
チャート:日本の実質金利は大幅なマイナス
日銀の「引き締め」を推奨した米国、現状は様子見か
為替報告書では、日銀の「引き締め策」による「対ドルでの円安是正」について明記されたが、現状では引き締めどころか、緩和的な政策を継続した状態だ。
日米通商協議で、今回の日銀の決定が影響するかは不透明である。
一つ明白なのは、6月16日に日米首脳会談が行われた際、ベッセント財務長官と赤沢経済再生相が出席していた。
また、通商協議のため訪米する赤沢経済再生相に随行する三村財務官も傍で控えていたに違いない。
恐らく、今回の日銀金融政策決定会合の方向性について、日本側から米国に説明があったとしてもおかしくない。
仮に、足元の日銀の金融政策が容認されているのであれば、足元のイスラエルとイランの軍事衝突といった地政学的リスクなどを踏まえた「様子見」なのか、見極める必要もありそうだ。
ベッセント財務長官は、為替報告書の公表に当たって「為替政策の分析を引き続き強化し、操作を認定した国・地域に対する措置を厳格化する」立場を表明していた。
日本が為替操作国に認定される可能性は低いだろうが、150円を超えて円安が加速する局面では、米国から為替報告書を使った牽制球が放たれてもおかしくない。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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