トランプ大統領の利下げ圧力を跳ね除け、6月FOMCはインフレ警戒を堅持
「インフレはゼロで経済は好調、本来なら金利は少なくとも2〜3ポイントは低くあるべきだ」――トランプ大統領は6月24日未明、トゥルース・ソーシャルで利下げ要請を行った。
6月24日の米下院金融サービス委員会にて、半期に一度の金融政策に関する議会証言を控えたパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長に向けたメッセージであることは言うまでもない。
トランプ氏が大統領に就任して以来、少なくとも21回目の利下げ圧力となる。
フェデラル・ファンド(FF)金利誘導目標は4.25ー4.5%であるところ、6月に入りトランプ氏が求める利下げ幅は、6月6日時点の1ポイントから、3ポイントまで広がった。
米連邦公開市場委員会(FOMC)は6月18日、市場予想通りフェデラル・ファンド(FF)金利誘導目標を4.25-4.5%で据え置いた。
声明文では、景況判断で文言を修正。
前回の「失業率は足元、低い水準で安定」→今回は失業率が3カ月連続で4.2%で推移するなか「失業率は引き続き低水準」へ調整。
また、経済見通しを巡る不確実性についても、前回の「一段と高まった」→今回は「減退も、高止まり」へ変更した。
不確実性を巡る修正は、米中が5月12日に115%の関税引き下げで合意したことが材料視されたとみられる。
四半期に一度発表の経済・金利見通し(SEP)では、2025年および2026年分の成長見通しが下方修正され、失業率は2025年から2027年にわたり、弱い方向へ修正された。
しかし、インフレ率は全て上方修正。
スタグフレーションを見込むFOMC参加者が増加したことが分かる。
FF金利見通しを巡っては、年内あと4回のFOMCを残すところ、年内2回の利下げ予想を維持。
ただし、2026年は従来の2回→1回に修正され、2027年はそれに合わせてFF金利見通し・中央値が引き上げられた。
チャート:経済・金利見通し、インフレ見通しは上方修正も年内利下げ予想は2回で変わらず
ドットチャートをみると、年内据え置きを予想するFOMC参加者が前回の4人→7人へ増加した。
その他、全体的にドットチャートは上方向へシフトし、FF金利見通しを上方修正した参加者が多かった実態が浮き彫りとなった。
チャート:ドットチャート、全体的に上方向へシフト
パウエルFRB議長は、ドットチャートの上方シフトが示すように、関税に伴う不確実性から引き続きインフレ警戒を強調した。
会見での主な発言内容は、以下の通り。
▽関税、インフレについて
・利下げに踏み切る前に、関税によるインフレの影響を確認したい
・年内の関税引き上げは経済活動を圧迫し、インフレを押し上げる公算
・関税の影響の兆しが見え始め、向こう数カ月でさらに拡大する見通し
・財のインフレ率はやや上昇し、この夏の間にさらに上向くと見込む
・多くの企業は、関税の影響の一部または全てを最終的に消費者に転嫁すると見込む
・関税の状況は、どの程度の規模で、どれだけ持続するか、不確実
・イスラエルとイランの軍事衝突を注視、エネルギー価格は上昇する傾向も、影響は概して限定的
▽労働市場について
・労働市場は「雇用の最大化」の水準近くにある
・失業率(4.2%)は、長期的な自然失業率の下限に近く、依然として強い労働市場が維持されていると評価、労働市場は健全
・確かに求人の伸びは鈍化しているが、労働供給(特に移民)も減少しており、需給が均衡しているとの見方
・労働市場は、利下げを強く求めている状況ではない
・解雇はそれほど増加しておらず、安定的な状態が続いているとの認識
パウエル議長率いるFedが、夏にかけてインフレ上振れを予想する理由
足元の物価指標やインフレ期待を踏まえれば、パウエル氏率いるFedのインフレ警戒は杞憂にみえるかもしれない。
米5月消費者物価指数(CPI)では、前年同月比2.4%、コアCPIも同2.8%と、落ち着いたインフレ動向を示した。
米5月PPIも、コアやサービス前年同月比が鈍化。
米6月ミシガン大学消費者信頼感指数・速報値の1年先インフレ期待は5.1%と、1981年以来の高水準だった前月の6.6%から減速した。
アトランタ連銀が発表した同地区連銀の企業を対象とした6月の1年先インフレ期待も同2.4%と、4月の同2.7%からピークアウトしている。
チャート:アトランタ地区連銀の米企業の1年先インフレ期待は鈍化中
それでも、パウエル氏率いるFedは関税によるインフレ圧力へのファイティング・ポーズを崩していない。
一因は、NY連銀が行った調査結果だろう。
同地区連銀は、企業の価格転嫁動向について5月2ー9日に調査を実施。
結果によれば、製造業の9割、サービス業の3分の2が、何らかの物品を輸入するなか、企業の3分の2が関税のコスト負担を価格転嫁したと判明した。
製造業者の31%、サービス業者の45%が、関税に起因するコスト増を「全て」価格に転嫁したという。
チャート:米企業、関税コストの転嫁率
もうひとつ、パウエル氏が6月FOMC後の会見で夏にインフレ上振れを予想した理由がある。
過去のレポートで指摘したように、米5月CPIでは、前月比で中古車は3カ月連続でマイナス、新車も2カ月連続で低下した。
新車販売台数の約半分が輸入車でも、関税の影響が確認されなかった。
中国産が18%を占める服飾も、2カ月連続でマイナスだった。
しかし、関税前の在庫が販売に回っただけで、これらの在庫が取り崩されれば、値上げが起こるリスクは否定できない。
4月時点で自動車在庫は1.28カ月相当、服飾についても2.25カ月相当とあって、パウエル氏率いるFedは、関税の影響を確認できる時期を6月以降と判断する理由が見て取れる。
チャート:小売業、服飾、自動車の在庫が一巡するまで、関税の影響は顕在化せず?
その反面、米労働市場は着実に減速しつつある。
米新規失業保険申請件数が2024年10月以来、継続受給者数も2021年11月以来の水準で高止まりしたままだ。
米6月消費者信頼感指数は93.0と前月の98.4(修正値)から急低下。
加えて、「雇用が豊富」との回答は29.2%と、コロナ禍で経済活動が停止した2020年春以来の水準へ沈んだ。
結果、「職探しが困難」との回答の差は11.1ポイントと、2021年3月以来の低水準となった。
調査の回答期限が6月18日と、イスラエルがイランを攻撃した6月13日以降だったため、中東情勢の緊迫化が影響した公算が大きい。
トランプ政権の関税政策がなければ、利下げ継続だった?
米下院金融サービス委員会で、パウエル氏は関税によるインフレ押し上げや、夏にかけての物価上振れのリスクに警鐘を鳴らした。
労働市場についても「雇用の最大化」の水準近くとの見解を表明するなど、6月FOMCの声明文や会合後の会見内容を踏襲した。
一方、ウォラーFRB理事やボウマンFRB理事が労働市場とインフレ次第で7月の利下げの可能性について触れたが、議会証言で質問された際、パウエル氏は否定も肯定もせず、政策の柔軟性を確保した。
なお、現在のFRB正副議長・理事7名のうち、ウォラー氏とボウマン氏のみトランプ1期目にFRB入りし、パウエル氏を始めその他5名はオバマ、バイデン政権時に就任した。
加えてパウエル氏は、インフレ見通しが上方修正されなければ、2024年9月、11月、12月に行った利下げを続けた可能性に触れた。
利下げ圧力を加えるトランプ政権に対し、関税を発動しなければ利下げが可能だったと反撃に出た格好だ。
その他、適切な時期が来れば利下げを行う方針とも言及。
さらに「足元の金利は高水準にあり、金利が低かった局面と比較して、利下げの余地が格段に広がっている」と明言、米債利回りとドルを押し下げた。
市場参加者は、パウエル氏が7月は難しくとも、9月利下げの望みをつないだと判断したためだろう。
パウエル氏の議会証言を経て、9月の利下げ再開の織り込み度は0.25%と0.5%合わせて、一時83.8%へ上昇した。
特に、0.25%利下げの織り込み度が一時68.9%まで上向いたことが要因だ。
マーケットは、パウエル氏が警告するような関税発のインフレ上振れより、労働市場の減速シナリオを重視していると言えよう。
チャート:FF先物市場での9月の利下げ織り込み度は上昇
パウエル氏率いるFedは、2024年3月のFOMCで年内3回の利下げを予想、同年6月に年内1回の利下げ予想へ修正した後、同年9月に0.5%の利下げを開始し、11月、12月と合わせて1%の利下げを決定した過去がある。
市場参加者は2024年の動きを踏まえ、利下げに備えつつあるようだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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