「影のFRB議長」誕生なら、米財務省との連携が視野に

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トランプ大統領、数日以内に事実上のFRB議長指名か

ベッセント財務長官は、4月と7月の2回にわたり、トランプ大統領にパウエルFRB議長を解任しないよう、進言したと報じられた。
パウエル氏がFRB議長としてふさわしい、と判断したからではないだろう。
パウエル氏の任期満了を2026年5月に控え、4月に発生した米株安・米債安・ドル安――トリプル安の回避を優先したはずだ。
6月27日付けのCNBCインタビューで、ベッセント氏は、パウエル後のFRBを念頭に入れた発言を行っていた。

「来年初めに、クーグラーFRB理事が退任するため、1席が確実に空くことになる」
「26年5月には、パウエルFRB議長の任期も満了する」
「新たな議長となる人物が26年1月に(上院)で任命される見通しで、その場合、おそらく10月から11月頃に指名されうる」

クーグラーFRB理事が任期切れ前の8月8日付けで辞任する運びとなり、次期FRB議長指名が前倒しとなる観測が高まるなか、トランプ大統領はそうした見方を裏付けた。
8月5日付けのCNBCとの電話インタビューで、トランプ氏はクーグラー氏退任で空いた席を次期FRB議長指名に充てる可能性に言及。
実現すれば、事実上の「影のFRB議長」誕生となり、利下げに急がない姿勢を堅持するパウエル氏のレームダック化が急速に進む見通しだ。
FRB執行部(正副議長・理事)7名のうち、トランプ氏指名のメンバーは3人と多数派に届かないものの、市場関係者やメディアの注目が次期FRB議長にシフトする見通し。
FOMCの勢力図が変化してもおかしくない。

もちろん、FRB議長の就任には米上院の指名承認が必要。
米上院はレイバー・デーの9月1日まで休会中であり、実際の就任には10月中旬〜11月初旬まで待つこととなりそうだ。

なお、パウエル氏の場合はトランプ氏が2017年11月2日に指名し、2018年1月23日に米上院で承認し、同年2月にFRB議長に就任した。

チャート:FRB執行部、パウエル議長が理事として残らなければ2026年にトランプ指名のメンバーが多数派に
チャート:FRB執行部、パウエル議長が理事として残らなければ2026年にトランプ指名のメンバーが多数派に

直近では、既にFOMC内での勢力図に変化の兆しが現れている。
労働市場の一段の減速が鮮明となった米7月雇用統計発表直後、NY連銀総裁とクリーブランド連銀総裁は、トランプ政権下での不法移民の取り締まり強化を受け、移民の減少が雇用の伸び低迷につながったと説明した。
しかし、SF連銀総裁は8月4日、「年内2回を超える利下げが必要になるかもしれない」と述べ、ハト派へシフトし始めた。

FF先物市場では8月5日、SF連銀総裁に加えトランプ氏のFRB議長指名に前向きな発言を受けて、9月利下げの織り込み度が一時87.4%へ上昇。
年内の利下げ予想は2回と3回で拮抗しており、今後のデータとFOMC内の勢力バランスの変化によってどちらにも傾きそうな雲行きだ。

チャート:FF先物市場、12月は2回と3回の予想が拮抗
チャート:FF先物市場、12月は2回と3回の予想が拮抗

ウォーシュ元FRB理事なら、新たな「米財務省―FRB協定」に現実味

トランプ氏はFRB議長候補として、引き続きケビン・ウォーシュ元FRB理事とケビン・ハセット国家経済会議(NEC)委員長を挙げたほか、あと数人を念頭に入れていると述べた。
一方で、ベッセント氏は財務長官職を望むとして、候補から除外した。
ベッセント氏は通商協議の統括役であり、米中閣僚協議の交渉役も担うだけに、当然の成り行きと言える。

足元、FRB議長の最右翼は2人のケビン――ケビン・ウォーシュ元FRB理事と、ケビン・ハセットNEC委員長だ。
ウォーシュ氏は55歳でモルガン・スタンレー出身。
ブッシュ政権(子)の経済顧問を務めた後、2006年2月に弱冠35歳と最年少でFRB理事に就任した。
FRB理事時代はタカ派として知られつつ、金融危機の際にはバーナンキFRB議長(当時)の実質の補佐役を務めた。
ウォール街での経験からFRBと金融業界のパイプ役を果たしたほか、米大手9行への公的資金注入をめぐって米財務省と条件策定に従事し、金融業界以外でも信頼を集めることになる。

妻ジェーンは、化粧品メーカーのエスティ・ローダー創業者の孫にあたる。
彼女の父で同社の取締役を務めたロナルド・ローダー氏は、トランプ氏と名門ペンシルベニア大学ウォートン校時代からの友人だ。
加えて、ウォーシュ氏自身、ソロス・ファンド・マネジメント出身のベッセント氏とは、ウォール街つながりで懇意の仲である。

ウォーシュ氏が指名されれば、新たな「米財務省―FRB協定」に現実味が帯びそうだ。
同氏は7月17日付けのCNBCインタビューで、①米連邦債務の急拡大する現状、②借り入れコストを抑制したい米財務省と、利下げに急がないFRB間の相反関係――が1951年と類似していると指摘(当時、米財務省とFRBは、インフレ加速に伴う中銀の独立性確保もあり、第2次大戦中に導入したイールド・カーブ・コントロールの終了で協定を結んだ)。
こうした相反関係を解消すべく、FRBは量的引き締め(QT、償還された保有証券の元本を再投資せず保有資産を縮小すること)を行う過程で米財務省と連携し、借り入れコストの引き下げを図るべきと主張した。
米国の債務拡大と米金利高止まりに合わせ、利払い負担が重く圧し掛かり、負の連鎖が続くだけに、米金利を低下させたいトランプ政権の意図が垣間見える。

チャート:米国の利払い負担は拡大中
チャート:米国の利払い負担は拡大中

これは、アベノミクス下での「政府・日銀アコード」を彷彿とさせる。
実際、トランプ氏は安倍元首相と蜜月関係にあり、ベッセント氏もアベノミクスで約10億ドル稼ぎ上げたこともあって安倍氏の信奉者なだけに、米国で同様の連携を模索してもおかしくない。
何より、ウォーシュ氏がインタビューで明かした通り、ベッセント氏とは友人関係にあり、協力関係の構築は他の人物より円滑に進むだろう。

チャート:ベッセント財務長官はFRBの「徹底的な見直し」を、ウォーシュ元FRB理事は新たな「米財務省―FRB協定」を主張
チャート:ベッセント財務長官はFRBの「徹底的な見直し」を、ウォーシュ元FRB理事は新たな「米財務省―FRB協定」を主張

ベッセント財務長官、FRBの「徹底的な見直し」に言及

一方で、もう一人の有力なFRB議長候補であるハセットNEC委員長は、63歳で経済学者だ。
FRBの調査・統計部門のエコノミスト、米財務省で政策コンサルタント、故ジョン・マケイン共和党上院議員の経済アドバイザーを務めた後、トランプ1期目の2017年9月に米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任した。
トランプ2期目でも閣僚級に登用された数少ない人物で、トランプ氏からの信用の厚さが窺える。

ベッセント氏は、7月22日付けのFOXビジネス・ニュースのインタビューで、FRBが役割を十分に果たしてきたか、「徹底的な見直し」を要請。
金融政策の枠組みについては独立性を尊重する姿勢を示しつつ、定期的に内部で見直すべきと主張する。

どちらの「ケビン」がFRB議長に就任しても、あるいは別の人物に白羽の矢が立とうとも、米財務省とFRBの連携を模索してもおかしくない。
ただし、ベッセント氏が指摘した2004年の2年後にあたる2006年から経済学者のバーナンキ氏がFRB議長を務め、その後は経済学者のイエレン前財務長官が引き継ぎ、弁護士出身のパウエル氏に至る。
リーマン・ブラザーズ破綻から約20年が過ぎようとするなか、金融業界出身のFRB議長が登場する余地があるのではないか。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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