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パウエルFRB議長、利下げ示唆も9月と明確化せず

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パウエルFRB議長、利下げ示唆も深謀遠慮めぐらす

トランプ大統領が“遅過ぎ”と呼ぶパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が、重い腰を上げた。
パウエル氏は8月22日、FRB議長として最後となるジャクソン・ホール会合での講演で、利下げへの扉を開いた。
講演の冒頭から米労働市場は雇用の最大化に近い水準と述べつつ、「リスク・バランスはシフトしている(The balance of risks appears to be shifting)」と指摘。
米労働市場は「奇妙な種類の均衡(curious kind of balance)」にあり、下振れリスクが高まっているとした上で、リスク・バランスのシフトが「政策スタンスの変更を保証する可能性がある(may warrant adjusting our policy stance)」と明言した。
一連の内容は、利下げを示唆したものと捉えられ、FF先物市場では、9月の利下げ織り込み度が再び90%を超えた。

しかしその後、9月利下げ織り込み度は75%まで低下し、据え置き確率も25%へ上昇した。
理由は以下の3つである。

1つ目に、パウエル氏は「奇妙な均衡」について述べたが、これは移民の増減に関するものだ。
バイデン前政権では移民が急増した結果、米雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)のブレーク・イーブン、すなわち失業率を上昇も低下もさせない中立水準は、コロナ前から増加したとされる。
ブルッキングス研究所によれば、2024年のブレーク・イーブンは16万~20万人増と、コロナ前の6万~10万人増を上回ると試算された。
しかし、足元でトランプ政権が不法移民の取り締まりを強化する過程で不法移民が急減し、直近ではNFPのブレーク・イーブンが大幅に下がった公算が大きい。

チャート:ブルッキングス研究所が試算した雇用の伸び、中立水準
チャート:ブルッキングス研究所が試算した雇用の伸び、中立水準

チャート:米国生まれの労働力人口は増加も、海外生まれ(不法移民含む)は減少
チャート:米国生まれの労働力人口は増加も、海外生まれ(不法移民含む)は減少

米7月雇用統計で労働参加率が62.2%と2022年11月以来の水準に低下したのも、パウエル氏は移民の減少が影響した証左と位置づけた。
だからこそ、米7月雇用統計・NFPが前月比7.3万人増にとどまり、かつ5月が同1.9万人増(14.4万人増から下方修正)、6月が同1.4万人増(14.7万人増から下方修正)されたにもかかわらず、失業率は4.2%へ小幅に上昇した程度というわけだ。

加えて、米上半期の実質GDP成長率は1.2%増と、2024年の上半期の2.5%増の約半分にとどまった。
つまり労働の供給側だけでなく、需要側も減速した結果、「奇妙な種類の均衡」が成立しており、パウエル氏は、この均衡が傾けば、米労働市場の下振れにつながるとの懸念を示した。
ところが、現時点での米労働指標は明確に下振れしているわけではない。
米新規失業保険申請件数は直近で約2カ月ぶりの水準へ増加し、継続受給者数は2021年11月以来の高水準だった。
一方で、オンライン求人広告大手インディードが発表する全米リアルタイム求人広告動向指数は、食品サービスや宿泊・観光、ソフトウェア・ディベロプメントなどを支えに改善を示す。

チャート:米新規失業保険申請件数、直近は弱含み
チャート:米新規失業保険申請件数、直近は弱含み

チャート:全米リアルタイム求人広告動向指数は改善
チャート:全米リアルタイム求人広告動向指数は改善

2つ目に、関税がインフレに与える影響についての発言が挙げられる。
パウエル氏は関税の影響をめぐり、基本シナリオとして「比較的短期的で、物価水準の一時的な押し上げにとどまる」と評価した。
一見すると、関税によるインフレ警戒をゆるめたようにみえるが、決してそうではない。

消費者物価指数(CPI)に与えている影響は「現在、明確に表れ始めている」と指摘。
こうした影響は「今後数カ月にわたって蓄積され…そのタイミングや規模は引き続き高い不確実性が残る」と予想した。
金融政策にとって「継続的なインフレ問題のリスクを実質的に高めるかどうかが課題」とも述べ、「関税の引き上げがサプライチェーンや流通網を通じて経済全体に浸透するには、引き続き時間がかかる」と付言する。
関税への警戒を維持したと捉えられよう。

3つ目に、パウエル氏が今後の金融政策について慎重姿勢を強調したことが挙げられよう。
同氏は「予め決められた道筋にはない」と述べ、「データ次第」であると発言。
また、短期的にインフレが上方リスク、雇用は下方リスクに傾き、2024年9月、11月、12月の利下げにより、中立水準へ1%近づいた状況では、「政策スタンスの変更を慎重に検討する余地がある」と主張した。

パウエル氏は、確かに利下げへの扉を開いた。
ただし、9月に行うと明確な示唆を与えたわけでもなく、インフレ警戒を解いたわけでもない。
だからこそ、FF先物市場での9月利下げ織り込み度は講演開始直後の90%超から75%まで低下し、年内利下げ期待も前週末の3回から2回へ修正されたと言えそうだ。

チャート:FF先物市場、ジャクソン・ホール会合後に9月利下げ期待は75%に低下
チャート:FF先物市場、ジャクソン・ホール会合後に9月利下げ期待は75%に低下

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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