トランプ大統領、クックFRB理事を即時解任した理由
トランプ第2次政権が発足してから、前例のない事態が幾度となく発生しているが、新たな1ページが加わった。
トランプ大統領が8月25日にクックFRB理事の即時解任を発表した流れを受け、クック氏は27日に解任は違法だとして、ワシントンD.C.の連邦地方裁判所に提訴し、即時差し止めを求めた。
訴状では、トランプ氏の解任が「正当な理由(for cause)」に当たらないと指摘。
1913年にFRBが設立されてから、大統領によるFRB理事の解任は「前例がない」として、「違法な試み」であり、「米連邦準備法を覆すもの」と主張した。
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トランプ氏が前代未聞のFRB理事解任に踏み切った理由は、クック氏をめぐる「住宅ローン不正」が挙げられる。
クック氏は2021年、ミシガン州の住宅を「主たる居住地」として住宅ローンを申請、その2週間後、新たにジョージア州の住宅を「主たる居住地」として住宅ローンの申請を行い、これが住宅ローン不正に相当すると判断された。
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また、パルト米連邦住宅金融局(FHFA)局長は、ジョージア州の不動産物件で得た賃貸収入を報告した記録が確認できないと告発。
これらが立証されれば、①住宅ローン詐欺、②脱税・虚偽報告――で罰則の対象となる見通しだ。
さらにパルト氏は8月28日、クック氏をめぐる新たな疑惑を取り上げた。
クック氏が2021年に住宅ローン契約を結んだマサチューセッツ州のマンションにつき「セカンドハウス」として申請していたところ、その8カ月後には同物件から賃料収入を得て投資物件だと申告していたという。
ベッセント財務長官、パウエル氏の責任問題を示唆
ベッセント財務長官も本件に関して8月27日、FOXビジネス・ニュースでのインタビューで「住宅ローン不正を犯したならば、調査されるべきで、役職を続けるべきではない」と発言した。
また、クック氏から、「『自分は不正を行っていない』との発言は聞かれず、『大統領には私を辞任させる権限はない』と主張し続けるのみ」と指摘。
パウエルFRB議長に対しても「外部による調査が始まる前に、パウエル氏に内部で調査を行うよう促してきたが、パウエル氏は着手しなかった」と苦言を呈した。
その上で「対処されるべき問題で、Fedは説明責任を問われにくい機関であり、その存在はアメリカ国民との間に高度な信頼関係があることを前提としている」と対応を訴えた。
FRBは、クック氏の提訴を受けて声明で「FRBは常にいかなる裁判所の判断にも従う」と表明した。
しかし、CNNによれば、クック氏の「主たる居住地」などの質問に対し、回答を控えており、クック氏を守っているかのように見える。
クック氏の解任差し止め、最終的には米連邦最高裁の判断がカギに
トランプ政権とクック氏との間での法廷闘争が長期化するかどうかを占う上で、少なくとも争点が2つある。
1つ目は、クック氏の弁護士が主張するように、今回の解任がFRBの独立性や、米国経済に「修復不能な損害(irreparable harm)」を与えるか否か。
住宅ローン不正をめぐる疑惑は、同氏がFRB理事に就任する1年前の時期が対象で、職務遂行とは無関係と判断される場合もありうる。
もう1つは、クック氏が求めた訴訟の間の解任予備的差し止めをめぐる判断に掛かっている。
ワシントンの連邦地裁で8月29日に開かれた緊急審理では、仮差し止め請求の是非について判断を下さなかった。
今後、仮に差し止めが認められ、上訴審でも支持されれば、訴訟が進む間はクック氏がFRB理事として職務を続けることが可能となる。
ただし、最終的には米連邦最高裁判所の判断次第となり、実際の裁判に至らず、決着がつくシナリオも考えられよう。
最高裁は、米大統領による独立系連邦機関幹部の解任について、5月に可能との判断を下した。
しかし、FRBについては「独自の構造を持つ準民間組織」との見方を表明し、一定の独立性を与えた格好だ。
9名の米最高裁判事のうち、6名を占める保守派の判事にとって厳しい判断が迫られる。
米最高裁がクック氏側の差し止め請求を支持し、職務遂行を支持すれば、トランプ氏の敗北となる。
一方で、差し止め請求を認めなければ、トランプ氏の指名に従い、後任のFRB理事の承認手続きが進む見通しだ。
そうなれば、FRB執行部7名のうち、4名がトランプ派となり、利下げを検討する地合いが強まる。
なお、クーグラー前理事の後任としてトランプ氏が指名したミラン米大統領経済諮問委員会委員長に対し、米上院銀行委員会は9月4日に指名公聴会を開催する。
9月16~17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)に間に合うよう、迅速に手続きを行う方向性が示された。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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