11月4日に知事選と市長選で、民主党が勝利の背景
「経済こそが重要なんだ、愚か者!(It’s the economy, stupid!)」とは、1992年に民主党のクリントン大統領候補の陣営で選挙参謀を務めたジェームズ・カービル氏が考案したスローガンだ。
あれから30年以上を経て、再び「経済」、その中でも「アフォーダビリティー(暮らし向き)」が選挙戦を占う上で重要な課題として浮かび上がっている。
11月4日に行われたニュージャージー州とバージニア州の知事選、そしてNY市長選では、民主党候補がそろって勝利した。
特に、NY市長選は弱冠34歳のゾーハン・マムダニ氏が、イスラム教徒、南アジア系、民主社会主義者として初めて就任する運びとなり、日本でも大きな話題となった。
トランプ政権2期目が始まってから最初の大規模な選挙となっただけに、いずれも民主党寄りの地盤とはいえ、政権への「審判」として注目された。
しかし、蓋を開けてみると「トランプ政権への不支持」を表明するため、民主党候補に投票したとの回答は、いずれの出口調査結果(CNNなど各メディアとSSRSの共同実施)でも過半数を超えていない。

チャート:出口調査結果、民主党候補の勝因は「トランプ・ファクター」に非ず?
むしろ、「経済」を重視していたことが判明した。
経済を争点とした有権者の間では、勝者である民主党候補と対抗馬の共和党候補との得票差が大きい。
特にNY市では、マムダニ氏が①家賃安定化住宅の家賃凍結(200万人対象)、②NY市バスの無料化、③生後6週間から5歳までの無償保育――を選挙公約に掲げるなか、37%ptもの差をつけた。

チャート:経済を重視した有権者、民主党候補に傾く
「暮らし向き」への不満、11月4日の選挙結果に影響
AP通信がSSRS社と共同で実施した世論調査結果(10月24日~11月4日に実施、約1.7万人が対象)でも、有権者が「暮らし向き」に不満を表していることが分かる。
有権者の多くは「家計は安定している」と回答した一方で、約4分の1が「経済が後退している」との見方を示していた。
ニュージャージー州では、約3分の1が「税金」または「経済」を最重要課題と回答。
バージニア州の有権者の半数が「経済が州の最重要課題」に掲げた。
NY市では、有権者の半数以上が「生活費」を最重要課題と回答。
いずれも、経済を始め家計、生活に関わるものだ。
バージニア州の場合、連邦政府職員の人員削減や政府機関の閉鎖が影響した。
NY市の場合は、著しい家賃の高騰が選挙結果につながった。
Realtor.comのデータによれば、家賃中央値は3,491ドルで、コロナ前の2019年から22%も急伸。
また、家賃中央値は、一般的な世帯収入の55%に相当し、家賃水準を世帯収入の30%に抑制すべきとの一般的な認識を大幅に上回る。
ニュージャージー州で問題視された固定資産税率は全米で最も高く、平均1.89%(2024年時点)。
これは隣接するニューヨーク州の1.23%と比べても大幅に高い。
例えば、2025年の州内住宅の中央値は前年比13%上昇の約56万5,000ドル。
中央値の物件の場合、固定資産税は年間約10,670ドル(約160万円)に達する。
州・地方税控除の上限が1万ドルに制限されているため、控除しきれない税負担が家計を圧迫する状況だ。
同州は北東部に位置し、冬季の暖房需要が高く、電気やガスの使用量が多いことで知られる。
2025年の米国平均光熱費は月額540〜615ドル(約8.4万〜9.6万円)だが、ニュージャージー州ではこれを上回る傾向があり、電気代は月平均約130ドル(約2万円)、ガス代は月平均約75ドル(約1.2万円)、水道・下水・ゴミ処理などを含めると、月額合計で約650ドル(約10万円)を超える家庭もあるという。
トランプ大統領、アフォーダビリティー問題について「民主党による詐欺」
州知事選やNY市長選など3つの選挙での敗北を受け、トランプ大統領は11月10日付のFOXニュースによるインタビューに対し、暮らし向きの問題をめぐり対策が必要かと問われ「民主党による詐欺だ」と一蹴した。
米国民の多くが経済に不安を感じているという見方にも疑問を呈し、「そんなことを言っているとは思わない」と述べた上で、「世論調査は偽物だ。我々は史上最高の経済に恵まれている」と豪語した。
ベッセント財務長官は11月11日、MSNBCのインタビューに応じ「我々は“アフォーダビリティー危機(暮らし向きの危機)”を引き継いだ」と言及。
バイデン前大統領の下でインフレは「過去約40年で最悪だった」と述べた上で、「我々は物価上昇を鈍化させており、今後もその傾向は続くだろう」と強調した。
米9月消費者物価指数(CPI)を振り返ると、前年同月比3.0%。
家賃や帰属家賃などがインフレ減速を主導し、バイデン前政権下でのピークとなる2021年6月の同9.1%の約3分の1程度となっている。
とはいえ、CPIのほか食費(9月に前年同月比2.7%)、光熱費(同6.5%)と、それぞれコロナ前である2019年平均の1.8%、0.9%、0.2%低下を上回る。

チャート:米CPIは住宅を中心に伸び鈍化
FOMC、インフレ警戒もあって12月利下げで「意見対立」も
10月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、12月利下げについて「既定路線ではない、むしろ程遠い」と発言し、市場を驚かせた。
インフレについても「上方リスク」を指摘。
光熱費は人口知能(AI)サービスの普及を一因に上昇傾向をたどり、食品ではトマトや一部の脂肪分の少ない牛肉など一部の食品は産地がメキシコやブラジルなどとあって関税が値段を押し上げるなかで、物価への配慮を忘れない。
ただ、FF先物市場では、12月利下げ織り込み度は11月11日時点で67.9%。
市場関係者の間では、Fedが労働市場の下方リスクに配慮するとの見方が優勢だ。
米10月チャレンジャー人員削減予定数が15万3,074人と、10月単月としては2003年以来で最多を記録。
ADPの週次のデータでは10月25日までの4週平均が1万1,250人と減少するなど、米労働市場の弱含みに反応した。

チャート:米10月チャレンジャー人員削減予定数、単月としては2003年以来で最多

チャート:FF先物市場では、12月利下げ織り込み度が11月11日時点で67.9%
しかし、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によれば、FOMC参加者の間で①関税によるコストは本当に一時的か、②雇用の弱さは需要の低迷を示しているのか、それとも供給減少(移民など労働力の担い手減少)の影響か、③現在の金利水準は依然として景気引き締め的か――など意見が分かれているという。
もっとも、FOMCの使命は雇用の最大化と物価安定なだけに、12月のFOMCでの決定は政府機関の閉鎖終了後に発表される米雇用統計や米CPI次第となることは間違いない。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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