過去2回の「タカ派的利下げ」から一転、「ハト派的利下げ」
米連邦公開市場委員会(FOMC)は12月10日、FF金利誘導目標を0.25%引き下げ3.5~3.75%に設定すると発表した。
市場予想通りの結果だったが、今回、声明文では「今後の誘導目標レンジの追加調整の幅やタイミングを検討するにあたり、委員会は新たに入手するデータ、変化する経済見通し、そしてリスクのバランスを慎重に評価する」との文言を追加。
今後の利下げは毎回ではなく、一旦様子見となる姿勢を明らかにした。
これは、2024年に9月から12月にわたり3回利下げを行った後、12月FOMCで利下げ打ち止めを示すために使用した文言と同じである。
その他、今回はサプライズとして、米財務省短期証券(Tビル)を中心に短期ゾーンの米国債の買い入れを決定した。
声明では「委員会は、準備預金残高が十分な水準まで減少したと判断し、今後も十分な準備預金の供給を維持するために、必要に応じて短期の米国債を購入することを開始する」と明記。
同時に公表されたNY連銀公表の声明で、今週から「準備金管理のための購入(reserve management purchases)」を開始し、まずは月額400億ドルのTビル購入から始める方針を明らかにした。
全体的に、「ハト派的な利下げ」と位置づけられよう。
反対票は前回に続きミランFRB理事(0.5%利下げ)と、カンザスシティ連銀総裁(据え置き)の他、シカゴ連銀総裁が新たに据え置き票に加わり、3人となる。
3人の反対は、2019年9月以来で、当時は同年7月から11月まで、3回にわたり0.25%利下げを行っていた。

チャート:2019年以降、FOMC参加者の反対票
四半期に一度公表される経済・金利見通しで、注目のFOMC参加者のFF金利予想・中央値は前回と変わらず、2026年と2027年それぞれ1回ずつの利下げ見通しを維持した。
FOMC参加者の中立金利とされる長期金利見通しも、3.0%で据え置いた。
一方で、2026年以降の成長率は上方修正され、特に2026~27年は潜在成長率とされる2%以上へ引き上げられた。
これは、2026年11月に中間選挙を控えたトランプ政権には朗報と言えよう。
堅調な成長が続く見通しながら、利下げ見通しを据え置いたためだ。
インフレ見通しは主に2025~2026年分が下方修正され、今回の利下げと2026~27年の1回利下げ予想と整合性を保ったようにみえる。

チャート:経済・金利見通し、FF金利見通しは据え置きも成長見通しを上方修正
パウエル氏は「利上げ」の選択肢を封印、トランプ政権に配慮!?
パウエルFRB議長の記者会見も、ハト派的だった。
今後の金融政策運営については、「利上げ」の選択肢を否定。
1995~96年、1998年に2回にわたり、0.75%(3回)の利下げを実施したケースで、利上げに舵を切ったが、今回、該当するケースではないと言い切った。
パウエル氏は2026年5月15日にFRB議長の任期切れを迎えるため、来年は1月、3月、5月FOMCに登板するのみ。
こうした状況を踏まえ、トランプ大統領は12月9日に公表されたインタビューで、年明けにも指名する見通しの次期FRB議長について、判断材料は「即時の利下げ」と明言した。
パウエル氏が利上げのカードを葬ったのは、トランプ氏の意向を汲み取ったかのようだ。
また、パウエル氏は今回利下げを決定した理由について、①労働市場の冷え込み、②インフレの鈍化(サービスが鈍化も財が相殺する側面はあるが)――の2つと説明した。
フィリップス曲線を踏まえれば、賃上げを伴うインフレを生み出すような過熱は見られない、とも言及。
足元のFF金利誘導目標は中立の範囲内にあり、その上限に位置しており、1月については何も決定していないと説明したが、ハト派的な利下げを印象づけた。
トランプ氏への配慮は、2019年9月以来となる3人の反対票が確認された件について質問が及んだ際にも、見てとれる。
パウエル氏は、雇用の最大化と物価の安定という二大目標について意見が分かれている事実を認めながら、①インフレは高過ぎ、低下させたい、②労働市場が軟化しており、さらなるリスクがある――という点で一致していると説明。
しかしながら「我々の議論は私のFRBでの14年間の経験の中でも最良の部類に入るもの」と語り、健全な政策判断のために意見の対立は不可欠との見方をにじませた。
経済見通しに楽観的も、労働市場には「下振れリスク」を指摘
パウエル氏は、経済見通しに楽観的な見方を寄せた。
今後の米経済については「財政政策の支援に加え、人工知能(AI)への支出も継続する。
消費者は引き続き支出を続けているため、来年の基調は堅調な成長となる見通し」と発言。
成長率の見通しの引き上げと失業率が概ね横ばいの見通しの裏に、「生産性の上昇があり、一部はAIに帰する可能性がある」とも述べ、ここでもトランプ政権が打ち出すAI推進の政策と歩調を合わせたかのようだ。
労働市場については「労働市場は活況を失いやや軟調、下振れリスクがある」と発言した。
その上で、質疑応答では雇用統計について「年に2度修正が行われるが、前回の修正では80万人から90万人程度の過大計上があった(注:9月公表の修正値では2025年3月までの1年間に91万人の下方修正)、その傾向が続いていると考えている」と言及。
2026年2月の確報値を前に「我々は月6万人程度の過大計上があると考えており、雇用増加が月4万とされても実際にはマイナス2万である可能性がある。ただし誤差は上下1万から2万程度ありうる」と予想した。
米11月ADP全国雇用者数は前月比3.2万人減と過去4カ月間で3回目の減少となった結果もあり、労働市場には慎重な見方を維持した格好だ。
インフレ見通しについて、パウエル氏は「財価格によるインフレは2026年のQ1頃にピークを迎えると見込まれる。精度は高くないが、新たな関税が発表されなければ、完全に反映されるまでに9カ月程度を要し、その後は来年後半にかけて低下が見られるはずだ」と言及。
また「インフレ上振れの大部分は関税によるものである。我々はそれを一時的な価格上昇と見ており、そうなるようにするのが我々の責務」と述べ、インフレ警戒をゆるめた。
トランプ政権が11月に200品目以上の関税免除・引き下げに踏み切ったこともあり、FRBはインフレ見通しをやや柔軟に捉え始めたとみられる。
「QE Lite」を決定、短期金融市場への配慮を示す
ウィリアムズNY連銀総裁は11月7日、資産ポートフォリオの再拡大について言及した。
発言を受け、一部のアナリストの間では、2026年Q1にも、2019年秋のように流動性支援を目的としたTビルの購入を通じ、保有資産再開を発表すると予想。
しかし、市場予想に先駆け、12月FOMCでは短期ゾーンの米国債の買い入れを決定した。
今回の決定について、パウエル氏は「金融政策とは別物」であり、量的緩和(QE)の再開ではないと強調。
さらに、「マネーマーケットの懸念を示すものではない」とも念を押した。
ウォール街では今回の決定について、2019年秋に流動性支援として実施した「軽量級のQE(QE Lite)」と呼ぶ声が聞かれる。
月額400億ドルのTビル購入から開始するなか、買い入れ規模について、パウエル氏は納税期限である4月15日に配慮したと説明。
また、銀行システムと経済全体に対する水準を踏まえ、「月200~250億ドルの拡大が必要」と認識も表明した。
振り返ると、Fedは、10月FOMCで12月1日からの量的引き締め(QT)停止を決定。
これは、金融システムに十分資金が行き渡ってないリスクへの対応と判断されたためだ。
QT停止前までの資産縮小の影響に加え、Tビルを含む米国債の大量発行が続いた結果、銀行の流動性を示すバロメーターである準備預金残高は、12月3日週に2兆8,580億ドルに減少していた。
準備預金残高が減少する過程で、資金逼迫を示す兆候が明らかになった。
マネーマーケットファンド(MMF)や証券会社、ヘッジファンドなどが資金を調達する翌日物レポ市場で、短期資金調達コスト(Secured Overnight Financing Rate=SOFR、担保付翌日物調達金利)が急伸。
銀行同士が無担保で短期資金を融通し合うFF金利を上回る状況が目立つようになった。
一般的に、SOFRは「担保付きの翌日物レポ金利」で、無担保のFF金利よりも通常は低くなりやすい構造がある。
それにもかかわらずSOFRが上振れしたということは、資金需給が逼迫し、短期金融市場で流動性が不足し始めているサインと受け止められた。
今回のFOMCで決定した短期ゾーンの米国債買い入れは、流動性不足に配慮したものと言える。

チャート:米財務省一般口座(TGA)と、FRBに預ける銀行の準備預金残高の推移

チャート:SOFR、実効FF金利、準備預金金利
以上を踏まえ、パウエル・サンタは、利下げだけではなく短期資金の目詰まり回避を狙った短期ゾーンの米国債買い入れという「クリスマス・プレゼント」で、市場の安定を図ったと言えよう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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