ホーム » マーケットニュース » 植田氏率いる日銀、「二兎追うものは一兎も得ず」で円安加速

植田氏率いる日銀、「二兎追うものは一兎も得ず」で円安加速

ニュース

「実質金利は大幅にマイナス」、市場と政府へ使い分けたメッセージ

日銀は12月19日、無担保コール翌日物金利誘導目標を市場予想通り0.25%引き上げ0.75%に設定した。
1995年9月以来の高水準となる。
利上げは1月以来、7会合ぶりで、全会一致だった。

声明文では、利上げを決定した理由として、①企業収益は全体として高水準を維持する見通し、②2026年の春闘でもしっかりとした賃上げが実施される可能性、③米国経済、各国の通商政策の影響をめぐる不確実性低下――を挙げた。
また、名目の金利水準から物価上昇率や予想インフレ率を差し引き、金融政策の引き締め・緩和度合いの指標となる実質金利は「大幅なマイナス」「きわめて低い」とされ、追加利上げの選択肢を確保したようにみえる。

チャート:日本の実質金利は今回の利上げ後も、引き続き2%台のマイナス
チャート:日本の実質金利は今回の利上げ後も、引き続き2%台のマイナス

声明文に追記された「経済・物価の現状と見通し」では、物価見通しについて、高田、田村審議委員の2名が反対を表明したことが分かった。
物価見通しについて展望レポートの見通し期間後半(2026年度後半~27年度)には物価目標2%の達成を見込んでいたが、高田氏は「消費者物価は既に概ね2%目標に達する水準にある」との見方を表明。
田村審議委員は、2%目標達成につき「見通し期間の半ば以降」と、日銀の予想より小幅ながら前倒しが適切として、反対したという。

以上を踏まえれば、声明文の内容はタカ派的だったと言えるだろう。
しかし、日銀が公表した別紙では、「実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持→経済活動をしっかりとサポート」と明記。
しかも、「経済活動をしっかりサポート」の文字は、赤字で強調されていた。
今回の会合では、城内経済財政相が出席した事実を踏まえれば、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」、別の表現で言えば「高圧経済政策」と整合的な範囲内での利上げにとどめる方針を示したようにも見える。
いわば、「大幅な実質金利マイナス」には、市場に対しては「利上げ余地あり」、政府には「利上げ余地は限定的」との、似て非なるメッセージを送り、双方に配慮したと考えられる。
これが仇となり、結果的に「二兎追うものは一兎も得ず」の展開を招き、政策金利発表直後のドル円上昇を促したと言えよう。

植田総裁は会見で中立金利を煙に巻く、ただし来春利上げに一石

植田総裁の会見では、中立金利(景気や物価を熱し過ぎず冷ましもしない名目金利水準)についての発言が注目された。
日銀はこれまで、中立金利について「1~2.5%」との推計を示しており、今回の利上げで政策金利が0.75%に引き上げられた結果、中立金利推計値の下限に近付く。
今後の利上げ継続を強調する上で、市場では下限引き上げの示唆を与えるとの観測が広がっていた。

もっとも、植田総裁は事前報道の通り、「推計値に相当ばらつきがある」として、中立金利の水準や再推計について言及を避けた。
植田総裁が「(中立金利の)推計値の下限にはまだ少し距離がある」と発言し、利上げ路線の継続を示唆したものの、力不足に終わったと言わざるを得ない。

中立金利をめぐる発言が「ハト派的」と判断されたが、植田総裁は会見で、利上げ継続のメッセージを送った。
たとえば、食料品価格の減衰や政府の物価高対策などを受け、2026年前半に消費者物価指数(CPI)が総合で2%を下回ると見込みつつ、「基調的な物価は緩やかに上昇し続ける」と予想。
基調的なインフレ率とは、賃金と物価が相互に参照しながら上昇するものと位置づけた上で、賃上げが続き基調的インフレ率が物価目標2%達成に向けて確度が高まれば、利上げを行う構えを打ち出した。

チャート:11月全国CPIコア、コアコアともに2カ月連続で3%乗せ
チャート:11月全国CPIコア、コアコアともに2カ月連続で3%乗せ

12月1日の講演と同じく、利上げが遅れる場合、大幅利上げのリスクに直面するとも言及。
円安の影響については、複数の委員から輸入物価を経路とした国内物価、及び基調的インフレ率の押し上げにつながりかねず、留意が必要との意見を確認したと明かした。
今後の利上げについては「毎回の会合で入ってくるデータ次第で判断」とも述べており、全体的に慎重ながら市場の見立てよりタカ派寄りだったと言える。
2026年の春闘の賃上げ率や円安次第では、来春の追加利上げが選択肢として浮かぶ。

日銀の利上げで介入への条件を一つクリア、米国との対話が「狼煙」か

それでも、ドル円は会見後に上値を拡大した。
植田総裁の会見が海外勢に早期の追加利上げを連想させるに十分でなかったことに加え、城内経財相の発言もドル円を後押ししたと考えられる。
同氏は「今後の強い経済成長と安定的な物価上昇の両立の実現に向け、引き続き適切な金融政策運営が行われることが非常に重要だ」と発言。
ドル円が157円を超える過程にあっても「さまざまな要因で決まるもの」と述べ、介入警戒を高めることはなかった。
NY時間に、片山財務相が「一方向で急激な動きがこの半日、この数時間明らかにあるので憂慮している」と述べたが、11月22日に言及した「断固たる措置」とは言及せず。
ドル円は約30銭程度ゆるむ程度にとどまった。
むしろ、ウィリアムズNY連銀総裁が今後の利下げに急ぐ必要なしと発言すると買いが再燃、一時157.79円と11月20日の高値157.90円に迫った。

このまま、ドル円が157.20円を超えて推移すれば、年間リターンは変動相場制に移行してから初の5年連続で陽線となる。
加えて、157.80円付近はプラザ合意前の高値240円と2011年10月31日の安値75.32円の半値押しにあたり、「半値戻しは全値戻し」の投資格言が意識される。

チャート:ドル円、157.70円を超えれば一段高か
チャート:ドル円、157.70円を超えれば一段高か

もっとも、日銀の利上げを受け、日本側はベッセント財務長官が示唆した介入への条件を一つクリアしたと言えよう。
片山財務相は、12月19日のNY時間に「日米財務相の共同声明の考え方を踏まえて、投機的な動きも含めて、行き過ぎた動きに対しては適切な対応をとっていく」と述べた。
日米財務相共同声明では、介入は過度な変動時などに制限されている。
片山財務相がベッセント財務長官など、米当局と緊密に対話していると発言すれば、それは介入への狼煙と捉えられるのではないだろうか。

足元で介入するにあたり、投機筋の円先物のネット・ポジションが12月9日週で1万7,448枚の円のネット・ロングである点は気掛かりだ。
2022年以降の7回の介入実績を踏まえれば、2022年9月22日を除き、10万枚以上のネット・ショートだった。
円のネット・ロングで介入を実施したとしても、投機筋の押し目買いのチャンスとなり得るが、片山財務相と三村財務官の戦略が試される。

チャート:2022年以降の介入実績と、円先物のネット・ポジション動向
チャート:2022年以降の介入実績と、円先物のネット・ポジション動向

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。

この記事をシェアする
一覧へ戻る