ベッセント財務長官、度重なる日本へのメッセージの後に飛び出した「6シグマ」発言
ダボス会議の壇上で、ベッセント財務長官が放った一言が世界の金融関係者を凍りつかせた。
1月20日、足元の金利上昇の震源地として日本の債券市場を挙げ、その変動を「6シグマ(標準偏差)」と表現したのだ。
統計学的には約5億回に1回しか起こらないレベルの“超・異常事態”が日本で発生していると、米財務長官が公の場で断じた意味は極めて大きい。
市場混乱の引き金となったのは、日本の政局だ。
高市早苗首相が1月19日に衆院解散の意向を表明する過程で、与野党がそろって「消費税減税」を公約に掲げる方針が浮き彫りとなった。
「財政拡大」と「インフレ加速」への懸念を呼び起こし、日本の超長期債で売りが加速。
30年債利回りはわずか2日間で約35bpも跳ね上がるという、文字通りの急騰を見せた。
ベッセント氏が呈した異例とも言える批判の底流には、2025年8月の「ビハインド・ザ・カーブ」発言を始め、再三の働きかけに日本側が応じなかったことへの鬱積が横たわっていたとしても、不思議ではない。

チャート:ベッセント氏が財務長官に就任してからの日本への発言
片山財務相と会談した後の1月14日付で公表した声明は、特に注目される。
日米財務相共同声明で介入の条件に該当する「過度な変動」を盛り込んだため、円安進行を受けて介入に理解を示したものと解釈できる。
一方、「金融政策の適切な立案」との文言は、介入するなら「利上げとセット」であるべきとの米国の要請を反映した公算が大きい。
ベッセント氏は「6シグマ」発言に合わせて、日本の当局と連絡を取り合っていると明かした上で「対応を確信する」と述べた。
この発言が飛び出す直前の東京時間に、20年債入札が不調に終わり超長期債の利回りが急騰したこともあって、鈴木俊一幹事長や木原稔官房長官がそろって「金利の上昇を強く注視」などと言及したことは、注目に値する。
片山氏も同日、債券市場の安定に向けた対応を「必ず約束する」と明言。
それだけでなく、片山氏が1月22日に食料品の消費税を2年間ゼロとする公約について「まだ何も決まっていない」とまで、言い切る場面もみられた。
ベッセント氏の発言通り、日本の当局は債券市場の混乱収束に動いたわけだが、日米の連携プレーが1月23日に思いがけなく発覚する。
日銀金融政策決定会合後の植田総裁の会見がハト派的と判断され、ドル円が159.23円と約1週間ぶりの高値を付けた直後、157.30円台へ急落。
レートチェックや介入の思惑が流れるなか、NY時間に今度は「米財務省指示によるNY連銀のレートチェック」(ニューヨーク・タイムズ紙報道)が入り、NY引けにかけ155.61円と約5週ぶりの水準まで沈んだ。
米国のレートチェック参戦で、日本に「ディール」を望む可能性
米財務省が実際にNY連銀にレートチェックを指示したならば、3つの意図が考えられる。
1つ目は、米国債保有高1位の日本による米国債売却を受けた米金利上昇の回避が挙げられる。
中間選挙を前に、トランプ政権はアフォーダビリティ対策を推進し、且つ2025年12月からTビルの購入再開を通じ「金融抑圧」を行うなど、金利上昇の阻止に動く状況。
万が一にも、日本の介入などを通じた金利上昇の波及を避けたいところだろう。
2022年9月、10月、2024年4月、5月、7月の介入時、外貨準備のうち米国債を含む証券が減少した事実もあり、米金利上昇につながる事態を回避したいはずだ。
仮に日本が実弾介入に踏み切るにしても、最低限の規模にとどめるよう、米国側が要請してもおかしくない。

チャート:日本の外貨準備のうち、証券は介入時に減少
2つ目に、日米スワップ協定など米国関与を通じた“無限介入”示唆による抑止効果が考えられる。
米財務省はアルゼンチンに通貨スワップを提供、「為替安定基金(ESF)」を活用し、ペソを買い支えた実績もあるだけに、米国が日本にも助け船を出す可能性は否定できない。
3つ目は、トランプ政権による高市政権への政治的アシストが見込まれる。
アルゼンチンへの救済を決定したタイミングは、まさに同国の中間選挙の直前だった。
今回も日本では衆院解散総選挙を控えるだけに、アルゼンチンと重なる。
日本は対米投資5,500億ドルで合意し、今まさに第1号案件としてソフトバンク・グループが絡むデータセンター建設の大規模インフラ案件が浮上しているだけに、政権交代に伴う頓挫はもってのほかに違いない。
その上、トランプ政権としては一銭も払うことなく、日本に「借り」を作ることになった。
消費税減税見送りを始め、防衛費拡大、選挙前とあって見送られた「平和評議会」の参加など、日本から「見返り」もといディールを引き出す上で、有利な立場となる。
NY連銀によるレートチェックが取り沙汰された1月24日、米国防省はコルビー国防次官の訪日を発表した。
前日の1月23日、トランプ政権2期目で初めて発表された「国家防衛戦略
」では、世界の同盟国に一律でGDP比5%まで国防費の引き上げを求めると示唆されていただけに、日本にも要求する可能性が視野に入る。
ドル円のNY時間での下落はレートチェックと見込まれるが、植田氏の会見後に生じた急落については介入の可能性を残す。
介入の有無は、1月26日公表の「日銀当座預金増減要因」で確認できるほか、1月30日に発表される「外国為替平衡操作の実施状況(介入実績、2025年12月29日~2026年1月28日)」によって、最終的な検証が可能となる。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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